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第97章青柳が天使になる話2

青柳と小尾先輩の歌声対決が始まった。まず矢祭が歌っている。

「すごい。あの人、女なの。女だよね」「すごいイケメン」などという声が後ろの方から聞こえる。「矢祭軍団は矢祭さんを神様のように崇拝している」と那加が言っていた。この姿、この迫力を見たら、確かに崇拝する気持ちもわかるような気がする。それにしても、後ろでヴォーカルを支える、バンドメンバーも、おそらく、矢祭軍団のメンバーなのだろうが、すごいテクニシャンぞろいだ。

 矢祭は軽く会釈する。大きな拍手が起きる。


 稲妻のように激しく激しく

 私を貫いて

 ああ、私は花びらとなって

 あなたの上にふりそそぐ


 と、別の声が歌い出す。矢祭とは対照的な高い声だ。アニメ声というやつか。

 見ると、歌っているのは真っ赤な髪の毛のウィッグをつけた女の子だ。やはり真っ黒なミニスカートから少し太めの足が出ている。かかとのすごく高いハイヒールのような靴を履いているのは、背の低さを少しでもカバーするためか?

 額田河合がマイクを持って踊りながら歌っている。

 真っ黒のタンクトップを着て、その上に、大大地高の女子の制服のブレザーを着ている。

 今日は、産毛は剃ってきたらしく、すっきりとした感じだ。眼がくりっとしていて、まつげが長い。つけまつげかと思っただが、額田はもともとまつげがとても長いので地かもしれない。唇には真っ赤なルージュ、頬紅らしいものもつけている。化粧なしの時は、子どもっぽい、あどけないと言っていい萌え少女だったが、今日の額田は、むしろセクシーな印象だ。

「ああいう額田さんも、ほんとにかわいいね。舞台に映えるわ」

 いつの間にか那加が脇にいる。まあ、俺たちは文芸部という意味ではヴィーナス先輩の応援団ということになるのかもしれない。

 那加の言うとおりだ。額田は、あんなに自分が美少女であることを人に知られるのを嫌がっていたのに、ヴィーナス先輩のために一大決心をしたと見える。

 今日のために、産毛も剃って、眉も整えて、派手めに化粧をして、人の目を引く美少女モードに変身したらしい。

 俺は、ブスの化粧を落とした額田を前に見ていたので、実は、美少女であることは知っていたが、さらに化粧をすると、こんなに大人っぽく、セクシーになれるんだと感心した。

 背は低いし、体型も少し太めだが、それもかえってかわいいというやつも多いだろう。

 動きも切れがいいし、歌の激しさも、その張りも素晴らしい。

 額田は、普段は、気まぐれでなんとなくだらしのない動きをすることが多い。あれも、ブスに化けるための演技だったのだろうか。今日のポーズの決め方はダンスのプロのようだ。あるいは特訓したのかもしれない。声も、いつもは、低いだみ声か、キンキンした金切声しか出さないのだが、今日は違う。きれいというより印象的な高い声だ。

 そう言えば、素顔の写真撮影の時には、きれいなかわいらしい声でしゃべっていたな、と思い出す。今日は、その時よりもずっと張りのある、超音波のように鋭い高い声だ。メロディに乗って刃のように飛んでくる。刃は痛いのだがその痛さが人をひきつける不思議な歌声だ。

 まったく、額田は、「個性的」というランキングを作れば、大大地高で一番になれるかもしれない。

 額田が矢祭の手を取ると、なんと矢祭は額田を天に放り投げると、自分の肩に乗せた。すごい力と身のこなしだ。

 そのまま、声を合わせて歌う


 あなたを求めて

 天をかけるよ

 雲を突き破って

 光きらめくまで


 次の瞬間、突然、それまで、激しく嵐のように鳴っていたギターとドラムとキーボードがピタッとやんだ。矢祭は、額田を下ろすと、膝をついて、いとおしむように抱きしめて天を仰いだ。

 矢祭のハスキーな声が泣くように歌う。さっきとは全く違う、スローバラードのような調子で……


 愛してくれないなら

 私を壊して

 切り刻んで

 涙になって

 消えていくから


 悲しみの深さに、思わず戦慄が走る。死んだような沈黙の中、天を仰いだ矢祭の目から涙がポロンと落ちる。聴衆は息を飲んだ。演出なのか……だとしたらすばらしすぎる。

 突然、冒頭の嵐のような速弾きが沈黙を破った。降りしきる雨のような、激しい演奏の中、二人はうつむいて抱き合っている。

 その姿に見とれていると、突然、大声が響いた。

「なんだよ、なんだよ。へたくそな演奏しやがって」

 聴衆の後ろのほうがざわめく。見ると、聴衆の間をかきわけて、何人かの男子生徒がステージに上がってきた。大大地高の制服ではない。いろいろな学校の制服を着ている。

 音楽がやんだ。ステージの上に新たに登場したのは、全部で五人の男子生徒……いや、男子の服を着ているが一人は女子のようだ……がステージの上で、矢祭の前に片膝をついて、頭を下げた。

「麻耶さま。こんなへたくそなやつらに、麻耶さまのおともをさせるわけにはまいりません。俺たちが最高の演奏をご覧にいれます」

 女の子の声だった。やはりひとりは女子だった。

 五人は、楽器を持ったままの矢祭軍団のバンドメンバーにそれぞれ近づく。

「どけよ。楽器を貸せ。俺たちがやる。お前らみたいな、へたくそにまかせられっかよ」

 だが、矢祭軍団も黙っていない。

「よけいなお世話だよ。ここは、大大地高だ。他校の連中に口出しさせない」

「なんだと、ちょっと運がいいだけで入ったくせに」

 なんと、それぞれで取っ組み合いのけんかが始まった。譜面台が倒れて大きな音を立てる。ドラムの子が、紅一点の女の子に首をつかまれてステージにほうり投げられて、大きな音を立てて倒れた時には、観客から悲鳴が上がった。

「待ちなさい。やめなさい」

 矢祭がマイクで叫ぶが、取っ組み合いは続いている。譜面やら小道具やらが飛んできて観客席も大騒ぎになっている。

 俺はあわてた。どうしたらいい? 何かできる事は……

 那加を見ると涼しい顔で笑っている。

「何、あわててるの。演出よ、これ……」

「いや、最初はそうかなと思ったんですけど……本気で殴り合ってますよ」

「楽器もすごいけど、さすが、矢祭軍団。生半可じゃないわ。でも、あそこに軽音部の先生がいて、慌てていないから、大丈夫。もっとも、これだけ迫力があると、前もって聞いていたとしても、内心は心配してる顔ね。まあ、とにかく、矢祭さんが、『やめなさい』って言ってるのにやめないんだから、間違いなく演出よ」

 演出って……本当に演出なのか? どう見ても、本気でけんかしてるぞ……と、思った矢先、突然、空から歌声が聞こえてきた。


 光あれ

 すべての命に

 私の愛を

 微笑みと

 歌を


 空を見ると、なんと、天使が飛んでいた。戦慄が走る。

「なんだ」

「空を飛んでるよ あれ」

 口々に空を指しながら、みんな、唖然として見上げている。

 重い曇り空に浮かんでいたのは、黒い髪をして真っ白いドレスを着た天使だった。白い羽をゆっくりとはばたいている。

 歌いながらふわふわと降りてくる。青柳だった。


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