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第70章 眞知と那加の秘密2

眞知は俺に二人のこれまでについて話してくれた。

「タイガー電機の大火災って大きなニュースになりましたよね。覚えてます? あの時です。たまたま、そこに行っていて巻き込まれたんです」

「なくなられたんですか」

「はい。言いようのないショックで……私たち……何と言ったらいいのか……茫然としていました。私たち、みんな、お父さんが……父が大好きでした。それが、中学2年の時で……そのあと、どう暮らしていたかさえ、わからないくらい茫然としていたんですけど……そして、しばらくして、父の一周忌が過ぎるころ、母が再婚する話がでてきました」

「再婚ですか?」

 ずいぶん早い再婚だと思うのは俺だけだろうか。

「私たち、びっくりしました。『父が死んで、まだ、一年なのに、どうして?』って思いました。実は、再婚相手というのは、和泉さんという人なんですけど、私たちのよく知っている人なんです。よく、家にも遊びに来たりして、那加と私におみやげをくれたりしていて、私たちも、ある意味ではなついていました。父が死んだ時もすぐ飛んできてくれて、途方にくれる私たちをとてもよく助けてくれました。父はそれなりの偉い人だったので、葬式もとても盛大で、会社の人や親戚の人も集まっていろいろしてくれたんですが、そんな中でも何くれとなく私たちの世話を焼いてくれて、とても能力のある人で、やさしい人です。葬式が終わった後も、何度も家に来て母の相談に乗ってくれていたようです。この方は、父と母と学生時代からの友達なんだそうです。再婚の話が出てから初めて知ったのですが、実は、昔、父の親友であると同時に、母を奪い合った恋敵でもあったらしいです。二人とも母が好きで、結婚したいと思っていて、それで、どちらが選ばれても友情は変わらないという約束をして、二人で同時に母にプロポーズしたんだそうです。母は『焦っちゃった』と言ってました。どちらもいい人で、結婚してもいいなあと思っていて、もしどちらかがプロポーズしてくれたらその人に決めようと思っていたんですって。それが同時にプロポーズされて本当に困ったって言ってました。運命なんて不思議ですよね。で、さんざん考えて父を選んだそうです。『選んだ決め手はなんだったの?』って聞いたら『直観ね』と言ってました。でも、和泉さんの方がハンサムだったので、ハンサムじゃない方にしようかなって思ったとも言ってました。冗談でしょうけど……ハンサムな和泉さんは、もてるからすてきな女の人が見つかるだろうと思ったって」

 ふいに風がざわっと吹いて、花びらを眞知の上にふりそそいだので、眞知は空を振り仰いだ。ハンカチを取り出すと目をぬぐった。

「実際、和泉さんは、母と結婚できなくて、失意のうちに、別の女の人と結婚したらしいんです。でも、結局、子どももいないまま、何年かで離婚して、独身でした。さっきも言ったように、父が死んだときも、一番に駆けつけて、親類以上にいろいろ奔走してくれて、私たちを、助けてくれました。その時もそのあとも、物理的にも精神的にも、母を支えてくれたことは間違いないです。亡くなって一年が過ぎたころ、母親が、結婚を申し込まれていて、受けてもいいかなと思っている、と私たちに打ち明けました。『冷たい母親と思うかもしれないけど、この先、誰かと再婚することがあったら、和泉さん以外には考えられない。昔、私がお父さんを選んだあとも、わだかまりもなく、ずっと仲良くしてくれて、この一年も本当に助けてもらって感謝している。私と、そしてあなたたちを愛しているといってくれているの。いろいろ考えたけど、もしあなたたちがよければ、受け入れたいと思っているの』と言うのです。そしてこう付け加えました。『だけど、那加と眞知が反対するなら断る。だから、一度、和泉さんにきちんと会って、話を聞いて欲しい』と言われました」

 また、花びらが散って、ふりそそぐ。少し風が出てきたようだ。風に髪をなびかせる眞知は、妖精のように美しかった。眞知が語る物語の暗さと、まったく不釣り合いに……。

「私たちは、正直に言うと、気が進みませんでしたが、話を聞くことにしました。和泉さんというのは、若いころからハンサムでスポーツマン、身だしなみに気を使って、いつも颯爽としている人でした。会社の最前線でバリバリやっている、仕事もできる人だと聞いたことがあります。ひとことで言ってかっこいい人です。こんなこと言うと変かも知れませんが、正直、同時にプロポーズされたら、女の人の十人に九人は、父ではなく、和泉さんを選ぶだろうと思います。もちろん、父も若くして経営者に昇り詰めるぐらいですから、非常に能力の高い人で、表面上の魅力は和泉さんほどではないにしても、人間としての魅力は決して負けていないとは思いますけど」

「変なこと聞いてもいいですか? もし、眞知さんがお母さんの立場だったら、お父さんを選びましたか?」

「私たちは、父が大好きでしたから、公平な判断はできません。若いころだけでなくその後の父も知っているわけですし……でも父も十分に魅力的だったと思いますよ。私たちだったら父を選ぶし、母も同じ気持ちだったんだろうなとは思います。和泉さんは、私たちに、『結婚を許してほしい』と言いました。『私が、こんなに結婚を急ぐのは、実は、君たちの父親になりたいからなんだ。僕にとって大切な二人の間にできた子どもは、僕にとっても宝物なんだ。君たちを、小さいころからずっと知っていて、君たちと話すのが大好きだった。二人を自分の子どものように愛してきた。残念ながら、僕には子供ができなかったし、この年では子供を望むのはもう無理だろう。だから、君たちの親になりたいんだ。もちろん本当の子どもじゃないし、愛情を押し付けるつもりはない。でも、もしよかったら、君らの父親にならせてくれないか。迷惑はかけないよ。許される範囲で、君らに僕の愛情を注がせてくれないか。君らが高校生でいる三年間だけでいいから、一緒に暮らさせてほしい。君らが大学に行く歳になったら、世の中の父親と同じように、たまに帰省した時に会って、さらに、成人したら、仲のいい親子として一緒にお酒を飲めたら、って、そう思っている。もし、お父さんのいた場所に入ってきてほしくないというなら、当面は、一緒に住むのは待ってもいい。ただ、少しずつでいいから、君らの父親としてふるまうチャンスをもらえたらと思っている』と……そう言うのです」

 ふう、と眞知は軽くため息をつく。つらい話を、無理にさせているのは申しわけない気がする。でも、俺はどうしても聞きたかった。

「結局、許すことにしたんですね」

「那加と私はずいぶん長いこと話し合いました。『結局、たぶん、いろいろ大人の事情っていうのがあるんだよね』と那加が言いました。あまり表には出てこなかったけれど、お金の問題って大きかったと思います。父は会社の経営者といっても、雇われ経営者というんですか? だったみたいで、かわりの人がすぐに跡を継ぎました。そもそも大きな会社で、父が死んだら倒産するとかそういう話ではないみたいでしたけど、それでも、いろいろ複雑な事情があったみたいで、母親もたいへんだったようです。私たち自身の家の家計自体も、父の死で無収入になってしまった上に、ローンもあって――洋風の造りのけっこう立派なうちに住んでましたから――母親としては途方にくれる部分もあったと思います。那加が言うには『お父さんの会社のことでは、ずいぶんお世話になったようだし、お母さんも専業主婦で平和に暮らしてきちゃったから、和泉さんの助けがなくちゃ、これから先も苦労の連続だよね。昔、どちらかを選べって言われて、父を選んだというのに、そのあとも恨みもせず、仲良くしてきて、困った時には、あれだけ面倒見てくれたんだもの、もう一度プロポーズされたら断れないよね。というか、ここで返事を先延ばしにしたら、いくら、和泉さんでも、愛想をつかすとまでは言わなくても、興ざめはするよね……お母さんも一人の女として、お父さんの次に好きだった人でしょう。一緒に暮らしたい気持ちもきっとある。断る理由はないよね』そう言われて、私もその通りだと思いました。『そうだよね。私たちのことがなければ、お母さんは結婚したいんだと思う』『眞知はどうなの? もし、私たちがどうしても嫌だって言えば、たぶんお母さんは結婚しないよ。眞知はどうなの? 一緒に暮らしてもいいの?』って聞かれました」

「なんて答えたんです?」

「『いいよ』って答えました。『気が進まないけど、いいよ』って。それでお母さんが幸せになるならいいよって。私、父が死んだときいっぱい泣いたんです。そのあともすぐめそめそして、こんな話をしてるだけでも涙が出てきちゃうんです。だから、お母さんには、生きている間、幸せになってほしいと思うんです。私たちのほうは、和泉さんに父に対するような愛情を持つことは、たぶん、ないと思いますけど……、和泉さんの、私たちを愛したいという気持ちもわかる気がしました。許すって、変な言い方ですけど、そうするしかないかなって思ったんです。私たちなりに普通にして適度に距離を置いて平和に暮らせばいいかなって。私がそう言うと、那加は、しばらく目を閉じて考えました。そして、じゃあ、そうしようって言ったんです」

「それだけ?」と俺は身を乗り出す。「那加の気持ちはどうだったんですか?」

「わかりません。那加は、何も言わなかったから。ただ、もともと那加はお父さん子で、私はどちらかというとお母さん子だったので、感じ方に違いはあったと思います」

「那加は、本当は結婚してほしくなかったと思いますか」

「かもしれません。那加は何も言わなかったけれど……」

「それが家出の原因?」

「わかりません。私には何も……でも、そうかもしれないと思うこともあります」

「家出したのは、結婚のあとなんですか」

「結婚して、一緒に住み始めて、一月たつかたたないかだったかと思います。ある日、突然に『家出するつもりなんだけど一緒に来る?』って相談されて、びっくりしたけど、迷わずに一緒に行くって言いました。那加はいろいろ準備していたみたいで、こっちに来て、高校入試がありました」

「いきなり家出したら、それこそ、お母さんは心配しちゃったでしょうね」

「そうですね。そのことも聞かれました。お母さんは、きっと自分のせいだってショックを受けるだろうから、眞知だけでも残ってあげてもいいよ、って言われました。でも、私は一緒に行くって言いました」

「お母さんより那加を選んだんですね」

「はい。お母さんには和泉さんがいますけど、那加には私しかいませんもの。それに、私自身にとっても、那加のそばにいるほうが幸せです。あの家にいても幸せには暮らせないですから。那加はこっそりいろいろ準備してました。そして、ある日、突然に家出しました。びっくりさせないように、置手紙をしたんです。二人で、遠い寮のある学校に入るから、そこへ子どもを送り出したと思ってくださいって。離れていても、いつまでもお父さんとお母さんを大切に思ってますって。心配をかけないように手紙を書きます。たまには帰省もしますから探さないでくださいって」

「本当に手紙を書いたり、帰省したりしてるんですか?」

「帰省はしませんけど、手紙は本当に書いてます。一か月に一度くらい、結構、まめに書いてます。ちゃんと届いていると思います」

「こちらの住所は書いていないんですよね」

「書いてないと思います。那加が出すのでわからないですけど、たぶん、居場所は絶対、秘密にしてるはずですから」

「この前、駅で隠れるようにしたのは、知り合いに見つからないようにしたんですね」

「たぶん人違いだと思いますけど、和泉さん本人がいたように思って……見つかっちゃいけないと思って」

「なるほど、そういうわけですか」

 俺は目を閉じて考える。家出の理由は、どうしても和泉さんとは暮らしたくないという理由なのだろうか。反対をすれば母親は結婚をあきらめてくれただろうが、それは母親に、これから先、多大な苦労をかけることに他ならない。母親自身も夫を失った空白を埋めるチャンスを失うことになる。だから結婚には反対しなかった。というより、できなかった。それでも那加はいざ暮らし始めると、二人目の父親を受け入れることがどうしてもできなかったのかもしれない。

 眞知が寄り添うしかないといった意味がようやくわかった気がした。俺にしてやれることは何かあるのか、俺には見当もつかなかった。

 風がだいぶ強くなってきていた。俺は自分から眞知の手を取る。

「風が強くなってきたね。少し寒いし、もう帰りましょう。何か、つらい話をさせてごめんなさい」

「ううん」 と眞知は首を振る。

「ジラに話せてよかった。ジラは本当に真剣に考えてくれる人ですもの。秘密を共有できて心が少し軽くなりました」

 少しうつむいてまぶしそうな目で俺を見る眞知のはかなげな表情に、そのきゃしゃな体を抱きしめる自分を想像した。

「俺がいますから。きっと守ってあげますから」

 そう言えたら……だが、俺はおろかな奴隷に過ぎなかった。

 帰り道、公園の屋台で団子を買って分けて食べた。俺の作品の挿絵の話でもう一度盛り上がる。分かれ道まで二人で自転車を押して歩きながら、俺は、この美しい少女とその姉の、過酷な運命を思って胸を痛めていた。

「今日は本当にありがとうございました。ジラといると本当に楽しい」

 分かれ道で、眞知は、深々と頭を下げた。

「あ、いいえ。お礼を言うのは俺のほうで」

 眞知は頭を上げると、いたずらっぽく笑う。

「また会ってください。今度は、もっと早く。待つのも楽しいけど、やっぱり、ちょっぴり悲しいから……絵がたくさん描けちゃわないうちにお願いします」

 そして、自転車に乗ると、さーっと夕闇に溶けていった。

 俺は、彼女の姿が消えても、しばらくその黄昏の丘に立ち尽くしていた。


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