第9章 俺が委員長に落選する話
那加にクラスの後期の委員長に立候補するように命じられた俺。やりたくはないんですが、立候補するしかない。ホームルームの時間がやってきました。
次の日、ホームルームの時間が来た。
「さて、この時間は後期のクラス委員を決めたいと思う」
と、担任が言う。俺は那加に言われたとおりに手をあげる。
「先生」
「なんだ、鯨岡」
俺は立ち上がる。
「俺、後期のクラス委員長に立候補します」
「お、おい、ちょっと待て、まだ何も始めていないだろう。あわてるな」
確かに、先生の方があわてている。まあ、予想外の展開だろうからな。まさか、始める前から、しかも、よりによって、この俺みたいな目立たないやつが立候補するなんて、予想もしていなかったに違いない。
教室が少し騒がしくなる。「おい、あいつ、どうしたんだよ」というような声が耳に入ってくる。
「でも、立候補者の中から何かの方法で選ぶんですよね」
俺は那加に言われたとおりに話す。
「まあ、そう、そうだな」
「じゃあ、他に立候補者がいなければ、俺で決まりでいいんですよね」
「ま、まあ、そうだが」
先生は焦っているようだ。
那加が、言っていた。
「たぶん、先生は前期委員長の透子さんを後期も委員長にしたいんだと思うわ。無理ないわ。私だって先生だったら、あんな気のきくかわいい子を使いたいわよね。だから、『他に立候補者がいなければやってくれるか』ぐらいのことは話しているんじゃないかと思う。だから、まず、ジラが立候補してみて……そこで、委員長がどうするか、ね」
「とにかく、まず、立候補を募ろう。鯨岡はわかったが、他に立候補者はいるか? ぜひ積極的に手をあげてくれ」
沈黙が流れる。俺は、内心、焦る。那加は「ジラは委員長にはならないから」と言っていた。だが、このまま立候補者がいなければ俺がなってしまう。クラスの奴らも、俺にやらせたくはないだろうが、かと言って、自分でやるのは嫌というわけなのか。
「どうだ、他にいないか」
先生は、俺にやらせたくないのだろう。なおもしつこく促す。それは俺も望むところだったが……また長い沈黙。
「はい」
という声がしたので振り向くと、前期委員長の友部が手をあげていた。
「私も、立候補します」
「おお、そうか」
先生は、ほっとしたように言う。さっきから委員長ばかり見ていた。委員長も耐えられなくなって手をあげたというわけか?
「じゃあ、友部も立候補ということで……他にいないか?」
ひとわたり、みんなを見回したが、今度は、先生もあまり待たない。
「じゃあ、二人のうち、どちらかということでいいかな」
「はい」
と俺は、また手をあげる。
「友部さんがやってくれるなら、俺、立候補を取り下げます。友部さんの方が、絶対、適任なので……俺、あらためて副委員長に立候補します」
最初からの予定通りの行動なので、正直、内心ほっとしながら俺はそう言う。
「そうか。それじゃ、委員長は友部ということで、みんなもいいな」
拍手が起きる。さすが、友部透子。人気は絶大だ。
「じゃあ、副委員長だが、鯨岡が立候補しているが、他に立候補がいれば、手をあげてくれ」
先生は、またみんなを見回す。沈黙が流れる。那加の読みでは、ここで手をあげる人はいないはずだったが、先生はまたしばらく時間をとった。すると、菅谷が手をあげた。
「ぼく、立候補します」
イケメンの菅谷は、確かにクラスの有力メンバーの中では、前期、何も委員をやっていない一人だった。俺が振り向くと、菅谷は、どういう意味か知らないが、片手をあげた。挨拶のつもりなのだろうか。これは予定にないぞ。那加は副委員長になれるって(個人的にはまったくなりたくはないが)言っていたじゃないか。どうなるんだこの先?
「そうか、菅谷も立候補するか。じゃあ、他には?」
先生が生徒を見回す。副委員長なんてほとんど仕事がない割には、肩書は立派だから立候補する人がいてもおかしくはないが、菅谷が立候補していては、なかなか勇気がいるだろう。誰も手をあげない。
「じゃあ、どうやって決めるかな。選挙というなら、あとの書記、会計の立候補も一緒に募るが……選挙をするほどでも」
「はい」と俺は手をあげる。那加の読みの予定外だが、臨機応変にやるしかない。「菅谷君がやるというなら俺は譲ります。もし、書記とか会計のなり手がいなかったら、そちらに立候補します」
「そうか、わかった。じゃあ、副委員長は菅谷で決まりということでいいな」
また盛大な拍手。菅谷も人気者だからな。というより、俺がすんなり降りたせいか?
「次は書記と会計だが、一緒に立候補を募ろう。いなければ鯨岡に頼むということで」
酒出が、手をあげる。
「会計に立候補します」
先生は、少しうれしそうに言う。
「そうか、すまんな。前期も会計をやってくれたのに、な。あと、書記はどうだ、いなければ鯨岡に頼むが……」
教室はまた沈黙した。先生の視線を追うと一人の女子に注がれている。その子が、おずおずと手をあげる。
「あの、書記に立候補します」
蚊の鳴くような小さな声だったが、静かだったのでよく聞こえた。青柳だった。
「そうか、青柳、立候補してくれるか」
先生はうれしそうだった。那加は、言っていた。
「あの先生のことだから、委員長は友部さんに前もって頼んでいると思うわ」
どうも、四人とも前もって頼んでいたのかな、と俺は思った。まさか、俺が役員になるのを防ぐためでもあるまいが……なにしろこの俺自身、昨夜まで立候補する気はさらさらなかったわけだから……。
「ということになったが、どうする、鯨岡。まだ立候補するか?」
「いえ、立候補はとりさげます。みなさんにやってもらった方がクラスのためだと思うので……」
内心はほっとしながら俺はそう言った。那加の命令はちゃんとやったはず……だよな。
「そうか、すまんな。せっかくクラスのためにと思って立候補してくれたのにな……そうだ、とりあえず、正式ではないが、うちのクラスだけの役員を作ってそれになるというのはどうだ。役員が忙しい時には代わりにやってもらうという形で、なにがいいかな……雑用係というとあまり聞こえが悪いから、委員長補佐という名前でどうだ。後期もまだまだ行事があるから、委員たちと一緒にクラスを盛り上げてもらうという形で」
「あ、はい……喜んで……」
何だよ、それ、と思いながら、そう言う以外の選択肢は俺にはなかった。