第72章 矢祭麻耶が真相を暴く話2
新学期早々、矢祭が俺のところに来て、眞知は実は那加のマスクを取った姿だという。その証拠に、二人とも人差し指にほくろがあるというのだが
「声がそっくりなことは、双子だからということで説明がつくかもしれないけど、いくら双子だって、人差し指なんて珍しいところに、同じほくろがあるわけないでしょう。違いますか?」
美少年少女は 鼻がくっつきそうなくらい、俺の顔に顔を近づけて言った。鼻息が俺にかかる。こんな美少女と、キスが出来そうなくらい顔を近づけるのは、ちょっとどきどきものだが、俺は、頭が混乱して、それどころではなかった。
「会長はだまされているのよ。あなたと手をつないでいたのは、中井那加よ」
「いや、ばかな……そんなことは……」
「それとも、会長」と、矢祭は、俺の言葉をさえぎる。
「会長は、中井さんとその美少女が、本当に双子だという、何か決定的な証拠を持っているんですか? たとえば、二人が一緒にいるところを見たとか?」
「いや、それは……」
あらためて考えてみると、確かに、那加と眞知とを同時に見たことはない。しかし、これまで、そもそも、眞知との接触がとても少なかったのだから、ある意味、当然だ。
「そういう意味では、決定的な証拠というのはないですけど、眞知さん、というか、公園で一緒にいた中井さんの妹の方は、水都の高校に通っているんです。ちゃんと、いろいろ、話もしましたし、間違いなく、那加とは別人の、双子の妹ですよ」
あれだけ、これまでの生い立ちを聞いたのだ。あれが那加だったら、全部、作り話ということになる。そんなことはありえない。だが、じかに接触していない矢祭に、そんな細かいことを伝えるのは難しいかもしれない。
矢祭は、背を伸ばすと、ひとさし指を唇にあてて、考えるしぐさをする。まるで悪だくみをしている、いたずらっ子のようだ。とにかく、表情豊かな人ではある。
「会長は、騙されているのよ。だって、中井那加さん、て、何となく不思議な人よね。そもそも、マスクを絶対にはずさないし……あの人なら、会長をだますような完璧な演技ができても、何の不思議もないわ」
「そんな、まさか、そんなことはありえないです。だって、何のために俺をだます必要があるんです?」
確かに、那加ほどの天才ならば、やろうと思えば、俺をだますような演技ができるかもしれない。だが、いくら俺が間抜けでも、あれだけ一緒にいて、眞知と那加の区別がつかないはずがない。那加が、眞知という妹がいるふりをして、その眞知に扮して、これまで俺をだまし続けてきたなんてことは、どう考えても、ありえない。
ただ、証拠を示せと言われても、確かにできないし、ほくろの話も、本当なら、不思議と言えば不思議だ。まさか、ほくろの話のほうが、俺に白状させようとするための嘘? なんてことはないだろうな。何かの見間違いとか?
「おいらに、理由なんてわかるわけないだろ。だけど、あの日、公園にいたのは間違いなく那加だよ」
「いや、違います。絶対に違いますよ」
「これだけ言ってもわからないなんて、ジラも、相変わらず頑固ね。中学のころと、全然、変わってないのね。生徒会長なんてやって、少しは進歩したかと思っていたんだけど……まあ、いいよ。また、あとで」
来た時と同じように、唐突に帰ってしまった。こういう、唐突な行動は、昔から矢祭のやり方だ。
やがてホームルームが始まっても、今の会話が頭を離れない。それにしても、変な話だ。那加と眞知が同一人物だなんて。昔から矢祭は突拍子もないことを言うやつだったが、それにしても……まてよ、違うか……眞知を見て、念入りにほくろまで探したのは、彼女の友だちだと言っていた。矢祭は、去年まで別のクラスだったし、那加のことをそんなに知っているはずがない。とすると、公園で俺たちを見たというのは誰なのだろう。
それにしても、指のほくろが一緒だというのは本当なのだろうか。俺は、そこまで観察が鋭くないので、まったく気がつかなかった。二人とも偶然に同じほくろがあるとか? とにかく、このことを明日の朝は那加に報告して、一応、ほくろも見せてもらおう……と思っていた俺だったが、それは実現しなかった。その前に、その日の放課後、矢祭が、またやってきたのだ。俺が生徒会室で仕事をしていると、ドアが開いて、矢祭が顔を出した。俺を見つけると手招きする。
「ちょっと、今朝の続きを話したいんだけど、忙しくなかったら、つきあって」
俺は、矢祭についていく。廊下を歩いて行くと、3階の隅の多目的室西という小教室に入った。
「ここよ」
矢祭に続いて入ると、何と、那加が立っている。
「今朝の話ね。あのあと、中井さんに確かめたんだ」
教室に入るといきなり振り向いて言う。
「ほくろの話も含めて、本当のことを教えてって頼んでみた。そしたら、あっさり認めてくれたよ。やっぱり、そうだってさ。ジラの言う眞知さんて、本当は那加さんだって、自分で認めてくれたよ」
な、なんだって! そんなばかな!
「おいらが言っても信じられないだろうから、中井さん本人にも来てもらったんだ。本人に確かめてみてよ」
唖然とする俺に向かって、
「ごめんなさい! 鯨岡君」
と、那加は深々と頭を下げる。
「今までの話って、全部、作り話なの。実は、私には、妹なんて初めからいなかったのよ。鯨岡君と会っていた眞知は、本当は、全部、私なの。まったく別の人物みたいに、喋り方や、しぐさも変えていたので、わからないと思っていたんだけど……でも、本当に分らなかったみたいよね。ばれなければ、ずっとこのままでといいかな、と思っていたんだけど、まさか、こんなことになろうとは思わなくて。本当に、ごめんなさい」
「え、だって……そんな」
おれはあまりにうろたえて、言葉も出なかった。
「ほら、ずっと、同じ文芸部で、一緒に活動してきたじゃないですか。いまさら、このマスクとメガネを外した姿を見られるのが恥ずかしくて、でも、デートというわけじゃないけど、一緒に出かけるのに、素顔で会いたくて、妹ということにしたんです。ほんと、ごめんなさい」
那加はもう一度、頭を下げる。俺は、頭がパニックになって言葉が出なかった。
那加が、右手を差し出す。
「どうぞ、よかったら、手に取って見てください。右手の人差指にほくろがありますよね。あの時の眞知にも同じほくろがあったはずです。どうぞ、見てください」




