第86章 友部が全校生徒を絶叫させる話
いよいよ友部透子の素晴らしさを全校生徒にアピールするイベントが始まります
那加の予言は正確だ。まさしく、友部は、全校生徒を絶叫させた。
次の日の午後、グラウンドに詰めかけた生徒たちは、友部透子が登場しただけでどよめいた。放課後だったが、グラウンドには、たくさんの生徒が詰めかけていた。たぶん、ほぼ全校の生徒が集まっている。
今日は七時間目まである日なので、日は、結構、傾いているが、まだまだ明るく、グラウンドを斜めに照らしている。
友部透子は、校舎から後台先輩と一緒に歩いてきた。
白いウィンドブレーカーを着て、髪をポニーテールに結っている。わりと長めのストレートヘアをいつもきれいにおろしているので、ポニーテールの友部を見るのは初めてだ。もっとも、そういえば、俺と賭けをして負けて無理やりデートした時にはツインテールにしてきたものだったが。
少し赤みがかった陽の光の中で、まるでスポットライトを浴びたかのように、友部が輝いていた。
ポニーテールにしても、あいかわらず、完璧と言っていい美しさだ。髪型が変わっただけで、こんなに新鮮に美しく感じるのかと感心する。あのどよめきは、生徒たちが友部の新しい美しさに出会った驚きに違いない。
そのどよめきは、友部がウィンドブレーカーを脱いだ瞬間、さらに大きくなった。友部は、陸上部のユニフォームを着ていた。セパレートタイプのユニフォーム、胸を覆うのは赤いスポーツブラというのか、名前はよくわっからないが、とにかく本当に乳房をぴったり覆っているだけのものだ。友部の胸は大きいとは言えないが形のいいふくらみがはっきり見える。あまりにぴったりしていて、遠くからではわからないが、下手すると乳首のふくらみまで見えてしまいそうだ。
かわいいへその下の腰を覆うのはショーツ型のブルマーだ。これもハイレグの水着といってもいいほど小さく、引き締まった太ももが付け根までしっかり見える。かろうじて大事なところを隠しているだけといってもいいくらいだ。後台先輩の妹から借りたのだが、少し小さすぎたのじゃないか。露出度がここまで高いとは思っていなかった。それにしても、友部は、顔だけでなくプロポーションの美しさも完璧だ。やわらかい肩の線や引き締まったウェストも、かわいいへそも、鍛えられた腹筋も、すらっと伸びたアスリートらしい筋肉質の両足も、すべてが完璧な美しさだった。
「オリンピック選手みたいに引き締まった体ですね。うっとりしちゃいました。ちょっとセクシー……なんて言ったら、不謹慎ですか?」
生徒会会計の内原先輩が、友部から預かったウィンドブレーカーを手に近づいてくると、なぜか俺に手渡しながらそう言った。手渡されたウィンドブレーカーはまだ温かい。あの美しい肉体の体温かと思うと少しドキドキする。
「毎日、鍛えてるって、言っていましたものね」
と、俺もつぶやく。友部は体を動かすことが好きで、部活にこそ入っていないが、家で時間があると、一人でトレーニングをしているのだと言っていた。なにしろ広い敷地なので、バスケットのゴールやテニスコートだけでなく、壁打ちのできる半面コートまであるらしい。家事と勉強の合間に汗を流しているという。
ストレッチを始める友部の姿を、群衆は、息をのんで見つめる。姿だけでなくその動きも何とも美しかったからだ。その美しさは、ヴィーナス先輩のヌードとはまた違ったアスリート的な肉体の美しさだ。この企画を立て、宣伝にも携わった俺たち生徒会役員たちの前を通る時、友部は明るい笑顔で手を振った。俺に振ったわけではないだろうが、俺も思わず振り返す。このところ少し暗い感じがしていたので、その笑顔の明るさに、俺は、思わず胸がキュンとした。那加が用意して俺が渡したセリフ、「絶対美少女」は、まさに彼女のためにある言葉だと、あらためて思ったりする。
「お集まりの皆様、お待たせしました」
アナウンス係の後台先輩は生徒会の一員だが、放送部にも入っているので、そのしゃべりはまるでプロ並みの鮮やかさだ。
「いよいよ、友部透子、世紀の対決、第一弾が始まります。主役はこの二人。ご紹介します。まずは、私たち生徒会の副会長、超絶完璧美少女、友部透子!」
友部が両手を上げて声援にこたえる。のぼりを立てておそろいのTシャツを着て叫んでいる女の子の一群がいる。友部透子ファンクラブの女子たちだ。入ったばかりの1年生の有志が、勝手に作って、勝手に応援しているらしいが、友部はどちらかというと困惑している。それでも、彼女たちにもちゃんと手を振りかえしている。
「そしてもう一人、陸上部のエース、大津港先輩です。みなさんご存知の、県でもベスト8に入るスーパーランナーです」
友部に負けないくらいの声援が上がる。一人のやさしい顔のイケメン男子が両手を上げてこたえる。短距離ランナーにしては髪は長めだが、どちらかというと繊細な顔つきによく似合う。美男子のくせにお茶目な性格で、生徒会室に来ても俺に声をかけてくれたりする。クラスの女子は「あの人、しゃべらない方がかっこいい」などと言っているが、とにかくファンは多い。抜群に足は速いらしい。県で一番ではないにしても、地方大会のレベルではない。
「予告通り、二人には一〇〇メートル競走、一本勝負をしていただきます。県でも指折りの、男子の校内最速ランナー大津先輩に、われらが生徒会のエース、友部透子は勝てるのか?」
後台先輩はマイクを友部に向ける。
「勝負の前に一言、お願いします」
あんなにうるさかった聴衆が、冬の日の水面のようにしんとなった。
友部がポニーテールを軽く振って、周りを見回す。そして、あの鋭い目で、俺の方を見る。西日が急に明るくなって、彼女の引き締まった肉体と、輝くひとみを照らし出す。その神々しいまでに美しい友部の姿に、思わず息が止まりそうになったのは俺だけではあるまい。
「全力をつくします。心臓が壊れようとも」
水面にさすひとすじの光のような澄んだ美しい声だった。まさに、完璧。聴衆は一瞬あっけにとられたが、次の瞬間、爆発して、グラウンドは拍手声援の嵐となった。五分間は鳴りやまなかったと思う。すこしおさまってきたところで、後台先輩がようやく大津先輩にマイクを向けた。
「ひとことお願いします」
大津先輩は声を張り上げる。
「ぼくは、昔から、友部透子さんの大ファンです。だから、勝負の相手に選ばれてすごく光栄です。握手してください」
大津先輩が差し出した手を友部が握る。なんと、大津先輩は尻のポケットから白い手袋を取り出すと握手した手にはめた。
「やった! 握手しちゃいました。ぼくは、この握手した手をずっと洗いません。それくらいファンです。ですけれど、というか、だからこそ、この一〇〇メートル、全力で走ります。必ず、勝ちます」
大声援が応える。
静かに、友部と大津先輩がスタートラインにつく。
息を飲む。風までが息をひそめているかのようだった。
ピストルが鳴った。
友部のほうがスタートは早かった。少し遅れて大津先輩が続く。目の前で見ると目を見張る速さだ。友部がリードしている。もしかして、友部が勝つのかと思った瞬間、大津先輩は加速した。スピードに乗ると、もう五〇メートル付近で友部を抜き去り、そのままゴールした。ゴールでは一メートル近くの差が開いていた。悲鳴のような大歓声が沸き上がる。友部はゴールすると、足を絡めるように転び、トラックにあおむけに横たわった。激しい呼吸に胸が大きく揺れている。
俺たち生徒会グループが駆け寄る。
「すごいわ! 透子さん。すごかった!」
内原先輩が、いつになく興奮している。かがんで助け起こそうと手を差し出すのを、片手をあげて友部が制した。
「もう少し、寝かせて。横になっていたいの」
大騒ぎの中で、少しでも聞こえるようにと、後台先輩がマイクで叫ぶ。
「勝ったのは、さすがは男子陸上部のエース、大津先輩です」
声援に、大津先輩が両手を上げてこたえるが、グランドは興奮していて、もう何も聞こえないくらいだ。
「惜しくも、我らが、友部透子は破れましたが、それでも、女子としては、県の新記録なみのタイムが出ましたー」
一段とグランドは騒がしくなる。その喚声も聞こえないかのように、友部はまだ、はあはあと息を大きく弾ませながら、空を見上げて横たわっている。汗びっしょりだ。こんなに汗をかいている友部を見るのは初めてのような気がする。けれども、よく見ると目に浮かんでいるのは汗ではなく涙のようだった。胸がどきんとなる。
友部は上半身だけ起き上がると、汗と涙を同時にぬぐった。
俺は、内原先輩から預かった友部のウィンドブレーカーを、広げて肩にかけようとした。友部は、ひったくるようにそれを受け取ると、あの鋭い目つきで俺をにらんだ。そう、いつものぞっとするくらいの美しさで。
「負けたわ。ジラの計算通りね。面白すぎて涙が出る……見事なピエロでしょ」
「いや、正直、勝てるかと思ってた」
「勝てるわけないよね。届かないこと、知ってて、やらせたんでしょ。ジラ」
「そんな……違うよ」
「いいよ。お前には届かないってことを思い知らせてくれたんだなって思って……ジラ、よくわかったわ。たった一つ残念なことは、心臓が破れなかったことね。破れるまで走るつもりだったのに」
「負けてないよ。友部」
赤塚先輩が、俺と友部の間に入ってしゃがみ込むと、友部の髪をなでる。
「県の記録を破っちゃうなんて、さすがだよ。この走りは、全校生徒を魅了したよ。俺は、まだ、心臓の震えが止まらないよ。友部透子の勝ちだよ」
「そうです! その通りです! 友部透子の勝ちです」と内原先輩。
友部はぴょんと立ち上がった。ウィンドブレーカーをはおる。
アナウンス係の後台先輩が、勝利者の大津先輩に何か聞いているようだが、騒がしくて何も聞こえない。大津先輩のあと、友部を振り返った後台先輩は、様子を見て、それ以上何も言わずに、閉会を宣言する。
「絶対美少女・世紀の対決、第一弾は、これで終了とさせていただきます。第二弾は、あす昼休み、体育館です。どうぞ、お楽しみに」
歩き出す友部に、内原先輩が肩を抱くように寄り添う。生徒会の先輩たちは、みな友部が大好きで、妹のようにかわいがっている。特に、内原先輩は、普段は、そっけないくらいクールなのに、友部のことになると人が変わるといってもいいくらい、あれこれ世話を焼く。友部がとにかく大好きらしい。
友部透子ファンクラブの女子たちが駆け寄ってきて、何か話しているようだ。泣いている子もいる。友部と握手している子もいる。あらためて、友部は変わったなと思う。出会ったころの彼女は、誰に対しても美しい笑顔を見せてくれても、どこか他人と距離を置いていた。あのころの友部は、たぶん、少し不機嫌だった。だが、今は、誰にでも心からやさしく接しているような気がする。
那加が始めから言っていた「いいひと」というのがどうも本当らしい。
もちろん、成長したのだと言えばそれまでだろうが、那加が、俺を使って、彼女がその持てる力を最大限に発揮する機会を提供したことが、たぶん、間違いなく、大きく影響している。
俺の挑戦がなければ、彼女の今の学業成績(模試では全国で二桁をとることもあるらしい)はなかったろう。那加の奴隷である俺との出会いが、彼女の人生を変えたと言っても言い過ぎではないような気がする。那加は、この日の来るのを十分に期待していたに違いない。
確かに、那加は、友部があらゆる面で絶対美少女の名にふさわしいことを証明して見せたのだ、と俺は思った。
「さすがは、ジラ、大成功ね」
次の日の朝、那加がからかうように言った。
「正直、あのユニフォーム姿には萌えたわ。スポーツブラもセクシーだったし、ブルマなんてハイレグっていいくらいじゃない? あんな小さいブルマをはかせるなんて、ジラもエッチね。お尻の割れ目に食い込んでたわよ。みんなを喜ばせようって作戦なの? よくあんなユニフォーム、見つけて来たわね。ジラ、なかなかやるわね……私、あの姿を見られただけで幸せよ。目の保養になったわ」
「あの、あれは後台先輩の妹に借りたもので、俺がわざと着せたわけじゃありませんからね。たぶん、中学生用だと思います」
「そうなの? 額田さん、また鼻血、出してたよ。ヴィーナス先輩も、あのまま、そっくり抱きしめたいってうるさいし……まあ、正直に言えば、私も抱きしめたい……もう、私も、友部透子に夢中よ。ファンクラブに入ろうかな。ジラの企画には脱帽よ」
企画は、昔、那加が考えたことでしょうが、と内心思うが、ご主人様がそれを忘れているはずもないので、いまさら何も言わない。
「男子のトップランナーにあそこまで迫って、それでも、あんなに鮮やかに、あの天才が負ける姿は、それだけでもうドラマね。負けたあと、しばらく息があがって立てなかったでしょう? 限界まで出し切ったんだなと思って、私、目頭が熱くなっちゃたわ。無理って知っていても、本気で勝ちにいく透子さん、すごいわ。ジラの企画、実にうまいと思う」
那加は俺が忘れていると思って、俺に自信をつけさせるために、「俺の企画」と繰り返しているのだろうか? 「透子さんと陸上部の男子を競争させたら、全校生徒の注目を集められるわ」と半年前、選挙の時に言っていたのは那加なのだ。それを思い出して、生徒会のみんなに話したら、それ以外の対決も面白いという話になって、いろいろアイディアが出て、結局、シリーズ化してしまったのだが……
「対決の第2幕は、確か、今日の昼休みだったよね? 体育館ね。見るのが楽しみだわ。また、あのユニフォーム着てくれないかな」
「今度はバスケ対決だから、どうでしょうね」




