第74章 文化祭劇のオーディションが発表になる話
那加は次の文化祭で生徒会主催の劇「ロメジュリ・ハッピーエンドバージョン」を上演すると言い出します。主役は俺でヒロインは公募するというのです。
オーディションのことが発表になると、校内は、その話題でもちきりになった。発表したのは、友部生徒会副会長だった。
たまたま、陸上部の全国大会出場を全校で送り出す壮行会があって、全校生徒が体育館に集合していた。壮行会が終了したあと、最後に、友部が壇上に立ってマイクを握った。体育館はちょっとした騒ぎになった。友部が演劇部に借りた純白のドレスを着て現れたからだ。髪もいつもと違って後ろに緩く束ねている。華やかな衣装をまとった友部は、いつもに増して美しく、会場は騒然となった。舞台裏を知っている俺でさえ、壇上でスポットライトを浴びた彼女の美しさに、息を飲んだくらいだ
「みなさん、元気ですか-? こんにちはー。生徒会副会長の友部透子です。生徒会からの大事な大事な発表があるので、よーく聞いてください」
騒然としていた会場が、嘘のように静まり返る。
「来る六月の文化祭、大大大地祭には、生徒会主催で演劇を上演する予定です。演目は『ロメジュリ・ハッピーエンドバージョン』です。ロメオとジュリエットの大恋愛ラブロマンスです。主役、ロメオは、鯨岡生徒会長が自分から務めてくれまーす。それ以外の役は、すべて生徒の皆さんから公募します。我と思う人は、ぜひ立候補してください。特に、女の子たちーー、聞いてますか。鯨岡会長ロメオの相手役、ヒロインのジュリエット役を公募しますので、ぜひ、挑戦してくださーい。みんなの大好きな大大地高のアイドル、ジラこと鯨岡生徒会長と、舞台の上とはいえ、抱きしめ合って、大恋愛ができる夢のような役ですよー」
那加の指示とはいえ、こんなセリフを紙に書いて渡した俺を、友部がどう思ったかと想像すると、思わず顔が赤くなる。
もっとも、友部は、わりとこういう演出が好きだ。今も、舞台の上で生き生きしている。女優向きだなと思う。
それでも、次のセリフは『ほんとにこれ言うの?』と聞かれた。もちろん、全部、那加の指示なのだが、実は、俺も、那加に紙を渡された時、同じことを聞いた。
那加が言うには「透子さんの好きにしていいよって言って。でも、ジラの恋人役をやりたくないなら、このぐらい言って、みんなに嫌われておくといいかも、って言ってみて。ついでに、ただし、かえって人気が出ちゃうおそれもあるから、よく考えて、自分で決めてねって」。
舞台の上で、友部が続きをしゃべっている。
「もちろん、この私、友部透子副会長も応募して、ヒロイン役をねらいます。一応、念のためにいっておきますが、裏工作とかそういうことは、一切ありません。審査は、全生徒の投票で完全に公平に行います。私が立候補しても、生徒会だからとかいって、有利になることは、一切、ありません。あくまでも、実力勝負のガチンコバトルです。とはいっても、この私は、皆様もご存じの通り、大大地高始まって以来の天才、この非の打ち所のない完璧な美貌、全国レベルのスーパーアスリートと、このどこから見てもすきのない、超絶絶対美少女……この私に勝つのは簡単じゃないわよ。それでも、この友部透子に勝ってやる、私の方がジュリエットにふさわしいと自信のある女子、是非是非、たくさん応募してください。挑戦を待ってまーす」
そう言ったかと思うと、なんと友部は、そのすてきなドレスのまま、きれいに両手をついて宙返りした。
一瞬スカートがめくれそうになったが、きれいに隠れた(もちろん、まくれたとしても、下にはジャージをはいていたのだが)。そして、着地して両手を広げると、会場は割れんばかりの拍手に包まれた。一礼して、舞台裏に引っ込んでくると、まるで挑戦するみたいに俺と顔を突き合わせた。美しい顔が少し上気して、ますます魅力的だ。
「どう? ジラの言うとおり言ってやったわよ」
そして、手を差し出すので、思わず、俺も、手を差し出してハイタッチする。
拍手が鳴りやまないので、まだ息を切らしたまま、友部は舞台そでから、もう一度、舞台の隅に出て、スカートを両手でつまんで貴婦人風に頭を下げる。もう一度、すごい拍手の嵐だ。友部の人気はすごい。
「あははは」
戻ってきても、友部はまだ息を切らしている。両手を膝について肩で息をしている。
「言っちゃったよ。まだ、心臓が、バクバク言ってる。恥ずかしかったけど、ちょっと快感。こういう女王様キャラって、私、向いてるかもよ。うちの母親や滝さんが聞いたら、きっと、ひっくり返っちゃうけど……」
「どうも、お疲れ様。なんか、無理させたみたいで、すみません」
「いいって……これで、反感を買って、応募者を増やそうって作戦なんでしょ? なるほどなって思うよ。そうすれば、間違いなく、盛り上がるものね。さすがは、ジラだって思うよ。でもね……」
友部は、両手をひざにあてた姿勢のまま、顔を上げて俺の方を見た。挑戦的な眼をした友部の美しさはまた格別だ、といつも思う。
「大嫌いなジラの恋人役なんてやりたくないけど、やるからには、負けないわよ。覚悟しておいて。みなみんだって、誰が来たって負けないから……」
次の日から、校内は文化祭劇の話題で盛り上がった。校内には何か所もポスターが貼り出され、募集する役の一覧がずらっと書かれていた。どの役に誰が応募するか、そして、特にジュリエット役に誰が応募するのか、みんながいろいろ噂しているのだった。確かに、あの舞台での友部の挑戦的なセリフは、みんなの心に強烈な印象として残っていて、この盛り上がりに一役買っていた。友部に挑戦しようとするものが本当にいるのか、酒出や小尾先輩を含めた校内の美少女達がどうするのか、みんなの関心を集めていた。
酒出と、その彼氏の大宮先輩が生徒会室に来た時、俺はたまたま一人だった。
「ああ、よかった。ジラがいた」
と酒出が言う。毎日、同じ教室で顔を合わせているはずだが、改めて見ると、少し背も伸びて、胸も大きくなったかもしれない。少し大人びて女性らしくなった感じがする。あいかわらず、花のようにかわいい笑顔だ。
「ジラ、私ね。透子さんに挑戦しようと思うの。透子さんにね、盛り上がるから挑戦してみてよ、って言われたの。ジラは、私が挑戦した方がうれしい?」
「あ、ええ、もちろん! うれしいです」
「透子さんに勝てるわけないんだけど、でも、引き立て役も必要なのかな、と思って……それに、大宮先輩にも勧められて」
と少し顔を赤らめる。二人の仲は順調みたいだ。
「私の方がきれいだって言うんですもの」
これって、のろけって言うやつだよな、と俺は思う。だけど、実は、俺はのろけを聞くのは嫌いじゃない。大宮先輩の眼には酒出が一番に写っていて、それを酒出が喜んでいる姿はとてもすてきだ。気のせいかな、二人の雰囲気が、前よりずっと親密になっている気がする。
「大宮先輩が、全力で応援して勝たしてくれるって言うんだ。大宮先輩は、三年生に友だちも多いし、テニス部とソフトボール部のみんなも応援してくれるって言うし、というわけで、私と透子さんを、素で、単純に比べたら、全然、かなうわけないんだけど、なんというか、組織票というやつをフルに活用すれば、もしかして、勝つこともありうるのかなあ、なんて思って……で、万が一かもしれないけど、私が勝っちゃってもいいのかということを、ジラに聞いておこうと思って来たの。透子さんが勝つシナリオなんでしょう? それとも、私みたいな、ぱっとしない人が組織票で勝っちゃっても平気なの? それとも、ただの盛り上げ役に徹してほしいんなら、大宮先輩にも話して、そうするよ」
俺は、大宮先輩と酒出の顔を交互に見た。なるほど、大宮先輩は三年の間では重要人物らしいから、その組織力を持ってすれば、三年の票は集めそうだ。部活関係者は結束が強いから、きちんと根回しが出来れば、酒出にも勝ち目はある。もともと、美しさも運動神経も友部にひけはとらない。ちょっと近寄りがたい感じのする友部より、人気という面では上かもしれない。
「えーと、もちろん、応募してくれればうれしいよ。そんなシナリオなんてないし……でも、演劇の練習あるけど、部活は大丈夫なの?」
酒出は、ぱっと顔を輝かす。大宮先輩と顔を見合わせて、両手でガッツポーズを作る。こんなに喜ぶとは思っていなかった。やっぱり二人の親密度は増しているなと思う。前に、一緒にいるのを何度も見たが、どこか遠慮というか、少し固さがあった気がする。那加の作戦は、俺というライバルを登場させることによって、酒出の価値を大宮先輩にきちんと認識させることだった、と俺は推測している。だとすれば、作戦はうまくいっているようだ。
「それは大丈夫。部活のみんなにも相談して、出るなら応援してくれるって言ってるし、私、両立できるようにがんばるよ。舞台の上で、ジラの恋人になってみせる」
え、大宮先輩の前でそんなこと言ってしまっていいの? と、大宮先輩の顔をうかがうが、にこにこして酒出を見ている。うーん、余裕ですね。
「ありがとう、ジラ」
帰りがけに酒出は、いかにも仲がよさそうに大宮先輩の腕をとった。
「先輩もひとこと何か言ってよ」
大宮先輩は酒出の頭に手をのばすと、片手で頭を抱えて引き寄せた。
「南が一番になったら、ロミオの役を俺にくれると言うのはどうだい?」
「いや、申しわけないけど、それは無理です」
「主役だけ最初にとってしまうというのは、ずるいと思うんだけど」
「ずるいと言われれば、その通りです。会長の特権というわけで……」
俺は少し小さくなって答える。すべては那加のプランなので、俺には変更はできない。
「ははは、冗談だよ。そんなこと……」
先輩は、今度は酒出の腰に手をまわすと、抱きよせて顔をのぞきこんだ。俺は、一瞬、キスをするのかと思った。いけませんね。そんなに体を密着させては、他の人の目に毒ですよ。
「残念ながら南も望んでくれないよな」
「夢の世界の出来事なんだから、許してください」
「現実には、俺の恋人なんだから、それで十分。それに……」
酒出を先にして、部屋を出ながら、ドアノブに手をかけて、先輩は、俺をふりむく。
「公募で争っても、俺では、鯨岡会長に、とてもかなうわけないしな」
俺は部屋に一人取り残された。
そうか、組織票という意味では、確かに、酒出の方が有利かもしれない。部活のつながりって強いからな。運動部全員が酒出に入れたら、友部も勝てないだろう。友部はそういうコネはあまりないから不利か……と言っても、そもそも、友部は、どれぐらいヒロインになることを望んでいるのかな、などと考えていた。




