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第84章 象が蟻を踏みつぶす話

生徒会役員たちは全力で友部を応援することになった。

  放課後、文芸部の部活をやっている小講義室にむかって階段を上っていくと、額田河合が駆け下りてくるのに出会った。

「ジラ、ちょっときて。ヴィーナス様が来ないと思ったら……あ、那加さまも来てください」

 那加もちょうど階段を降りてきたところだった。

 連れられて校門に行く。

「ああ、やっぱり」

 見ると、校門に立っている青柳のことを、小尾先輩が抱きしめているところだった。

 青柳を抱きしめる小尾先輩に、額田が後ろから抱きつく。

「駄目っすよ。ヴィーナス先輩、青柳さんに投票するつもりですか?」

 しかし、小尾先輩は青柳を抱きしめてうっとりしている。

「ああ、何てすてきなの。私、青柳さんに投票することに決めたの」

「だめっす。自分で立候補してるの、忘れちゃいけませんよ」

「いいでしょ。私の一票ぐらい。だって、矢祭さんも抱きしめていいのよ」

「えっ、矢祭さんも?」

 額田は、小尾先輩に抱きついたまま、となりの矢祭を見る。

「ああ、わかったっす。矢祭さんの陰謀っす。卑怯ですぅ。そんな色仕掛けで先輩を釣るなんて……先輩もひっかかっちゃだめですぅ」

「だって、オーディションまで、毎日一回だきしめる約束だよ」

「え、毎日?」

「額田さんもどう?」

 かがみこむように矢祭が、額田に顔を近づける。

「佐和に投票してくれるんなら、おいらと佐和は額田さんの友達だよ。毎日一回、抱きしめてあげる。これはヴィーナス先輩と額田さんだけの特別よ」

 額田はびっくりするように矢祭を見る。矢祭が、背の低い額田に合わせるように、少しかがんで両手を広げる。

「だめっす。だめ、だめ。色仕掛けで先輩ばかりか、わっしを釣ろうなんて、卑怯っす。魂胆が見え見えです。いけません。断じて、いけません」

「違うよ。額田さんが佐和のファンなら、私も負けないくらいファンだよ。ファン同士、仲良くしようって言ってるの。これからずっと友だちになろうよ。友だちだったら、抱きしめあってもおかしくないでしょ」

 額田は、矢祭の顔を見つめる。

「さあ、おいで」

 矢祭の手が軽く額田の肩に触れた瞬間、額田は矢祭の胸にとびこんでしまった。

 顔を矢祭の肩にうずめて、夢中でしがみついている。しばらくするとため息をついた。

「ああ、ゾウが笑ってます。欲望という名前のゾウが、理性という蟻を踏みつぶしちゃいましたぁ。蟻が泣いています。でも、その涙は、針の先よりもっと小さい……ああ、欲望に負けるのって何てすてきなんでしょう」

「ほんと、何てすてきなの」

 小尾先輩は、まだ青柳を抱きしめている。周りで、生徒たちがびっくりしてこの光景を見つめている。

 俺は、隣の那加の耳元で小声で言う。

「しかし、どうも、小尾先輩は、あまり、オーディションに勝とうとは思ってないようですね?」

「かもね。でも、かえって、この風景は、ヴィーナス先輩のファンも増やしたかもよ。あの人、外見が美しすぎて、近寄りがたい感じがあるじゃない。頭もいいしね。でも、こんなに考えなしなんですもの。私たちはあのふたりをよく知ってるから、また、って思うけど、あらためてこういう場面に出会うと、『かわいい』って、思う人も多いかも。とにかく、ひたすら、自分の欲望にまっすぐな人よね。そこが素敵だよね。ある意味、美しい生き方よね。案外、票を集めるかもよ」


 帰り道、額田は、何となくふらふらしている。小尾先輩と手をつないで歩く。

「ああ、なんて意思が弱いんだろう。クズだクズだとは思っていたけど、わっしは、自分がここまでクズだとは思わなかったっすぅ。今までは、淫乱な自分が好きだったけど、今日ばかりは、その淫乱さが憎らしいですぅ。あんなに簡単に誘惑に負けちゃうなんて、わっしは自分が情けねえっす」

「青柳さんて、すてきね。抱きしめてたら、私、とろけちゃった。いろいろな人を抱きしめたけど、こんなの初めて。あの凍れる炎の天使を抱きしめた時も、時間が止まった感じがしたけど……あの時は光に包まれる感じだった。でも、青柳さんに抱きしめられたら、なんか愛されているような、とにかく幸せな気分だった。わかるでしょ。河合」

 額田は、両手で小尾先輩の片腕をとると、それにしがみつくように抱きついた。「えーん、その通りですぅ。わっし、青柳様に抱きしめられた時、『ああ、もう何にもいらない。青柳様の胸の中にいたい』って思っちゃいました。まさに、愛を感じたっすぅ。すてき過ぎますぅ……まだ、夢の中にいるんす、何だかふわふわして……でも、だめです。騙されちゃいけないんです。あの人たち、わっしがど淫乱、どエッチなのを知っていて、弱みに付け込んだんす。わっしのことが好きで抱きしめてくれたんじゃないんす。騙されているってわかっていて、肉体関係におぼれるなんて、わっしは、ダメ女です。これじゃジラと同じっす。将来、ろくなものになれんです」

 俺はどきっとする。確かに、眞知とのデートにつられて那加の奴隷になった俺も、似たようなものかも知れない。騙されているんだろうなと思いながら、契約をしたわけだから……額田は、本当に、よく俺の本性を見抜いている。

「騙されていないわよ。あの人たち、額田さんが大好きだから抱きしめてくれたのよ。愛の交歓というわけよ」

「先輩ぃ。それって騙されていますぅ。あの人たち、先輩の票が欲しくて、投票してくれたら抱きしめてあげるって言ったに決まっています。しかも、みんなの見ている前で……絶対、作戦ですぅ」

「違うよ。だって、私から言い出したんですもの」

「え?」

 俺も那加も、思わず歩みを止めて、先輩を見る。

「先輩から、青柳さんに投票するって言いだしたんですか」

 立ち止まった三人を見ても、先輩は戸惑うどころか、うれしそうににっこり笑う。

「そうよ。だって、素敵なんですもの。私、さわやかさん(酒出を先輩はそう呼ぶ)に投票するか、炎の天使にするか迷っていたんだけど、青柳さんと握手したら、いっぺんで心を持って行かれた感じで、大好きになっちゃったの。だから、青柳さんに投票することに決めたから、抱きしめさせてってお願いしたの。だってね。酒出さんも、友部さんも、すてき過ぎるくらいすてきなんだけど、私を愛してはくれないよね。でも、青柳さんは私を愛してくれるんですもの。抱きしめずにはいられなかったの。わかるでしょう、河合。抱きしめてもらったんだから」

 額田は先輩の顔を見上げた。

「わかります。わっしは、とろけちゃいました」

 額田は先輩に寄りかかりながら、少しうつむいて言う。

「先輩以外で、わっしをあんなに抱きしめてくれたの、初めてですぅ」

「私も、あんなに心をこめて抱きしめられたのは初めて……大切なものを抱きしめるように、いいえ、本当に大切って思ってくれてるんだと思ったわ。心臓の音が愛をささやいているようだった。この世に生まれてきて本当によかったって思った。私みたいなものまで大切にしてくれるなんて、青柳さんはきっと、誰のことも大切に思ってる人なのね。すごいと思う。河合も青柳さんに恋しちゃったでしょ?」

「はい、思わず……って、違いますぅ。わっしは、ヴィーナス様、ひとすじですぅ。ひとすじのはずなのに、あんな誘惑に負けて、わっしは淫乱な女ですぅ。ヴィーナス様、浮気してすみません。許して下さい。わっしを思い切り抱きしめて欲しいっす。わっしの心から、あの人を追い出してください。お願いしますぅ」

 額田は小尾先輩にしがみつく。額田は身長が一四〇そこそこしかない。大大地高で、一番背の低い高校生だ。小尾先輩は、子どもを抱きあげるように持ち上げて、ぎゅっと額田を抱きしめた。額田も嬉しそうにしがみつく。ぎゅうぎゅうに抱きしめあっている。

「あーん、やっぱり先輩が一番ですぅ。もう絶対に浮気しません。誘惑にも負けません。わっしの一票を奪われてしまって済みませんでした。必ず、取り戻しますから」

「いいって、投票は、自分が一番すてきだと思う人に投票すべきよ。私が私に投票したら、すてきでもない人に、義理で頼まれていれるようなものだもの、美しくないよ」

「ああーん、ヴィーナス様。ヴィーナス様はそれでいいでしょうけど、わっしにとって一番は、ヴィーナス様でごぜえますぅ」

 額田は、ますますヴィーナス先輩にしがみつく。

「青柳佐和の色香に迷ってしまった自分が、許せないっすぅ」

「よしよし」

 子どもをあやすように、小尾先輩が額田を抱っこしたまま回転する。

「河合は本当にかわいいね。私が一番だなんて、うれしいよ。そんなこと言ってくれるの、河合だけだもの。うれしい。私も河合が一番だよ。だからこそ、河合のことも抱きしめてほしいって、矢祭さんと青柳さんに予約しておいてあげたのよ。だから、それでいいの。二人して青柳さんに入れましょう」

「仕方ないっす。わっしが誘惑に負けたのは事実っすから……でも、ヒロインをやるのはヴィーナス様です」

「私は青柳さんが見たいな。でも、自分でやるのも楽しそう。でも、どう考えても、私、泡沫候補よ」

「そんなことありません。わっしが保証します。ヴィーナス先輩は人気あります。もっともっとアピールするでありますよ。特に、ヌードの美しさは……えへ、えへ、思い出すだけで、よだれが出てしまうぅ」

 額田は、本当によだれを拭いている。

 どこで見たんだ? 

 まあ、女子同士、プールで着替えたり、温泉に行けばふつうに見ているんだろうが、額田の場合、よだれを流しながら見つめていそうだ。

「全校生徒に見せてあげるです」

「いいわよ。見せちゃう。ここで脱いじゃう?」

「ダメです、ここでは……ジラに見られちゃう」

 まったく、小尾先輩ならやりかねない。俺が見たいって頼んだら、二つ返事で見せてくれてしまいかねない。もっとも、俺も見たいかと言われれば見たい。それで、本人が嫌でないなら、誰にとっても、こんな幸せな話はないはずだが、万が一、こんなところで裸になったら、少なくとも犯罪にはなるだろう。

「計画通り、教室で脱いでください。わっしの作戦で、全校生徒の目をヴィーナス様のヌードにくぎ付けにするっす」

 額田は地面におろしてもらうと、小尾先輩の手を引っ張って、小学生のようにスキップしながら、校舎に戻っていく。

 俺と那加は顔を見合わせてついていく。作戦というのは聞いたが、裸になる話は聞いてないぞ。


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