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第94章ボールが消えた!?―さわやかさんvs絶対美少女3

さわやか美少女酒出南と絶対美少女友部透子とのソフトボール対決が続いています

 

 投球フォームはさっきのスピードボールとまったく同じだった。ところが驚いたことに、ボールは手を離れた瞬間、ふわっと高く上がって、まるで時間が止まったかのようにゆっくりと高い弧を描いてすとんと落ちた。とんでもないスローなカーブ(?)だった。外角低め。友部もおそらく意表を突かれたが、バランスを崩して倒れ込むようにしながらも、バットをだした。かろうじてバットに当たった。、三塁線を切ってファールになった。フェアでなくてよかった。完全にタイミングがずれていたし、三塁手も突っ込んでこなかったので、フェアだったら内野ゴロでアウトになっていたろう。

「すごい。初めて見ました」赤塚先輩が興奮している。「スピードボールとまったく同じフォームから、あんな遅いボールを投げられるんですねえ。私は完全にだまされました。バッターは、たぶん、一瞬、ボールが消えたように見えたんじゃないかなと思います。しかも、ぎりぎりストライクです。あんな決め球をここまでとっておいたんでしょうか。すごい。こんな土壇場で、こんな球が投げられる酒出もすごいけど、友部もすごいですねえ。普通は、見逃すか、空振りでしょう。よく反応しましたねえ」

「すごい」と後台先輩も熱が入る。「絶体絶命のこの場面で魔法の決め球を投げるさわやか美少女と、それを見破るスーパー絶対美少女、まさに世紀の対決にふさわしい、最高の戦いです。さあ、次の球はなんでしょうか。新しい魔法があるのでしょうか。酒出投手、少し考えています。秘密兵器がまだあるのでしょうか」

 酒出はマウンドの上で少し首をかしげながら、うれしそうに笑顔を見せている。

「みなみん、楽しそうね」と那加が言う。「今の球はみなみんにとっても冒険だったと思うよ。ちょっとコントロールが狂えば危ない球だもの。結果的には、最高の球が投げられたね。それを、かろうじてではあるけど、素人の透子さんがバットにしっかり当ててるわけだから、すごいなあと思ってると思うよ。なかなか公式戦でも、これほどのバッターはいないんじゃない。そういう意味で、みなみんもこの対決を楽しんでいる部分はあると思うわ。まだまだ奥の手を出してくるかも」

「そんなに奥の手ってあるのかしら」と青柳は首をかしげた。「だとしたらすごいけど」

 酒出はマウンドの上でセットポジションに入った。みんなが息を詰めて見つめる中、腕を大きく回してボールを投げる。

 今度はスピードボールだ。内角高めの速球だ。

 友部がバットを振る。

 打ち上げた。キャッチャーフライだ。

 俺は、内心、焦る。これを捕られば酒出の勝ちだ。キャッチャーはマスクを投げ捨て、ボールに飛びつく。

 地面すれすれで、グラブがボールをとらえた、と誰もが思った次の瞬間、グラブからボールがぽろんとこぼれた。

 審判が両手を挙げる。

「ファウル。ファウルです。間一髪でした。友部は命拾いしました。今の球はどうでしたか、赤塚解説者」

「酒出は、最高のスピードボールを、内角の、しかも高目に投げました。すごいスピードでした。今日、一番じゃないですか。さっきの超スローボールの後ですからね。すごく速く感じたはずですよ。ある意味で、前の球は、この球の布石だったわけですね。そういう意味ではこの球も魔球といってもいいですね。バッターも、よく、怖がらずにスピードについて行きましたねえ。さすがに打ち損じましたが、当てただけでもすごい。まあ、結果的には、命拾いしましたねえ。いやはや、酒出のピッチングは、魔術師のようです。ただ、二つ、しのがれてしまったので、これで、苦しくなったかもしれませんよ。友部の動体視力とミート力は天才的だ。同じ魔球では球筋を読まれれば、きれいにミートされかねませんよ。次の手が難しそうです」

「すごい、魔球を連続する酒出投手。さあ、次の魔球があるのか?」

 なんか、酒出はグラブで口を隠して笑っているようだ。アナウンスで、魔球と言われたのが面白かったのかもしれない

「次の手ってあるのかな」と青柳が言う。

「まあ、トリッキーな投球が続いたけど、基本的には打ちにくいところにいい球を投げるしかないよね。ただ、まだ、スライダーをまだ投げてないと思うから、次あたり来るかもよ」

 那加の言葉を聞きながら、そう言えば、去年も「酒出のスライダーは天下一品」という話を聞いていたな、と思いだした。試合で投げているのを見たこともあるが、普通の球に見えるのに打てないらしい。

 昨日、赤塚先輩も、どこで聞いてきたのか、「酒出にはスライダーがあるから気をつけろよ」と言っていた。当然、経験のない友部にはちんぷんかんぷんで、赤塚先輩も説明に苦労していた。「全くの速球に見えるんだが、打てると思った瞬間に沈む」と言っていた。「当たるはずのボールが消える」とも。そんな、とっておきの球をまだ使ってないのは、どういうわけなんだ? まあ、フルカウントの時は読まれそうで避けたのかもしれない。だとすると、次あたりか?

 酒出が投球モーションに入った。

 観衆が静まりかえる。

 投げた-―外角低めの直球か。

 友部はフルスイングする。

 ジャストミートだ。大きいぞ。歓声が上がる。ライトの頭は、はるかに超えている。勝った、と俺は思った。

「打ったぁ。大きいぞ、ホームランか?」と後台先輩も叫んでいる。「いや、しかし、一塁線ぎりぎりだ。フェアかファウルかどっちだ?」

 ボールは回転がかかっていたらしく、どんどん右にそれていく。線審が頭上を見送って、両手を挙げた。

 ため息と悲鳴が入り交じる、すごい大騒ぎになった。後台先輩も大声で叫ぶ。「ファウル、ファウルです、まだ決着はつきません!」

 ふう、俺も、思わずため息をついた。キャッチャーの稲田が、タイムを取ると、マウンドに駆け寄った。酒出の肩をたたいている。酒出は少し微笑んで胸に手をやっている。危なかった、とちょっとほっとしたような仕草だ。本当に、表情が豊かでかわいい。

 友部もバッターボックスをはずすと、バットを両手で持って腰を左右にひねった。

 俺のうしろから内原先輩が叫ぶ。「友部、ファイトー」。内原先輩、そんな小さな声じゃ聞こえませんよ。代りというわけではないだろうが、多賀先輩も「がんばって」とこちらは大声で叫ぶ。聞こえたらしく、はにかむように、友部が、俺たちの方を見て軽く手を上げる。「頑張って」と青柳も叫ぶ。俺も那加も青柳も手を振る。その後、青柳は、今度はマウンドに向かって、大きな声で「みなみーん、がんばって」と声をかける。酒出も気がついたらしく、片手を上げる。俺も那加も手を振る。二人の美少女は、今、どちらも最高に美しかった。俺は、この対決が、決着がつかないでくれればいいのにと思わずにはいられなかった。

 キャッチャーが戻る。友部がバッターボックスに入る。

「さあ、いよいよ試合再開です。九球目になりました。次はどんな勝負になるのでしょうか」と、後台先輩。

 みなみんが真剣な顔に戻って友部を見る。

 振りかぶった。

 渾身の球を投げる。友部はかろうじてバットに当てる。ファウルチップが後ろに飛ぶ。一歩間違えば空振りだが、タイミングはピッタリだったから、ミートできていればヒットになるあたりだ。どちらにとっても紙一重だ。

「今のはタイミングぴったりね。次に速球を続けると、みなみんも危ないわよ」と那加が言う。「でも、スローカーブだと、委員長に読まれそうだし、難しいわね」

 ボールを受け取る酒出の顔に笑顔はなかった。もしかして追い込まれているのか?

 あまりインターバルを取らず投球動作に入る。緊張が観客にも伝わったのか、一瞬音が消えた。後台先輩も放送を忘れている

 酒出が投げた。

 また速球だ。

 しかも、真ん中。

 え、そんな、と思わず俺は思った。絶好球に見えた。

 友部は思い切り振った。

 ところが驚いたことにボールはバットをすり抜けた。

 空振りだ。

 三振だ。

 負けた、と俺は思った。しかし、終わってはいなかった。キャッチャーが球を降り損なって、後ろに大きくそらしたのだ。この場合、振り逃げができるはずだ。だが、友部は走らない。もしかすると、友部は、振り逃げというルールを知らないのか? 赤塚解説者は仕事も忘れて、一塁を指さして、友部に向かって叫んでいる。きゅっチャーがボールに追いついて一塁に投げる。塁審が片手をあげてアウトのポーズをする。

 万事休したと、俺は思った。が、友部も酒出も平然としている。

「ファウル。ファウルです」と後台先輩のアナウンスが入ってようやくわかった。「空振りかと思いましたが、かすっていたようです」

「キャッチャーがとれていればアウトだったのですが、そらしてしまいましたからねえ」と赤塚先輩の解説が入る。「私は空振りかと思いました。キャッチャーも空振りと勘違いしたようですね」

「きわどかったですねえ」

「スライダーでしたね。噂には聞いていたんですがあっけにとられました。あんなに落ちるとは……」

 今の攻防には、那加も感心したようだった。

「沈んだでしょう。スライダーね。はじめてね。ここまでとっておいたのね。何球も投げていると、バッターは球筋になれてくるから、逆に、透子さんに球筋になれてもらうために、ここまでとっておいたのかもよ。その方が意表を突けるものね。来るはずの球が来ないってね。だとしたら、すごい作戦だわ。並のバッターなら絶対に三振だろうけど、かすっただけでも委員長の反応はすごいわ。みなみんもびっくりしてるんじゃない? まあ、ここまであの決め球をとっておけるみなみんもすごいけど……しかし、この作戦も失敗したとなると、次、どうするのかな。まだ奥の手があるのかな」

 俺はごくりと唾を飲む。のどがカラカラだ。体が熱い。まさに、息詰まる対決だ。

「まさに、一球ごとに、息詰まるドラマを見ているようです。次は、いよいよ第11章です。さあ、どんなドラマが展開するのでしょうか」

 酒出は、今度は眼を閉じて考えている。また少し唇をかんでいる。友部は表情を変えない。鋭い目で酒出を見ている。

 酒出は、今度は少しゆっくりとしたモーションからボールを放った。少し、遅いが、スローボールとも違う。

 なんだ? これも初めての球だ。シュートか?

 友部は、バットを前に構えた。バントのポーズだ。

 そして、なんと、バントした。


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