小野木と月原
「なぁ、小野木」
「なんです? 月原先輩」
パイプ椅子に浅く座り、長テーブルに突っ伏した状態で小野木は顔を上げた。殺風景な部室である。三月に入ったとはいえ、まだまだ寒いので隅の方ではストーブがつけられている。
自分に声をかけたまま固まる月原を不思議そうな目で見た小野木は、読んでいた本に栞を挟んで、椅子に座り直した。
「なんですか? 見てわかると思いますが、僕は今、読書中なので手短にお願いします」
すると月原は顔を赤くして、人さし指と人さし指をくっつけたり離したり。
「そ、そのだな。俺は明日、この学校を巣立つことになった」
「知ってますよ。卒業式でしょ」
「そう、卒業だっ」
勢いよく立ち上がった月原は拳を握りしめた。
「明後日から俺はここへは来られない。ここの生徒ではなくなるからだ」
「そりゃそうでしょ」
小野木は呆れたように言って、再び本を開いた。
「高校での三年間は有意義だった。幽霊部員率は高いが、文芸部での思い出は俺の中でいつまでも色褪せることがないだろう」
小野木は気だるそうに部室の戸を見やった。
「そういえば、今日は誰も来ませんね。あ、送迎会は明日だから当然か。僕ももう帰ろうかな」
「ま、待つんだっ」
右手を前に突き出した月原の長い髪がふわりと揺れた。妙なポーズだ。
「小野木よ。俺の……持ち物が欲しくはないか? うちの制服はブレザーだが、ボタンが三つもついている」
「いえ、特には」
月原は一瞬固まって、こほんと咳払い。
「そうだ、小野木。お前は文芸部に入部してもうすぐ二年になるわけだが……何か印象に残る思い出はないか? 例えば、夏に部のメンバーで行った海合宿。そう、あの時の肝試しでは俺とお前がペアになった。それから去年の文化祭、一緒に作品集の表紙をデザイン考えただろう?」
そう問うた月原は窓の外を見て、穏やかな笑みを浮かべた。小野木は顎に手をやった。眉を寄せる。
「んー……。あっ、一番の思い出は図書館の地下の巨大書庫を掃除しに行った時ですかね。貴重な本がたくさんあって興奮しました」
少し声を弾ませて語る小野木に対し、月原はぽかんとして、
「お、俺はそんなイベント知らないぞ……?」
「月原先輩が牡蠣に当たってお腹壊して、休んでる時でしたからね」
小野木は素っ気なく言って、読んでいた本をカバンへとしまう。
「お、小野木っ」
「だからなんですか。なんで泣いてるんですか、みっともない」
「お、俺は……卒業しても小野木と会いたいと思っている」
「卒業生なんだから来ればいいじゃないですか」
「小野木っ」
「顔が近いです」
二人っきりだからか、やけに絡んでくる月原。対して小野木は至って通常運転だ。
「お、俺は、俺は、お前のことが」
目を瞬かせる小野木。
「僕のことが?」
「お前のことが好きなんだーーっっ」
叫びというか絶叫だった。部室棟中に響き渡ったのではないだろうか。
「はぁ。でも僕、長髪の男性は好みではないので」
小野木はそう言って立ち上がり、スカートの折れ目を直した。
月原はというと、床に崩れ落ちて、がっくりと項垂れる。
「終わった。さようなら、俺の青春」
カバンを手に部室の戸まで歩み寄った小野木は、あっ、っと声を上げて振り返る。
「先輩」
小野木の声に反応して顔を上げた月原は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。
「卒業したら、ばっさり髪を切りますよね? 僕はそれを期待してます」
「っ! そ、それはもしや」
すると、急に恥ずかしくなったのか、小野木は頬をほんのり赤く染めて、視線をそらした。
「きょ、強制はしません。それでは、明日の卒業式で。あんまり泣かないで下さいよ?」
小野木は笑って、部室を出て行った。




