第69章 眞知と那加の秘密
眞知とデートして大地桜をみたあと、俺は眞知に話を聞こうとします。
大地桜を過ぎて、公園の奥のほうに行くと、人はずいぶんまばらになった。
「満開でしたね」
「満開の桜を見られる唯一の休日なんですね。今日が」
「私、運がいい。実は、私って、結構、運がいいんですよ」
「俺は、だめですね。いつも間が悪いというか……」
「じゃあ、今日は私の勝ちですね」
一番奥のベンチのあたりにはあまり人がいなかった。腰を下ろすと、少し遠い山々に山桜が白く咲いているのが見えた。
「新学期が始まりますね」と眞知が言う。
「もう二年生なんて、早いですね」
「ジラとは同じクラスだよ、って那加が言ってました」
「課外必修クラスというのがあるんですよ。そこを希望している人は、皆、同じクラスなんです」
「友部委員長も、みなみんも、青柳さんもみな同じクラスなんでしょう?」
「よく、いろいろ知ってますね」
「那加にせがんでいろいろ聞かせてもらってます。だって、大大地高は、日々、ドラマなんですもの、面白くて……そして、いつも、中心にジラがいるんですもの」
いやいや、実は、面白いのは俺そのものではなく、那加の奴隷としての俺なんですが、まあ、実際に面白いとは、演じている俺も思います。
「美少女がいっぱいで、ジラはモテモテだって聞きましたよ」
「あははは、間違いなく、美少女はいっぱいいますけど、俺は、全然、モテモテなんてことはありません」
那加のやつ、妙な盛り方をしているなと思うが、謙遜に聞こえる程度に否定しておく。
「眞知に相談があるんですけど」
あたりに人の気配がなかったので、俺は両手で眞知の両手をとった。声をひそめて言う。
「なんですか」
「実は、この前から、俺にもできることはないのかな、って思ってるんです」
「できること?」
「なんか、厚かましいかもしれないけど、那加と眞知のために、何か、できることはないのかな、って……だって二人は、事情はよくわからないけど、とても窮屈な暮らしをしているんでしょう? スマホでさえ、二人で一つなんでしょう? 那加が毎日、早朝アルバイトをしているなんて……いくら若いって言っても、体、悪くしますよ。二人のために、俺にできることがないかな、って思って……」
眞知の顔から微笑みが消えた。俺をじっと見つめる。
「ありがとうございます。ジラ、やさしいですね。でも、私たち大丈夫です。たぶん……気持ちはありがたいんですけど……」
俺は眞知の手をさらにぎゅっと強く握った。
「できることなら、俺にも何かさせてほしいんです。でも、何ができるかがわからないんです。で、もしよかったら、今の状況を、少し詳しく教えてもらえませんか。家出する前から、今までのこと……話せる範囲でいいですから」
眞知は俺をしばらく見つめたあと、周りを見回す。人影はあるが、話が聞こえる範囲にはだれもいない。俺の手を放すと、うつむいて両手を両頬にあてる。考えている様子だった。
しばらくして、地面を見つめながら、つぶやくように話し始める。
「私自身は、今は、何の不満もないんです。窮屈って言いましたけど、そんなことはありません。スマホだって使ってるし、高校生活だってみんなと同じようにエンジョイできるし、大好きな那加のそばにいて、役に立っているって思えるだけで幸せなんです。おまけに、ジラみたいなすてきな人とデートしているんだから、これで不満を言ったら罰が当たります。……でも、那加は、たぶん、幸せじゃないと思います。何も言いませんけど……幸せだったら家出なんかしませんよね。私も、心配してるんです。私は、せめて何かの役に立てたらってくっついてきたけど、それしかできないんです。でも、ジラなら、何かできるかもしれないって思います。那加には『私たちのこと、話しすぎないでね。ジラはやさしいから心配しちゃうよ』って言われてきたんですけど、たぶん、もう、相当に心配させちゃってますものね。ジラの活躍を聞いていて、すごい人だなって、ずっと思ってました。ジラだったら、もしかして何かできるのかもしれません。だから、私の知ってることなら、何でも話します。何が知りたいですか」
「すごい人」というのは、間違いなく、俺が那加の命令を忠実に実行しているだけだということを知らないせいでの誤解だが、この場合は、信頼してもらったほうが、都合がいい。その点、少し後ろめたい思いもなくはなかったが、俺は、できる限りのことが知りたかった。
「じゃあ、生まれてからのことをずっと話してくれませんか」
「生まれてからのこと、というと長くなってしまいますけど、何から話そうかな」
眞知は両手を口に当てて少し考える。
「生まれたのは東京です。父親は会社の経営者、母は専業主婦、多分、結構、裕福でした。子どもは、私たち二人だけです。小さいころから、那加は何でもよくできました。物心つくころには、那加は、年上の姉のように、私の面倒をよく見てくれました。いつでも私のことを一番に考えてくれて、自分のことは後回しみたいな、そんな感じです。私は那加が大好きで、いつもくっついていました」
「仲のいい姉妹だったんですね」
眞知は俺のほうを見て少し微笑む。
「前にも話しましたけど、私にとって、那加は、太陽みたいな人なんです。そばにいて、言うとおりにしていさえすれば安心、みたいな、そんな感じでした。でも、知ってますか。那加って、すごーく寂しがり屋なんですよ」
いたずらっぽい表情で、ますます、微笑む。
「寝るときは、いつも、私に甘えてくるんです。今でも一緒の布団に寝てるんですけど、小さいころからずっと、一緒の布団で那加が私にくっついて寝るんです。『眞知を抱きしめている瞬間が一番好き』って、いつも言ってます。東京にいたころ、中学生になって、それぞれ、子ども部屋をもらったんですけど、寝る時になると、眞知はいつも私の部屋にきてました。そのまま、私のベッドにもぐりこんで一緒に寝るんです。夜だけでなく、時間があると、よく甘えてきました。私の膝の上に頭をのせてきて、にゃんとか言うので、私が猫をなでるみたいに髪の毛をなでてあげるんです」
それから、また眞知は視線を地面に戻す。
「那加はあのころ、小学校の、たぶん、4年生か5年生の頃、から少し悩みがあったのかなって思うこともあります。何のことかよく覚えてないんですけど、『眞知、あんなこと言われて、腹が立たないの?』って言われたことがあります。那加とずっと一緒にいたせいかな、私、プライドって、あまりよくわからないんです。何があっても、那加と一緒にいて、那加の言うとおりにしていれば十分と思っちゃって。そのころから、那加は、たぶん、わざと能力を低く見せていたような気がします。地域の小学校だったので、私ぐらいでも成績優秀の部類に入って、目立ってたんです。那加も、もちろん、なんでも素晴らしくて、だからよく比較されてました。で、いつも那加のほうが上で、それも断然上で、それを気にしてたのかなあって、今は思ってます。私にとっては当たり前すぎて、気にするなんて、逆に、変な感じなんですけど」
「中学は、私立の優秀な学校へ入ったんですよね」
「そうです。優秀って言っても、私が入れる程度ですけど、まあ、地域では一番でした」
「眞知だったら、日本で一番の中学でも入れるでしょう」
「そうですね。確かに、入れるだろうって言われました。でも、遠くに行くほどのこともなかったので……中高一貫で東大にも何十人も入る中学だったので、親もそこにしたらって言って」
「中学に入ったら、那加も能力を隠す必要はなくなったんですか?」
「微妙なところです。最初は那加も生き生きしていて、友達にも恵まれて、私も楽しかったです。私たち、別々のクラスだったんですけど、一年生では二人ともクラス代表をやって、学校行事なんかにも取り組んでいました。クラスメイトもいい子が多くて協力的で、楽しかったです。ただ、いろいろな人がいますからね」
「何かあったんですか」
「詳しくは知りませんけど、いろいろあったみたいです。一つは、たぶん、嫉妬ですね。那加はほとんど勉強らしい勉強をしていないのに、いつも成績はトップクラスでした。おまけに運動神経もよくて、あの美しさだから、ファンがたくさんいたんです。どちらかというと女の子ですけど。そんな那加に男の子が嫉妬するって変な構図ですね。いじめというんでなくても、少しいろいろあったみたいです。それで、那加は、多分、少しだけ成績を下げたと思います。別に、一番なんてほしくないよね、って私の膝の上で言っていたのを思い出します」
「一つはって、ほかにもあったんですか」
「あとはちょっとストーカーまがいのことがありました。机とか下駄箱に何回か手紙が入っていて、『好きだ』『那加、愛している』とか書いてあるんです。怖くて先生にも相談したけど、犯人は見つからなくて……」
「那加は悩んでいたんですか?」
「那加はやさしいですからね。同年代の男の子は、那加みたいに優秀な子って敬遠するところありますよね。自分が馬鹿に見えるから、なんて気にするみたいです。そんなアンビバレントがこんなゆがんだ形になって表れたのかも、って先生が言ってました。那加のせいじゃないのに、『私どうしたらいいのかな』なんて言ってました。でも、そんなとき大事件が起こって、それどころじゃなくなりました」
「大事件……ですか?」
眞知は唇をかみしめた。涙をこらえるためだったかもしれない。声が震えていた。
「父が死んだんです」




