第71章 矢祭麻耶が真相を暴く話
眞知と2回目のデートをして二人の秘密を聞いた俺。春休みを終えて2年生になります。
新学期が始まった。
始業式の日、俺は少しドキドキしながら、那加の秘密の書斎への階段を上った。
春休み中は那加に会えなかったので、俺の奴隷生活もいったんお休みだった。眞知と2回目のデートをして、那加と眞知がこの田舎町に来たいきさつを聞いてから、俺は、何か俺にできる事はないかと考えていたが、結局、何も思いつかないまま、今日になってしまった。
俺が、これまでの出来事を、眞知から根掘り葉掘り聞いたことは、眞知から聞いているに違いない。ご主人様のことは詮索するな、と日頃から言われていたので、もしかするとお叱りを受けるかもしれないなとも思っていた。
しかし、那加は、いつものそっけない調子でこう言っただけだった。
「ジラ、あなた、私のために何かできる事はないかって聞いたんだって?」
「はい、まあ、あの、僭越かとは思ったんですけど……」
「ありがとね。気持ちはうれしいよ。でもね、ジラにできる事で、私のしてほしいことはすべて命令してるから、あなたは、ただ、私の忠実な奴隷であってくれれば十分よ」
「はい、わかりました。でも、ご主人様、命令を出す時は、ご主人様自身の幸せのことも考えて、ご主人様自身のためになることも命令してくださいね。ほんとに、俺、何でもやりますから」
「わかってるよ。私は、最初から自分の幸せしか考えてないよ。ジラ、あなたは十分に、私自身の幸せのために貢献してるよ。私、あなたに会えたことを感謝しているぐらいよ」
「え? ほんとですか」
「奴隷にお世辞なんか言わないよ」
「ありがとうございます。俺も、ご主人様に出会えたことを、本当に感謝しています」
「眞知とうまく行きそうなんだものね。感謝してもしきれないくらいじゃない」
「はい、ありがとうございます」
「眞知とうまくいく」、とまでは期待していないが、と、俺は心の中で言った。うまく言えないが、俺は、那加との出会いが、俺に、生きるとはどういうことかというのを少し教えてくれたような気がしていた。
その日は、それ以上の話はなく、俺は新2年生の新しいクラスへ向かった
クラスは少しの入れ替えを除くとほとんど変わらない。課外必修クラスという特別クラスだからだ。しかし、その数少ない入れ替え組の一人が、新学期早々、俺のところにやってきた。始業式の集会が終わってみんなが教室でガヤガヤしている時だった。
「やあ。鯨岡生徒会長。しばらく会わないうちに、えらくなっちまったみたいだね。おいらを憶えてるかい。今度、このクラスに入った矢祭麻耶というものだよ。ジラって呼ばれるのが好きなんだって? そう呼ばれたい?」
「あ、はい……あ、いえ、どちらでも」
そうか、矢祭は、今度、同級生になったんだ、と思う。しばらく前、選挙運動で校門に立っていた時、青柳の隣にいて、しばらくぶりに会った。俺や青柳とは中学の同級生で、青柳の親友だ。中学の時もよく青柳と一緒にいて、何度か口をきいたこともある。中学のころは、がさつで、乱暴で、男の子みたいな子だった。今も口の利き方はあまり変わっていないが、外見は見違えるほどに美しくなっている。ただし、男の子だったら文句なしの美少年という感じのちょっと男性的な美しさだ。体型もスリムで、スカートからすらっと出ている足も長い、男性的な体つきだ。改めて見ると、胸も少しふくらんで、女性的になって来ている印象はあるが。
「いきなりで申し訳ないんだけど、ジラ会長、単刀直入に聞くよ。会長の恋人は、中井那加らしいって噂だけど、それは本当ですか」
「は? どういうことですか」
「頼むから、正直に答えてくれよ。先日、大地史跡公園で、生徒会長がデートしていたというのを目撃した人がいるんだけど、相手は中井那加さんですよね」
「ちょ、ちょっと待って、どうしていきなりそんなことを聞くんです?」
「おいらにとって、すごーく大事なことだからさ。でも、ま、ただのゴシップ好きと思ってもらっていいよ。ずばり、教えてはもらえませんか? 誰にも言わないでほしければ、そうするからさ、おいらだけに教えてよ。もし、教えてくれないなら、目撃した人がいるんで、どっちにしても、おいらが、うわさを広げてしまうよ……」
「いや、あの」
俺はどうしていいかわからず慌てる。俺と眞知が一緒にいるのを目撃されたらしい。あんなに混んでいる史跡公園に行ったのはまずかったかもしれない。とはいえ、どこに行っても、誰かに見られるのは大いにありうることだし、別に悪いことをしていたわけじゃない。隠すほどのこともない。それにしても、この美少年女子はなんだって、いきなりそんなことを聞いてくるんだ?
「デートというか、友達と歩いてはいましたよ」
「ただの友達が、手をつないで歩くんですか?」
「混んでいたから、はぐれないようにしたんです」
「なるほど。ただの友達と言い張る……すごい美少女だったって話ですね。みんな振り向いていたそうですよ」
みんなが振り向いていたというのは気が付かなかったが、すごい美少女であることは間違いない。
「あのひとって、中井那加さんですよね。同じクラスの」
「違います」
「とぼけてもだめだよ。ジラとおいらの仲じゃないか。正直に、教えてくださいよ」
矢祭との仲? 中学時代、俺は、女子の中で、わりと青柳とだけは仲がよかった。青柳だけが相手にしてくれたというべきかもしれないが……。矢祭は青柳の親友(?)で、青柳をはさんで、少しは話したことのある仲ではあった。
「中井さん、て、いつもマスクとめがねで顔を隠しているよね。だから、同一人物だとはわからないと思ってるのかもしれないけど、だけど、だけど、声は隠せませんものね。レストランで話しているのを聞いた人がいるんだ。声が聞こえたので、中井さんかなと思って振り返ったら、すごい美少女でびっくりしたって……でも、声は、絶対、中井さんに間違いないって……」
確かに、そう思うのは無理もない。俺も、電話で初めて眞知と話した時、那加かと思ったぐらいだ。説明するしかないようだ。
「違うんですよ。あれは、中井さんの双子の妹さんなんです。声がそっくりだから、俺でも間違えるくらいです。でも、同じ中井さんでも、那加さんじゃないんです。那加さんに紹介されて、俺の文芸部の作品の挿絵を描いてもらうことになって、打ち合わせのために会っていたんです。まあ、せっかくだからということで、さくらも見に行きましたけど」
まあ、矢祭に、それほど正直に言う理由もないだろうと思う。それに、俺の気持ちはともかく、まだ友達以上のものでないことは確かだし、挿絵のことも事実だ。
矢祭は、そのきれいな瞳を見開いて俺を見つめている。
「会長、それ、本気で言ってる?」
「本気ってどういうことですか?」
「本当に中井さんの妹だって信じてますか?」
「だって、本当ですよ」
まだじっと俺を見つめている。これだけきれいな子に見詰められると、心まで見通されそうで怖い気がする。とはいえ、別に嘘をついているわけじゃない。
「本当に本当ですか」
「はい」
矢祭は、一呼吸おいて、俺の前に顔を近づけると、いっそう鋭い視線を俺に向けた。
「会長、そう信じてるんだとしたら、あなたは、中井さんに騙されていますよ亅
矢祭は身を乗り出す。
「証拠があるんです。よく聞いて。二人を見かけた私の友達は、声を聞いただけで、その美少女は中井さんに違いないと思ったんだけど、とっても慎重だから、声だけじゃ絶対とは言えないと思ったのね。だから、何か目印になる証拠を探しておこうと思ったのね。そして、さりげなくその美少女を観察して、右手の人差指にほくろがあるのを見つけて、それを覚えておくことにしたわけ。そして、新学期になって、今朝、学校へ来た中井さんをそっと観察しました。そしたら、どうなったでしょう?」
矢祭は言葉を止めた。俺は胸がどきどきしてきた。矢祭は、少し唇の端を上げると、そのきれいな瞳をきらりと光らせる。
「あったんです、会長。やっぱりほくろがあったのよ。右手の人差し指の、まったく同じところに」
「え?」
俺は一瞬息をのむ。そんなばかな!




