第93章 さわやかさんvs絶対美少女2
酒出と友部のソフトボール対決がいよいよ始まった
友部と酒出を対決させようというこのアイディア自体は、内原先輩の考えたものだ。生徒会で友部を応援するために何かしようという話になった時、俺は選挙運動の時に那加が言っていたことを思い出して、男子との100メートル競走を提案した。すると、みんな乗り気になって、さらに友部なら何でもできるという話になった。バスケはどうだろう、テニスは? というように話が広がって、内原先輩が、どうせなら酒出と対決させようと言い出したのだ。ソフトボールでは、酒出はいわばプロ、友部がいくらスーパーアスリートだといっても、ほぼ経験ゼロの「ど」がつく素人だ。まったく勝負にならないんじゃないかとも思ったが、内原先輩が「私は見たいです。二人の美少女が対決しているのを見るだけでワクワクします。その「ど」素人が、酒出さんに勝って、学校中をあっと言わせますよ」と言うのだ。いつもクールなメガネ美人がこれだけ熱くなるんだから(といっても、内原先輩は、友部のことになると、もう夢中といってもいいくらい大好きなのだが)、間違いなく、人は集まるなとは思った。友部も「やる」というので、実現したわけだが、客観的に考えれば、友部が勝つ確率は相当に低いだろう。
「さあ、第一球はファウルでしたがいいあたりでしたねえ。ここからは解説者として赤塚生徒会副会長の解説も交えて実況していきます。いかがでしたか」
「そうですね。あれだけ高い球は、普通は空振りするんですけど、見事にジャストミートしましたね。酒出さんもびっくりしてるんじゃないでしょうか」
後台先輩と赤塚先輩の実況が入って俺はびっくりする。後台先輩はいつものように、この催しをしきるアナウンサー役をやることにはなっていたが、解説者付きの実況は、予定していない。おそらく二人の即興だろう。後台先輩は、アナウンサー志望らしく、のりの良さは天下一品だ。
「さあ、酒出、セットポジションから……今度は、どんな球を投げるのでしょうか」
第二球が投じられた。まったく同じ高めのスピードボール、今度は、委員長は振らなかった。
「ボールです!」と、アナウンスが入る。「ボールになって、カウントは、ワンボールワンストライク」
「同じ球を二球続けましたね。でも、今度は友部も手を出しませんでした」と赤塚先輩の解説が入る。
マウンド上で酒出はキャッチャーからのボールを笑顔で受け取る。マウンド上で、酒出は、結構、表情豊かだ。真剣な顔の美しさと、笑顔の無邪気さのギャップが、ある意味で、魅力的だ。
そういう意味では、友部とは対照的だ。友部は、にこりともしない。真剣な表情で素振りをしている。まるで求道者のように、まっすぐな瞳で前を見つめる時の友部の美しさは凄絶といってもいいくらいだ。額田のいうとおり、「凍れる炎」、まったく言い得て妙、だと思う……あまりの美しさに、ちょっと取っつきにくくも見えるし、実際、人との接し方にちょっと不器用なところはあるが、近くにいると、那加の言うとおり「いい人」であることがわかる。内原先輩だけでなく生徒会の先輩たちはみな友部が大好きだ。
「みなみんにとっては計算どおりね。委員長は、高めの球に最初に手を出してちょっとしまったと思っているから、今度は手を出さなかった。でも、もう一球続けるかも……見送ったことで、委員長はもう来ないと思っているでしょうから、裏がかけるかも」
「でも、委員長なら、その裏もかきそう」
そんなことを話しているうちに、酒出はマウンドを踏んで投球動作に入る。大きく手を回すと、ボールが友部に向かっていく。すごいスピードだ。また高め。友部はバットをピクリとも動かさない。ミットがずんと音を立てる。見逃したというより、そのスピードに手が出なかったか。ストライクかと俺は思ったが、アンパイアの判定はボールだった。
「ボール、ボールです。きわどい判定だが、ボール」
「なるほど、今度はつり玉と見せて、高めでストライクを取りに行きましたね。甘くなると、危険な球でした。本当にぎりぎりを狙っていますね。さすが酒出は、県を代表するピッチャーです。さあ、これでツーボールワンストライクですからね、打者に有利なカウントになりましたね」
何となく俺はほっとする。何となく友部に勝たせたい気持ちが俺の中にある。たぶん、三番勝負の二回とも勝てなかったからだ。そして、この試合も超不利だからだ。前の二つの対決の時「手を伸ばしても届かない」と言っていた言葉が、俺の胸に残っていた。それは、全く、今の俺の気持ちを代弁しているような言葉でもある。そういう意味では戦う友部が同志のような気分でもあった。今回ぐらいは勝たせてやりたい気分だった。同じように、今回ぐらいは勝たせてやりたいと思っている観客も多いだろう。ここで、友部が勝てば、一気に多くのファンを獲得できそうな気がした。
「高めのストレートで、もう一回誘いに行ったのね。最高のスピードで。ボールだったけど、打って打てない球じゃなかったわね。最初のボール玉に手を出してしまったので、委員長は、ボールに手を出さないことにしたみたいね。フォアボールだって勝ちだものね」
ボールを戻されて酒出は帽子をとって汗を拭いた。「みなみん、がんばって」と声援が飛ぶ。酒出は笑顔で手を振った。帽子をかぶりなおすと、ボールを手にとって、グラブをおなかに友部を見る。友部もヘルメットをとってポニーテールを結びなおすと、腕で汗を拭いた。今日は四月にしては暑い日だ。まあ、もうすぐ五月だが。
ボールカウントはツーボールワンストライク。もうボールは投げにくい。きわどいコースで誘っても、友部の選球眼は確かなようだ。ストライクを取りに行くしかない。友部もそれはわかっている。次が勝負と思っているだろう。サードがまた少し前に出た。バントを警戒しているのだろう。友部の足の速さがよほど印象に残っているらしい。
「あんなに前に出られたら、バントはできないよね」と青柳。
「いくら、委員長の足でもね。でも、逆に、引っ張られたら、間違いなくヒットだよ」と那加解説者。「委員長、ミートはうまいから、当てるだけでもヒットになりそう」
バントはなさそうだな、と内心思う。昨日の練習でも、バントは一切しなかった。マシンの球とはいえ、かなりの速球をきれいに打ち返していたのを見ると、速球を打つことには、それなりに自信を持っていそうだ。逆にバントの方が今の友部には難しいだろう。
それを知ってか知らずか、酒出がサードに下がるように指示を出した。
酒出もバントはないと思ったのか。
酒出がマウンドを踏んで、投球モーションに入る。皆が息を飲んだ。
ボールを投げると同時に、驚いたことに、酒出と、下がったサードが前にダッシュした。ボールはスローカーブ。内角低め。バントしてくださいというような球だ。二人は、バントが来ると信じて前に突っ込んだのだ。しかし、友部はバントせず、強打した。思い切り引っ張った。フェアグラウンドに入っていればきっとヒットになったろう。しかし、ファールだった。
「ファウル、ファウルです。今、サードとピッチャーが前にダッシュしましたよね」と後台先輩のアナウンスが入る。つついて赤塚解説者。
「そうですね。バントと読んだのでしょう。強打した時にはどきっとしました。フェアグラウンドに入っていたらヒットでしたね」
那加も少し首をかしげる。
「バントを誘って、アウトを取ろうという、みなみんの作戦だったのかな。打ち合わせはしてなかったら、たぶん、初めから決めてたのね。委員長がバントしやすいカウントになったら、バントさせて、一塁でアウトにしようって。たぶん、サードが前に来て、それを下げさせたのがサインだったのよ。でも、サードを下げたのがわざとらしくて見破られたね。地方大会の高校生相手には通用しても、この学校で一番カンのいい美少女相手には通用しないわ」
「委員長はカンがいいんですね」
「知ってるでしょう。あの数学を解くセンスの良さ。ただ頭がいいだけじゃなくて、あんなにカンのいい人、他に知らないわ。ジラはこの学校で、一番、彼女の近くにいる時間が長い存在なのに、いまさらそんなこと言うなんて、ジラぐらいカンの鈍い人も同じぐらいめったにいないよね」
「はい、そうですね」
「ただ、透子さんも、読み通りだったので、しめたと思った分、力が入ったんじゃない? まあ、みなみんの球も、超スローボールでしかも内角のストライクゾーンぎりぎりに変化して来るんだもの、あれだけスピードボールを続けられたあとじゃ、並のバッターじゃ打てないよね」
「これで、ツーストライクね。もう、バントはできないんでしょ」
青柳もはらはらしているらしく、両手を握りしめている。
「できないわけじゃなくて、バントしてファールになったら、アウトというだけよ。スリーバントと言うやつね」
「そうなんだ。そういうルールなのね。なんか変なルールね」
「それを許しちゃうと、打てないピッチャーに対して延々とバントファールを続けるという作戦ができちゃうからなの。バントって、ボールに当てる当てやすさが違うみたいよ。ね、そうでしょ。ジラ」
「俺、野球の経験ないんでわかりません」
「男の子って、みんな野球が好きなのに、ジラは詳しくないのね」
「すみません」
酒出とサードが何か相談している。酒出が口をとがらせたかと思うと、次には唇を噛んでいる。本当に表情豊かだ。もし、那加の解説通りなら、作戦を完全に読まれたわけだ。このあと、どう攻めるべきか、どう守るべきか、迷っているのかもしれない。バントの確率はまだある。スリーバントは友部にとっても冒険だが、ありえないわけじゃない。三塁線のまあまあのところに転がせば、友部の足ならセーフになってしまう。と言って、前進守備や、今みたいに突っ込むのは危険すぎる気もする。
「中井さんだったら、どう攻めますか」
「私? 見当もつかないわ。佐和はどう?」
「見当もつかないわ。でも、もうバントはないような気がする。失敗したらアウトだもの。委員長はボールをちゃんと打ち返しているから、思い切って振るんじゃない? あとは、飛ぶコース次第で決まるんでしょ? みなみんは最高の球で勝負すればいいんじゃない」
「そうだね。みなみんが真剣に全力投球すれば、そうそう打たれるものじゃないもの。迷わずに真っ向勝負が一番かも」
サードが帰り、酒出がまた投球モーションに入る。投げた。外角低めにストレート。驚いたことに、またサードが突っ込んできた。バントと読んだのか。
しかし、ボールは低すぎた。友部は少しバットを出しかけて、しかし、見送ってスリーボール。
バントがありうると思ってサードは突っ込んだのだろう。酒出は万が一にも引っ張られないように外角に速球を投げた。ただ、惜しくも外れた。スリーボールツーストライク。グラウンドに集まった観客が一層騒がしくなる。
「さあ、フルカウントです」と後台先輩の実況にも熱が入る。「もうピッチャーはボールは投げられない。これからの一球、一球がすべて真剣勝負です。ピッチャーもバッターも追い込まれました」
酒出もある意味で追い込まれた。最初のボール以外、友部はきわどいボールはすべて見極めている。友部の選球眼は抜群だ。ボールを投げた途端に、負けが決まる。ストライクを投げるしかない。しかもあまりぎりぎりをねらうのは危険すぎる。といって、甘い球は当然投げられない。とは言っても、こんなピンチはこれまでにも幾度もあったはず。県でも指折りの実力を、いよいよ見せてくれるのかもしれない。ストライクが来る以上、友部は打つしかない。友部はヒットを打てるのか? いよいよ決着の時が迫ってきた。
観客も口々に何か叫んでいる。騒ぎが大きすぎて、赤塚解説者が何か言っている言葉が聞き取れないほどだ。酒出がマウンドでグラブを構えて、バッターを見る。真剣な顔が美しい。友部もバットを構える。その姿は、まさに絶対美少女。
酒出が大きく振りかぶった。まるで唐突に世界から音が消えた。




