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第80章 青柳佐和という幼なじみ

「中学の頃から青柳佐和に恋していたんじゃないの?」と俺は那加に問い詰められます

「正直に言いなさい。命令よ」

「恋していたかって言われると、よくわからないですけど……」

 中学生のころの光景が、脳裡に浮かんだ。いつもみんなに囲まれて、明るい笑顔を見せている青柳の姿。近くにいたいのに、みんなの輪の中に入ることができなくて、さびしかった。そんな日々の中でも、青柳は、みんなにお菓子を作ってくると、必ず、俺の分も用意してくれて、俺の机に置いておいてくれた。たまに帰り道が一緒になったり、家の近所で会ったりすると、いつも明るく、いろいろ話してくれて楽しかった。遠くて近い存在として、いつも憧れていたような気がする。恋してしまったら、そのかすかな友だちとしてのつながりも切れてしまうような気がして、恋しないようにしていたような気がする。

「とにかく、俺にとって大切な人でした。小さいころは、何の気兼ねもなくて、平気で話していたんですけど、中学生になって、ちょっと意識していたかもしれません。彼女は、小学生のころからかわいくて、よくみんなに褒められて、俺は、内心、俺のおさななじみなんだぞって、ちょっと自慢だったんですけど……中学生になると、かわいいよね、という声が耳に入ると、なんか遠い存在のようにだんだん思えてきて、彼女は性格もいいから、友達もいっぱいいて、いつまでも俺のこと、友達だって思ってくれるわけないよな……なんて思ったりして、うまく言えないけど、そばにいたいけど、迷惑って思われたくなくて、ちょっと逃げたりもして、なんか複雑な気持ちでしたね。でも、彼女のほうは、いつまでも昔のままに、会うとニコニコってしてくれて、親しげに、気楽な感じで話してくれて、ほんと、いい友達って感じでいてくれたて、それがとてもうれしくて……」

「ジラ、やっぱり、佐和が好きだったんじゃない。彼女にしたかったんでしょ。だったら、ちゃんと、『好きだから、彼女になってほしい』って言わなくちゃだめでしょ。他の人に取られちゃうよ」

「いや、正直に言うと、彼女にできたらいいだろうな、と思うことはありましたよ。でも、『好きです』なんていったら、せっかく、昔から仲良くしていてくれたのに、その関係までなくなっちゃいそうで、とても言えませんでしたね。俺みたいな三流人間は、彼女の交遊関係の隅っこに引っかかっていれば、それで上出来なんです。さーちゃんは、俺が、何となくみんなの輪に入れないでいると、目ざとく見つけて『一緒にやろう』って言ってくれる、そんな、やさしくて素敵な人なんです。俺は、彼女のおさななじみという、ある意味で、特別な存在でいられることが、うれしかったんです。ほんと小さいころは、じゃれあって遊んでいて、たぶん、一緒にお風呂に入ったこともあるんですよ。つまりお互いの裸を見たことがあるはずなんです。そういう意味で、俺は、彼女にとって、特別な存在で、だからこそ、彼女も、昔からのよしみで、よくしてくれる部分もあって……俺はその特権を失いたくなかったです。俺が告白なんかしたら、きっと気まずくなって、溝ができてしまうって恐れていたんです。せっかくの特権的地位も、何もかも失ってしまうんです。それが怖くて、俺には、とてもそんなことはできませんでした」

「情けない意気地なしだね、ジラは……告白して受け入れてもらえたら、別の意味で、もっと、ずっと特別な存在になれるじゃないの?」

「俺は、さーちゃんみたいな素敵な人に、つりあう人間じゃありません。受け入れてもらえるはずなんてありません。害のない、おさななじみとして、細々と交遊が続いてたほうが、疎遠になるよりずっといいです」

「意気地なしだね。かすかなつながりを失いたくなくて、リアルな幸せをつかもうと思いきれないなんて。私が、何度、言っても、眞知になかなか『好きです』って言えないのも、同じ理由なの?」

「そ……そうですね。眞知の見ている俺は、本当の俺じゃないから……」

 改めて那加に指摘されなくても、俺の意気地のなさはよくわかっている。眞知は、那加が話しているであろう表面的な虚像の俺、成績もよく、生徒会長として、華々しく活躍している俺を本物の俺だと思っている。まさか那加の命令ですべて動いているとは思っていない。だからこそ、「会えてうれしい」とか「また会いたい」とか、まるで恋しているみたいなことを言ってくれる。そんなことを一度も言われたことのない俺にとっては、そんなことを言われるなんて、ましてや、眞知のような美少女に言われるなんて、それだけで天に昇るほどうれしい。それどころか、俺が秘密を隠して、「彼女になってほしい」と言ったら、那加の言う通り、「はい」って言ってくれるかもしれない。でも、そんなふうにして、恋人になって、場合によって、抱きしめたり、キスをしたりしたら、何も知らない眞知は喜んでくれるかもしれないが、やっぱりそれは卑怯だと思う。俺は眞知が大好きだ。だからこそ、だまして恋人になるのはいやだ。でも、正直に何もかも話して、恋人になってくださいと言うこともできない。眞知は俺に失望するだろう。俺は眞知に嫌われたくなくて、本当の俺をずっと隠していたわけだから、だまされたと思うかもしれない。そんな俺を眞知は軽蔑するだろう。それが怖かった。だますのは嫌だ、卑怯だといいながら、まるで、俺に会うのを楽しみしているようにふるまう眞知に会うのがうれしくて、うそをつき続けている。いつか、那加の言う通り、虚像の俺と本物の俺とが重なり合う日が来ると無理に信じるふりをして……

「那加の言う通り、俺は意気地なしです」

「そうだねえ。まったくそうだねえ。一つ、忠告してあげる。もし、中学時代、青柳佐和に告白したとするよ。佐和は困るかもしれないけど、でも、あの子なら、友達であることをやめたりしないよ。あなたが逆の立場だったらどう? 今、あなたが佐和に『好きです』って告白されたら、そして、あなたには眞知がいるとしたら……あなたは困るかもしれないけど、恋人にはなれないけど、佐和はあなたにとってより大切な友達になるわよね」

「それはそうです。そんなことを言ってもらえたら、俺、一生、彼女を大切にします」

「でしょう? 佐和もきっとそうよ。あなたが、中学校の時、愛の告白をすれば、結果はどうあれ、あなたを、一生、大切な人と思ってくれたと思うよ。あの人は、多分、そういう人。そのうえ、おさななじみとはいえ、楽しく長くつきあってきたわけでしょう。ということは、あの子にとって、ジラは、ずっと大切な人だったのよ」

「そうですか?」

 と俺は言ったが、本当かもしれないとも思う。青柳は本当に気持ちのやさしい子だ。小さいころから何でも彼女のほうがうまくできたが、俺に辛抱強く教えてくれて、俺がやっとできるようになると自分のことのように喜んでくれた。今、思うと、彼女と俺とは、どこか気の合うところがあったのかもしれないと思う。

 中学に入って、彼女はますます美しくなって、胸もけっこう膨らんできて、俺は少しまぶしく感じるようになっていた。彼女は昔からの調子で、工作などを教えてくれる時など、俺の手を平気でつかみ、柔らかい胸を無頓着に肩に押し当てたりして、俺は少しドキドキしていたことを思い出した。

 いろいろとたくさん話しながら帰った日など、家に帰っても胸がぽかぽかで、もっともっと話したい気分だった。今、思うと、俺は青柳に恋していたのかもしれない。あのころ、俺は自分の気持ちを素直に認め、青柳に告白すべきだったのかも知れない。那加に言われて、はじめて、そう思った。あの時、勇気を出して告白していたら、那加の言うとおり、俺たちは今でも仲のいい友達でいられたのかもしれない。やさしい青柳は、確かに、俺の恋人になってくれないとしても、俺の恋心を温かく受け止めて、ずっといい友達でいてくれたような気がする。確かに那加の言う通りだ

 でも、中学のころは、告白するなんて考えもしなかった。あまりにも大切な、俺にとっては友達でいられるだけで奇跡のような、過ぎた友達だったから……おさななじみという関係にしがみつくことしか考えていなかった。俺はあまりにに臆病だった。

「佐和を狙っている男は多そうね。中学時代も、もてていたでしょう?」

「ですね。たぶん、結構、告られてると思います。一度、たまたま見かけたこともあって」

 昼休み、学校の隅の図書室の裏をとおりかかると、男の子が青柳を呼び出しているのを見かけた。俺はすぐに道を変えたが、雰囲気からして、告られているんだなと思った。胸がとても痛かったのをよく覚えている。

 通り過ぎようとして、一瞬、目の合った青柳が、後で、律儀にも、わざわざ俺に「告られたけれど断ったの」と報告してくれた。那加にその顛末を話すと那加は何度もうなずいた。

「断ったのね」

「『まだそんなこと考えられなくて、ごめんなさい』って言ったみたいですよ」

 それを聞いてほっとしたことを思い出す。誰かの恋人にならなければ、まだ、俺にも可能性がある、と自分でも気が付かないうちに思っていたのだろうか。

「噂では、この学校でも、何人かは告ってるらしいよね。だって、誰にも優しいもの。あの瞳で見つめられたら、俺のこと好きなんじゃないか、って勘違いしちゃう男子も多いよ。ジラなんかもそうなんじゃない?」

「さーちゃんがみんなにやさしいのは、本当に、子どものころから知ってるんで……勘違いはしませんけど、感謝はしていますよ」

「男の子たち、告白してはみんな振られているみたいね。ジラが言ってたみたいに『まだ、そんなことは考えられないから』って……やさしいよね。男の子たちもそう言われれば、『いつか考えてもらえるかもしれない』って期待できるものね」

「そうですね」

 俺が告白してもそういうふうに言ってくれたのだろうか。と俺は内心考えた。でも、もし、告白したら、告白した時から、俺は「無邪気で気楽なおさななじみ」から「お互いに気を使って接する大人同士」になってしまうんだろうなと思う。那加の言う通り、青柳はこれまで以上に俺を大切に思ってくれるかもしれない。でも、それは、何の気兼ねもなく、平気で裸を見せ合っていた、おさななじみという関係とは違う。気楽に手を取ってくれることもなく、胸のふくらみを平気で押し付けてくる関係とも違う。告白するという行為自体が、ある意味で、大人の関係になろうとすることだ。俺はさーちゃんをそういうふうに見たくなかったのかもしれない。いつまでも、子どもでなんかいられるはずもないのに……もう一七才になろうとしているのに……俺は少し悲しくなった。


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