第95章 友部のバント―さわやかさんvs絶対美少女4
友部と酒出の息詰まる対決もいよいよ大詰め。11球目、友部はなんとバントしたのです。
俺はあっけにとられた。まさか、ここでバント?
三塁線に転がっている。あんなにバントを警戒していたはずのサードも意表を突かれたに違いない。完全に出遅れた。
ボールは三塁線を、ゆっくりと転がっている。結構きわどいぞ。もし、ファールなら友部の負けだ。
入ってくれ、と俺は心の中で祈る。
ボールは、三塁線ぎりぎりをゆっくりと転がっていく。サードは飛び出したが、もう取るのをあきらめた。ボールを取っても、とても一塁には間に合わない。これなら、俺でもセーフだ。ましてや、友部の快足だ。あとはファールグラウンドに切れてくれるのを祈るしかないが、曲がる様子はまったくない。
なんてうまいバントだろう、と俺は思った。ボールの勢いをを殺して、まっすぐにきれいに転がっている。昨日はバントの練習なんて全くしなかったのに、とっさに、こんなうまいバントができるものなのか? しかも、最高の球と最高のバッティングが続いて、次はどうなるんだろうと、皆が息を殺して見つめる、こんな場面で……友部のバントの絶妙さに、頭の良さに、俺は、一瞬、鳥肌が立つような気がした。
友部は、一塁を駆け抜けると振り返った。まだ、ボールは転がっている。サードが後ずさりしながら、ファウルグラウンドにそれることを願って見守っているが、実にきれいにまっすぐ転がっている。とてもそれそうもない。
勝った、と俺は思った。
友部の完勝だ。
たぶん、そこにいる全員がそう思ったに違いない。
何だか少しほっとした。
ところが、試合は終わっていなかった。
次の瞬間、ボールがグラウンドの上の小石にあたって、ぴょんと跳ねた。そして、なんと、方向を変え、ファウルグラウンドの方に、それてしまった。
フェアウェイラインを越えた瞬間に、三塁手がボールを拾い上げた。そしてグラブを高く掲げる。スリーバント失敗。アウトだ。友部の負けだ! グラウンド中は、もう一度、あっけにとられた。
ありえない、と、おそらく誰もが思った。だが、それが現実だった!
友部は、それを見ると、一塁ベースの上で、ぴょんぴょんと二回跳ねたかと思うと、天を仰いで動かなくなった。
グラウンドは一瞬の静寂のあと、怒号と悲鳴の嵐になった。
「ファウルです。スリーバント失敗。アウトです。酒出南の勝ちです」
後台先輩はマイクで叫んでいたが、ほとんど何も聞こえなかった。
あとで考えると、いったいどうしてそんなことになったのか、自分でもわからないのだが、その時、俺は、自分でも全く信じられないような行動に出た。吹きすさぶ怒号の中、自分でも何しているかわからないまま、生徒会の先頭に立って、友部の方へ突進していったのだ。
頭のなかで『どうしても届かないものがあるのね』という友部の言葉が鳴っていた。それが胸の中で嵐のときの大荒れの海のように大きくうねって暴れていた。
俺は友部に飛びつくと背中に両手をまわして抱きしめた。あとで考えれば無謀だし、友部にとってはひどい迷惑野郎だったのだが、その時の俺には友部がかわいそうで、いとおしくてたまらなかった。
友部は天を仰いだままボロボロ泣いていた。抱きしめていたのが誰なのかさえ、気がつかなかったかもしれない。
「願っても、願っても、届かないものがある。それでも、人は願い続けなくてはならないのか」
そんな言葉を、俺は心の中で繰り返しながら、友部の体をきつく抱きしめていた。柔らかく熱くほてった肉体の奥に骨の固さを感じながら、俺は、そのあまりの華奢さに驚いていたような気がする。そうなのだ。この世紀の天才美少女も、こんなに華奢な女の子の肉体を持った、一人の人間に過ぎないのだ。そう思うと、友部がいとおしくてたまらなくて、俺は、友部に、ますます、しがみつくように抱きしめずにはいられなかった。涙があふれるのを感じた。
それは、たぶん、ほんの一〇秒ぐらいのことで、すぐに、生徒会のみんなが追いついてきて、友部を抱き抱えるように取り囲んだ。
俺は、友部に背中をたたかれて、我に返った。自分のしていることに驚いて、あわてて友部から離れる。
「大丈夫だよ。ジラ。負けたと言っても、ただのショーじゃない? あなたまで泣いてどうするの?」
友部は、腕でぐいと涙を拭くと、笑顔になった。悔しそうな笑顔でなく、むしろ晴れやかといっていい笑顔だった。
「これが、運命ってわけね。ベストを尽くしているつもりでも、きっと、まだ足りないのね」
それから俺の背中をなぐさめるように軽くたたくと、酒出のいるマウンドのほうに歩き出した。酒出は、マウンドでチームメイトにもみくちゃにされている。観衆も押し寄せていた。
俺たちも友部に続く。
友部が近づくと、道が開けられた。
マウンドの上で友部と酒出が向かい合う。友部が手を差し出すと、酒出がそれを握った。期せずして大きな拍手が沸き起こった。
「すてきね。みなみん。マウンドにいる時の、あなたの美しさには、目がくらんだわ。私の完敗よ」
酒出は、いきなり友部に抱きついた。
「透子さん。ありがとう。楽しかった。おかげで最高のパフォーマンスができたわ。あなたに向かって投げるのは、すごい、わくわくした。最高のバッターに最高のボールを投げられて幸せだった。あなたと勝負できて本当に幸せよ。勝負は私の勝ちだけど、勝利者はあなただよ」
拍手はどんどん大きくなり、グラウンド全体に広がった。
「透子様ぁ」
「みなみーん」
それぞれのファンが大声で叫んでいる。
二人は手をつないだまま、両手を挙げて、いろいろな方向に手を振っている。
拍手がさらに大きくなる。
確かに、友部の言うとおり、二人の対決は、ただのショーに過ぎなかった。だが、それは、たった11球とは思えない素晴らしいものだった。みんなを熱狂させるに十分な美しさと強さを、二人は持っていた。
拍手はいつまでも鳴り止まない。長いこと続くその拍手に、二人は、肩を組んで、いつまでも手を振り続けるのだった。




