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第75章 ヴィーナスがエントリーする話

生徒会劇の俺の相手役を決めるオーディション、まず酒出がエントリーしてきた。

 ちょうどドアを開けて、副会長の友部と書記の後台先輩が帰ってきた。

「取れたよ。体育館。来週の木曜の放課後。オーディションに使っていいって」

 ジュリエットの役については、オーディションをすることになっていた。といっても、複数の応募があった場合に、生徒の前でアピールする機会を提供するだけだが。

 俺は酒出が来たことを話す。

「なーるほど。そういうことなら、私は酒出さんには勝てそうにないね。単純に比べても、私が勝ってるのは成績ぐらいだものね。成績なんて、何のポイントにもならないし……私、かわいげがないし、組織票なんて何にもないし……」

 友部は、書類を取り出すと、何か書きはじめながら言う。

「ジラ、よかったじゃない。大嫌いな私じゃなくて、大好きな、みなみんが相手になりそうで……まあ、私も、よかったかも。大嫌いなジラの恋人の役なんて……あ、だめ……ちょっとトイレ、行ってくる」

 友部は、突然、立ち上がると急いで部屋を出て行った。

「ふう、やれやれ。ずいぶんトイレが近いのね。さっき来るときに寄ってきたはずなのに、おなかでも壊したかな」

 やはり、書類に何か書いていた後台夏美先輩が、独り言のように言う。そして、ペンを置くと、俺をふりむく。

「……うちの絶対美少女は、最近、少し情緒不安定ね。会長、気がついている? 会長は、どっちに票を入れるつもり? もちろん、透子よね。あんなに生徒会のためにがんばってくれてるんだもの。まさか浮気なんかしないよね」

「ちょ、先輩、何、言ってるんですか。そういう問題じゃないでしょ。委員長は、俺がお願いして、あんなセリフは言ってもらったけど、俺の恋人役なんてやりたくないと思いますよ」

「やりたくないどころか、やりたくてしょうがないみたいよ。自分が注目を集めるためじゃないよ。劇の成功を、自分の手で成し遂げたいんだよ。誰かの手でなく、自分の手でね……彼女はこの生徒会というドラマの中心にいたいの。他の人に、ジラの恋人役をゆずりたくないの。だって、会長と二人三脚のようにして、生徒会をもりあげてきたんじゃない。彼女の献身のおかげで、どんなに生徒会がうまくいってきたか。今の生徒会の評判がよく、会長が多くの人にほめてもらえるのは、もちろん会長の力は認めるけど、彼女の存在がなかったらあり得なかったと思うよ。それなのに、文化祭の全校生徒の注目の劇で、突然、オーディション? 主役は会長に最初から決めておいて、どうしてヒロインを最初から副会長の、誰もが認める美少女にしないの? オーディションにすれば、確かに、盛り上がるかとは思うけど、透子がかわいそうじゃない。透子がどんなにがんばってきたか、一番、知っているのは会長のはずでしょう。もちろん、透子が選ばれるとは思うよ。透子をよく知っている人なら、いろんな意味で、透子の真の美しさを知っているし、負けるはずがないとは、私は、思ってるけど、透子は最初から自分を選んでほしかったと思っていると思うわ。透子は、ああ見えて、すごく心配しているのよ。私としては、立候補が他にいないことを期待してたんだけど、よりによって酒出さんとはね……彼女は会長とはいろいろ縁があるわけ?」

「ええ、さっきも言った通り、ソフトボール部のマネージャーを臨時でやっていたことがあって、その時から、結構、縁があるというか……」

「あの子、この学校の有名人だものね。もちろん、あのかわいさや、ソフトボール部のエースとしても有名だけど、何より、大宮くんの彼女として有名よね」

「そうなんですか」

「だって、大宮くんというのも、この学校で一番といってもいいくらいのイケメンでしょ。イケメンと美少女が、校内でもしょっちゅう一緒にいるんだもの、絵になるねえ、って有名よ」

「はあ、彼女とは同じクラスで、わりと近くにいたものですから、そういう形で有名だとは知りませんでした」

「変な話だけど、普通は、恋人のいる女の子ってアイドルになれないよね。だけど、酒出さんは、3年の間では、けっこう人気あるのよ。何しろ、二人とも、超きれいだから、二人が仲睦まじく歩いているのを見ると、ラブロマンスの映画でも見ている気分になれるのよ。あの二人、一緒にいることは多いんだけど、妙にべたべたしてないところがさわやかだなって、私も思う。つい最近も、ほんとかどうかわからないけど、キスしているところを見たという人がいて、女の子の間でかなり盛り上がってたわ。ほんと、恋人がいて、キスして、かえって人気があるなんて、不思議な人ね。とにかく、彼女が相手では、うちの絶対美少女、透子でさえ、絶対に勝てるという自信は持てないよね。それでも、透子は、なんとか、勝ちたいと願っているに違いないわ。会長だけは、透子の気持ち、わかっていてあげてよ」

 友部の気持ち? 俺と一緒に生徒会のドラマの中にいたい? そこまで生徒会に熱心だったか? 

 あらためて思い返してみて、俺は、はっとした。確かに、最近の友部は、誰よりも生徒会活動に熱心だった。俺が(那加の命令で)無理やり頼みこんで仕方なく始めた副会長だったし、いつも二言目には俺が嫌いだ、と文句ばかり言っていたが、実際には、マラソン大会にしろ、大大地フェスにしろ、確かに生き生きと率先して仕事をこなしていた。那加の命令で、いろいろな企画が立ち上がり、能力の高い彼女に自然に仕事が集まって、ずいぶん地味な仕事も頼んだが、文句を言うのは表面だけで、むしろ積極的にすべて引き受けて、きちんと正確にこなしてくれた。そんなことを思い出していると、俺は、突然、背筋がぞっとする感じがした。確かに、友部は、生徒会に入ってから、前よりもずっと楽しそうにしている。これこそ、那加が友部を生徒会に誘った理由だということに、俺は、その時、初めて気がついた。いや、正確には、漠然と感じていたことが、初めて焦点があったような感じで、確信に変わったというべきかもしれない。

 友部は、いつだったか、俺が嫌いな理由を言っていた。俺を見ていると、自分を見ているようで嫌だと……まわりに流されて、そのことを自分で知っているくせに、何もしないでへらへら笑っていると……初めてそれを聞いたときは、この絶対美少女が俺と同じだなんて、変なことを言うな、としか思わなかったが、改めて考えると、実はその通りだったのかもしれない。たぶん、去年までの友部は、心に鬱々としたものを抱えながら、みんなの前では、飛び切りの笑顔を見せるという、二重生活を送っていた。水都一高に行ってもトップクラスになれるであろう頭脳を持ちながら、地元の「なんちゃって進学高」で、俺みたいな三流人間と一緒の学校生活を送らなくちゃいけないというのも不満だったろうし、どんな部活でだって活躍できるほどの運動神経を持ちながら、経済的な理由だけで参加できないのもつらかったろう。しかも、そんな不満を持ってはいけない、という気持ちもきっとあったのだ。そして、自分なんてちょっと頭がよくて、ちょっと足が速くても、ただそれだけの人間だ、いい未来なんて決してこない、と投げやりな気持ちで、適当に毎日を送っていたのだ、おそらく。それは、能力の差こそ天と地ほどの違いがあっても、まさしく、あの頃の俺と同じだった。やれば出来ることを、最初からあきらめて、適当に楽に暮らそうとしていた。そんな俺が嫌いで、つらく当たっていたのは、俺が友部自身の鏡だったからなのだ。

 たぶん、那加はそれを見抜いていた。あのデートをかけた俺の挑戦は、実は、友部のためのものだったのだ、おそらく。そして、生徒会も。

 那加は、まず、勉強で友部の最大の能力を引き出そうとした。そして、それはかなり成功した。、那加は、さらに、それ以外でも、友部が能力を発揮できる場所を提供したかったのだ。部活でもよかったのだろうが、そもそも経済的な理由で参加が出来ないのだから、無理な話だ。しかし、無料で参加できて、しかも、彼女が力を存分に発揮できる場所がたった一つだけあった。生徒会だ。生徒会なら、活動にかなりの自由性がある。うまく設計さえすれば、友部の活躍できる場はいくらだって作れる。那加のねらいはまさしくそこだった。そして、それは見事にうまくはまって、友部は、今は、生徒会活動に生きがいを感じている。もちろん、那加のたぐいまれな戦略あってのことではあるが……それにしても、間違いなく、那加は、友部の人生を未来に向かって切り開いている。まったく見事に!

 さすがは、ご主人様! 俺は無意識のうちに、思わず小さく拍手していることに気づいて、辺りを見回した。幸い、後台先輩には気づかれなかったようだ。こんなことを那加に話しても、那加は絶対に認めないだろうなと思う。「え? 適当に面白そうだから、そうしただけよ」とか、言うんだろうな。話すのはやめておこう。

 ノックの音。

「はいどうぞ」という間もなく、入ってきたのは、額田河合だ。文芸部の二年生。すっかりいつもの姿に戻って、わざとか、と思わせるほど、髪をぼさぼさにしている。産毛もちゃんとまた生やしている。

 いつものブス額田に戻っているのだが、一度、あのポニーテールの美少女額田を見てしまったせいだろうか、前と違ってかわいく見えてしまう。なるほど、那加や小尾先輩は、額田のこのかわいさをちゃんと初めから見抜いていたというわけですか。

「ジラ、こんにちは」

 ひとことそういうと、あとは無言で辺りを見回している。

 後ろからは、小尾先輩が入ってきた。にこやかに微笑む。まるで、光が差すような、女神さまのほほえみだ。

「こんにちは。夏美、そしてジラ。ここでは生徒会長と呼ぶべきなのかしら」

「美香、どうしたの?」

 後台先輩は小尾先輩の同級生だ。

 額田が代わって答える。

「挑戦状を持ってきたんすけど、いないの? 凍れる炎の天使はどこ?」

「はあ? 挑戦状?」

 と、思わず口に出す。額田は、とにかく派手な物言いが好きだ。

 ちょうどドアが開いて、友部が帰ってきた。それを見つけると、額田は友部の前に立ちふさがる。と、言っても、額田は、小学生なみの身長なので、見上げる形になる。

 何も言わずに、じっと見つめている。友部も、びっくりして、無言で額田を見おろしている。

「ああん、溶けちゃう」と、額田がいきなりへたりこむので、友部は、さらにびっくりして一歩下がった。額田は、深いため息。

「はぁー……さすがです。凍れる炎の天使様。知ってはいたけど、間近で見るとなんて美しい、なんて……。完璧です。ああ、どうしたらいいのでしょう。私の体は燃えながら凍ってしまいました。体が熱いのに鳥肌が立って」

「待って、何を言っているの? よくわからないんだけど」

 額田は、ひざをついたまま深々と頭を下げた。

「わっしは額田河合、ヴィーナス様に仕える、しがないゴブリンでございます。今日は、ヴィーナス様からの挑戦状をお届けにあがった次第です。天使様」

「挑戦状?」

「ジュリエット役のオーディションにヴィーナス様が挑戦なさいます」

「え?」

 と思わず、俺は、小尾先輩の顔を見た。

「小尾先輩、オーディションに挑戦するんですか?」


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