第79章 青柳と矢祭のことを那加が語る話
矢祭は「あのもう一人の美少女は立候補しないのかなあ」と俺に聞くのでした。
「それで、なんと答えたの?」
珍しく身を乗り出して那加が聞く。
「『いますね。俺の眼の前に……立候補しないんですか? 矢祭さんは』って答えておきました」
「あはは。なるほどね。そしたら、なんだって?」
「意味ありげに笑って、『おいらも美少女ってわけか。生まれて初めて、そんなこと言われたよ。ジラの恋人役に立候補するってか? あの子たちにそんな話、広げないでよ。舞い上がっちゃうと、おいらでも厄介なんだから』ですって」
「それで?」
「それだけですよ。二人は生徒会室に入ると申込用紙に記入して帰りました。帰る時、遠くから生徒会室の様子を見ている軍団の一人が、あわてて隠れるのを見て、ちょっと笑いました」
「面白いよね。矢祭軍団。けっこう、青柳さんも票を集めるんじゃない?」
「それも、那加の計算に、最初から入っていたんですか?」
「まさか。そこまで考えてないよ」
「さーちゃん、というか、青柳さんをヒロインにするって言ってましたよね」
「そのつもりだったけど、いざ、蓋を開けてみると、強敵ぞろいね。ちょっと、計算、違ったかな」
「青柳さんをヒロインにしたい理由って、あるんですか?」
「なくはないよ。一つは、ジラが喜ぶかと思って」
「え、俺がですか?」
「そうよ。夢の中で誰かの恋人になれるとしたら、誰がいい? やっぱり一番は眞知?」
「えーと、そうですね。眞知です」
「だけど、他の子にも気があるんでしょう? 男は浮気性だから……」
俺は、どきっとする。「いや、あの、それは……」
「隠さなくていいよ。私は、男じゃないけど、気持ち、わかるもの。美少女ばかりだものね、この学校。私、女だけど、みんな恋人にしたいよ。もし、選べるとしたら、だれをヒロインにしたい? ジラの恋人として」
「俺は……」
正直、わからなかった。那加の言うように、本当に、外見も、内面も美しい少女ばかりだ。酒出のさわやかな美しさには憧れるし、青柳のやさしさと明るさにも昔からずっと憧れてきた。友部は初めこそ誤解していたが、最近は、完璧な美しさと、ナイーブな内面を、心からすてきだと思うようになってきた。小尾先輩は、神秘的な美しさと、ひどく人間的な部分のギャップがかわいいと思う。どの子もすてきすぎて、正直、舞台の上でも恋人になれるなんて、恐れ多いというのが正直なところだ。
「どの子も本当に美少女だし、舞台の上で抱き合うシーンがあったら、ジラ、興奮して鼻血出しちゃうんじゃない?」
「抱き合うシーンなんてあるんですか? それって、学校でまずくないですか」
那加の言うとおりに役は募集したものの、ストーリーの中身を、俺は、まだ知らない。
「まずいかも……控えめにしないとね……でも、実は、ヴィーナス先輩に細かい脚本、頼んであるんだ……あの人、エロティックなことを美しいとしか思ってないから、相当、過激になるかも……あの人って不思議な人だよね。佐和のこと抱きしめていたんでしょ? 私も、最初に会った時、抱きしめられた。初めはびっくりしたんだけど、不思議なんだけど、なんかうっとりしちゃって、ほわんってなっちゃたよ。本当に、女神様なんじゃないかって思ったくらい。不思議な魅力があるのよね。あの先輩。普通なら「猥褻」って言われるようなせりふも、あの人の口から出ると美しくなっちゃうからね。あの人にまかせておくと、平気で裸で抱き合うシーンなんか作っちゃうよ。好きだものね。それが美しい、って本気で思ってるからね。でも、あんなに真剣に賛美されちゃうと、世の中が間違っているのかと思っちゃうくらいだよね。でも、まさか、それはできないから、最終的には私が見て、問題がないようにする予定。でも、ぎりぎりまでは過激にして、ジラの作品ということにして、その通りやってもらうから、覚悟してね。何しろ、一見、普通だけど、実は過激なエロ小説っていうのは、ジラのもっとも得意とする分野だものね……ジラの工夫で思い切り過激にしていいよ。また、ペンダント使う? 青柳さんの胸の谷間に落としたりして? どんなに過激でも、やってしまえばこっちのものよ。後で先生から怒られるのはジラの役目よ」
「怒られる役はやりますけど、あんまり過激だとヒロインが嫌でしょう」
「ま、ほどほどにね。でも、抱きしめ合ったり、キスのマネぐらいは覚悟してもらわないとね……ジラ」
「俺はいいけど、委員長は嫌でしょうね」
「もう、委員長に決まり?」
「そういうわけじゃありませんけど」
「ううん。透子さんは、嫌じゃないと思うよ。それどころか、やりたいぐらいだと思うよ。あの人、演じるの、好きだよね。これまで、型にはまって生きてきた反動かとも思うけど、違う自分を生きるのが楽しいみたい。頭もいいし、運動神経もいいから、自分の体の隅々まで行き届いたコントロールが出来るから、その役にはまりきって、実に鮮やかな演技をするのよね。しかも、それが楽しくてしょうがないって感じ。もちろん、普段からすごい美少女だけど、舞台の上に立つと、彼女、見ているこっちがくらくらするぐらい魅力的だと思わない? オーラを発揮しているよね。将来、女優になるといいよ、って、たぶん本当になるんじゃないかな。彼女、自分の資質に気づいていると思うよ。そういう意味でも、たぶん、ヒロインの役、すごくやりたいと思うよ」
「そう言えば、後台先輩も、友部さんは本気でヒロインの役をやりたがっている、って言ってました。生徒会役員として、生徒会というドラマの中心にいたいんだろうって……」
「それもあるでしょうけど。透子さんは、舞台の上で、本気で恋がしたいんだと思うよ、たぶん。彼女の演技は迫真すぎて、ジラも彼女に恋をしてしまいそう。恋をしてもいいけど、舞台の上だけにしてね。ジラには、眞知がいるんだから」
「でも、委員長が選ばれるとは限らないでしょう。他の三人だって、人気、ありますよ。那加は青柳さんのつもりだったんでしょう」
「そう、青柳さんも人気あるからね。それに、あの美少年がついているからね。面白い組み合わせだよね。ただ、矢祭さんは、たぶん、青柳さんに片思いしてるね」
「片思い? 女の子なのに?」
「女の子が女の子に恋をするのは珍しいことじゃないよ。まして、高校生ぐらいの年ごろならね。どんなドラマがあったかは知らないんだけど、中学生の時、矢祭さんが荒れていて、学校へ来なくて、青柳さんがいろいろ心配して献身的に助けてあげたらしいって噂よ。青柳さん、て、一流グループなのに、下手すると『自分が一番ブス』なんて、本気で思ってるひとじゃない? そんな青柳さんが、ものすごく矢祭さんのこと真剣に心配していたものだから、矢祭さんも『青柳さんのためだけにでも学校に行ってもいいかな』て思ったらしいよ。すごく単純に言えば、要するに、青柳さんに恋するようになったんだね」
「友情や感謝というわけではなく?」
「そう。私の憶測だけどね。ひた隠しにはしていると思うけど……恋っていっても、セックスしたいとかいう意味じゃないよ、ううん、たぶん、そういう気持ちもあると思うよ。でも、おそらく、青柳さんにはそういう気持ちがないことはよくわかっていて、そういう意味では片思いであることは、よくわかってると思う。でも、青柳さんのためには命をかけるのが自分の存在意義になっている感じね。こういう恋もあるんだなあ、って思う。……だけど、この話はここだけよ。まったくの想像だからね。ジラは青柳さんに恋してはいないの?」
「俺、俺ですか?」
「ジラ、中学生のころ、青柳さんに恋していたんじゃない?」
「そ、それは……えーと」




