第66章 文芸部のロケの話
文芸部の次の部誌に額田は美少女になって登場することになった。那加との抱擁が交歓条件だった。
最初のロケ地は大地公園だった。時間になっても、額田だけ来ない。
「どうしたのかな。まさか間際になったら、美少女になるのがいやになったとか?」
「逆におめかししてるのかも」
仕方がないので、近くのベンチに3人で腰を下ろして待っていると、遠くから駆けてくる少女がいた。俺は、最初、それが誰かわからなかった。
「ごめんなさい。遅くなっちゃった」と駆けてきたのは、ポニーテールの少女だ。最初、小学生か中学生と思った。俺と那加とヴィーナス先輩の前でぴょこんと頭を下げる。黄色の厚手のシャツにピンクのスカート、2月の終わりの風の冷たい日なのに、膝上のフレアスカートだ。そこからでている素足には白のロングソックス。分厚い靴を履いているのは、背の低さをカバーするためか。つぶらな、くりんとした大きな瞳で俺たちを見る。見つめられると思わずどきんとするくらい、かわいい子だ。
「那加様、昨日、美容院に行って、約束通り化粧なしで来ましたよ。だから、約束通り、抱きしめさせてください」
と、那加に飛びついたので、始めて額田とわかった。
びっくりだ。ここまでかわいらしい美少女になるとは!
とにかくきれいな、光るほどつやつやな白い肌をしている。ポニーテールにしているので襟首の後れ毛まで肌の白さが輝いて見える。産毛をきれいに剃るだけでこんなになるのか? ブス化粧と那加が言っていたが、もしかすると、普段は顔に何か塗っていたのかとさえ思えてくる。化粧しない約束だったから、唇がほんのり赤いのは、たぶん生まれつきなんだろう。愛らしくてキュートな唇だ。まつげが、つけまつげのように長い。
「ジラ、計って。まず1分、おっぱいだっこするから」
と、俺にタイマーを投げてよこす。「いいですよね。那加様」
「いいよ。約束だもんね」
「じゃ、ジラ、私が胸に飛び込んだらスタートボタンを押して。はい行くよ」
額田が、座っている那加の膝の上に乗る。那加は、今日は学校の制服の上にコートを着ている。額田は、那加の背中に手を回して、那加の胸に顔を埋める。俺はスタートボタンを押す。
額田は目を閉じて、うっとりと顔を埋めている。
「ああ、なんて、やわらかいおっぱいなんでしょう。那加様の心臓の音が聞こえます」
俺は、あまりに幸せそうな額田のかわいらしさに、思わず見とれていた。気がつくと、タイマーがピピピと音を立てている。
「あ、ごめん、額田さん。タイマーがなった。1分過ぎたよ」
「那加様、下に行きます。ジラ、また1分だよ、はい」
額田は顔を滑らせると、手をおしりに回し、那加の膝の上に顔を置くと、鼻を股間に押しつけるように埋めた。
「ああ、素敵です。那加様。とてもいい匂い」
「ちょっと待ってよ。そんなところに鼻を突っ込んで『いい匂い』なんて言わないでよ。なんの匂いだろうって恥ずかしくなるよ」
「那加様の匂いですよ。香水みたい」
額田が頬をすりすりしていると、ピピピとタイマーが鳴る。「額田さん、1分たちましたよ」
額田はぱっと起き上がる。「那加様、これで2分ですね。あとの3分は、あとにとっておいていいですか?」
「いいわよ。あと、3分ね」
「よかったぁ」
額田は、今度は、小尾先輩の膝に乗る。小尾先輩も今日は被写体なので、それなりに素敵な私服で決めている。真っ赤なセーターの上にえんじ色のハーフコート。首にはスカーフを巻いている。
「ヴィーナス様ぁ」いきなり胸のふくらみに顔を埋めている。「那加様は素敵でした。おっぱい柔らかかったし、心臓の音も素敵でした。とっても幸せでした。私の股間の象さんもパオパオ言ってます。やっぱり淫乱は、すてきです」
なんだか、危ない会話だなと思いつつ辺りを見回す。
女の子同士といえ、白昼、こんなに次々と抱き合っていていいのか?
あたりには誰もいない。まあ、額田は、身長は小学生なみだし、かわいい小学生がお姉さんにじゃれている、くらいにしか見えないかもしれない。もともと、女子中学生や女子高生たちが、教室で抱き合っているのを見かけるのは、決して珍しいことじゃない。時にはキスさえしている。彼女たちにとっては、そういうスキンシップは、じゃれ合いの一種としてごく普通のことらしい。俺が、「おっぱい柔らか」なんて口にしたら、その場で袋だたきに遭いそうだが、女の子同士なら、世間も許すのかもしれない。
「今日の河合は本当にかわいいね」
と小尾先輩も額田を思いきり抱きしめている。
「こういう河合も好きだよ」
「ブス河合とどっちが好きですか?」
「どっちかなあ。どっちも好きだよ。だって河合は河合だもの。ブス河合も、私には十分にかわいく見えるよ」
なるほど、さすが小尾先輩。額田のほんとうのかわいさは、最初からわかっていたんですね。それにしても、美少女額田は、話し方まで普段とまるで違うぞ。普段は、自分のことを「わっし」と呼ぶのに、今日は「私」だ。声も、普段はだみ声っぽいのに、今日は澄んだハイトーンだ。あれは全部、演技だったのか? それとも今日のが演技なのか? とにかくわからない人だ。
「よかった。早く、ブス河合に戻りたいです」
と言いながら、額田はぴょんと飛び降りた。
「那加様、早く写真、撮っちゃいましょう。美少女河合のままでいると、どんどん淫乱になっちゃいそうで、落ち着かないから」
「そうね」と3人も立ち上がる。「ジラ、カメラの用意はいいわね」
「大丈夫です」
俺はカメラを見せる。父親から借りたもので、シャッターを押せばきれいに写る優れものだ。
そのあと、公園のそれぞれのスポットで二人の写真を撮った。那加がポーズを決め俺が撮る。那加に言われて、レフ板とか言う段ボールにアルミホイルを張ったものを用意してきたので、那加は、それを持って光の当たり方を調節していた。
カメラを通してみると、額田は、いっそうかわいく見えた。先輩の、彫刻のような近寄りがたい美しさと違って、思わず抱きしめたくなるようなかわいらしさだ。エロっぽいとは思わないが、確かに萌え系の美少女ではある。先輩の芸術美と組み合わせて載せたら、それだけで、確かに、俺たちの部誌は相当人気が出そうだが……こういう人気でいいのか?
そう言えばいつか那加が言っていたな。「芸術って言うのはね、いかに人を楽しませるかよ。人を楽しませられないものを作って部誌ですなんて、ただの自己満足じゃない?」
自己満足でもいいような気もするが、まあ、俺は奴隷なので、命令に忠実に従うしかない。
一通り撮影を終えて、帰る頃にはもう夕方になっていた。赤い夕日が斜めに差し込む公園で、額田は、那加と先輩の間で左右の手で二人の手を握って、まるで両親と手をつなぐ小さな子どものようにはしゃいでいた。その屈託のない笑顔のかわいらしさに、俺は思わず後ろから3人の写真を撮った。雲が夕日に染まって幾筋も3人の上で輝いていた。
額田は普段からいつも、ご機嫌に、大声でよく笑っている。でも、こんなに屈託なく、明るく心の底から笑っているのを見るのは、初めての気がした。まさか、那加は、この笑顔を引き出したくて、この企画を立てたんじゃあるまいな、という考えが一瞬頭をかすめる。まさか、そこまで考えていないだろうが、それにしても、額田の「屈託」を取り除いてみたい、というぐらいの気持ちはあったかもしれないなと思う。額田は、学校で、割といつも愉快そうにしていたので、俺には想像もつかなかったが、毎日ブスの化粧をして学校へ来る子が、学校で心から楽しいはずはないよな、とも思う。
「あ、そうだ」と額田が振り向く。「ジラ、この写真の私が誰かって聞かれても、絶対に額田河合だって言っちゃだめだよ。もしばらしたら……」
「ばらさないよ。わかってる」
「ばらしたら、ただじゃおかないよ。卒業の時、『女の子に誰も相手にしてもらえなかった』って泣きついてきても、恋人になってあげないよ」
え? そこなの? と思う。ばらさなければ恋人になってくれるんだ?
「大丈夫。適当にごまかしますから」
「妹だって言うといいよ。ジラの妹はかわいいって有名だから」
「え? なんで、そんなこと、知ってるんですか」
「うちのクラスの子で弟がジラの妹と同級生の子がいるんだよ。すごくかわいいらしいね。でも、恋人は作らないんで、『もしかしてブラコン?』という噂があったらしいよ」
「ブラコン? ですか?」
「知らないの? 素敵なお兄さんがいて、同級生がみなクズに見えるっていう人のこと」
「はあ、それは絶対にないですね」
「わかってるよ。ジラが今みたいに有名になる前で、『ジラって、どういう人? ブラコンになるぐらい素敵な人なの?』って聞かれたから、私、全力で否定しておいたよ。ま、そんこともあって、一部では、ジラの妹はかわいいらしい、という評判がたってるから、みんな信じるよ。身長もたぶん私と同じぐらいでしょ?」
「たぶん、そうですね」
それについては、申し訳ないけど、静の方が、すでに背が高いなと、ちらっと思う。
そんな風に一日が終わり、そんな一日を何度か繰り返して、ロケが終わると、今度は誌面作りに取りかかった。写真を選んで、本文をつける。なかなか大変な作業だった。もちろん、他にも記事があって作品制作にも追われ、部誌が完成したのは春休みに入ってからだった。
一日も早く、眞知に合うチャンスを、と狙っていた俺だったが、結局、そんなこんなで時間が過ぎてしまい、眞知と会うことが出来たのは、3月も末、もう桜が咲き始めている季節だった。




