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第61章 眞知と初めてデートする話

テストで二番だった俺。でも那加は眞知とデートさせてくれるというのでした。

 大地駅は古い駅だ。駅舎も古ぼけていて、暗い茶色の壁には所々シミが出来ている。その薄汚れたと言ってもいい暗い色の壁の前に、眞知は奇跡みたいにそこにいた。一五分も早く行ったのに、もう待っているなんて思ってもみなかった。

「すみません。待たせましたか」

 眞知は今日も美しかった。私服姿を見るのは初めてだった。飾り気のない水色のワンピースに、白いもこもこのあったかそうなダウンジャケットをはおっている。ミニに近いスカートからブルーのストッキングをはいた美しい足が見える。笑うと白い歯がこぼれた。

「全然。ジラに会えると思ったら、待つのも楽しいと思って、私が、勝手に早く来たんです。ジラがこんなに早く来るとは思っていませんでした」

 そんなことを言われたら、天に昇りそうなほどうれしい。

 でも、そんなことまで言ってくれるのは、俺の本質を知らずに、那加の吹き込んだ虚像を見ている結果だろうなと思うと、少し悲しい。

 那加は、俺のことを相当に美化して話しているのだろう。いやいや、うそをついているわけではない。那加の命令でやっているという事実を抜かして話しさえすすれば、俺の最近の実際の行動は、十分に「かっこいい人」に値するんだろう。これまでは、眞知とは短い会話だけしか、かわしたことがないから、虚像を壊さずにすんだが、今日、初めて、長い時間、一緒に過ごすことになる。

 ある程度、壊れるのは仕方がないけど――と那加は言っていた――情けないジラも、十分に虚像だからね、どうせなら、いい方の虚像を本物にするのよ。

 電車に乗る。体温が感じられるほど肩をくっつけて並んで座る。これだけでも、すごいことだと俺は思う。なんて美しい顔なんだろう。

 顔しか見てないの? と、那加には怒られるかもしれない。でも、眞知の顔は美しいだけでなく、なんとも魅力的だ。要するに、俺好みということなんだろうが、産毛の1本1本まで完璧に美しい。思わず見とれてしまう。

「大地市に住んでるんですよね」

 微笑みがまぶしい。思わず見とれて言葉を忘れてしまう。

「あ、ああ……はい、ずっと大地市です。篠町というところです。知ってますか?」

「すみません。わからなくて……私、まだ、大地市のことよくわかってないんです」

「まだって、こっちに来たのは最近なんですか?」

「はい、中学までは、東京だったので」

「じゃあ,生まれは、東京なんですか?」

「そうです。お姉ちゃん……那加から聞いてませんでしたか」

「初めて聞きました。こっちに来たのは、お父さんの転勤とかですか」

 そういえば、那加とは身の上の話なんかしたことはない。とにかく、友だちでなく、ご主人と奴隷だから、そんなプライベートな話が出る余地がない。そう言えば、那加の言葉のアクセントは、ここら辺の田舎風とは、少し違っているような気もした。

 眞知の表情が少し曇った。

「違います。父は、もう、亡くなったので……私は、那加についてきたんです」

「那加についてきた?」

 変な話だ。まさか二人きりで引っ越してきたとか?

「今は、おばあちゃんの家に、那加と三人で暮らしているんです」

 水都駅のホームに電車が滑り込む。階段を上りながら、俺の頭の中は、那加と眞知の境遇についての疑問でいっぱいになっていた。父親が亡くなって、姉妹は、田舎のおばあちゃんの家にやっかいになっている。父親に借金でもあって逃げ回っているんだろうか。どうも二人の境遇は複雑のようだ。

「今日はちょうど梅祭もやっているし、梅林公園に行ってみようかと思うんですが」

 俺が言うと、眞知は、ぱっと顔を輝かせる。

「一度、行ってみたいと思っていたんです。うれしい」

 梅林公園はきれいだった。慣れてくると、眞知はおしゃべりになって、楽しそうにいろいろ話してくれるので、俺の気持ちもだんだんほぐれて、なんだか楽しくなった。テレビでは、アニメが好きだというのはうれしかった。

「ジラと話していると、ついついおしゃべりになっちゃいます。今日は、おしとやかにして、嫌われないようにしようと思ったんだけどな」

 梅林公園のなかのレストランでお昼を食べながら、眞知が言う。

「那加の言うとおり、ジラっていい人ですね」

「どうでもいい人ってよく言われてます」

「あははは、ジラらしい。那加からいろいろ噂を聞いてますよ。けっこうドジだったりする話も聞いてます」

「はい。ドジで間抜けです」

 何の話だ? 那加は何の話をしているんだ?

「でも、成績優秀」

「いや、大大地高の二番ですから。眞知さんは一番とったんですよね。水都二髙の一番なんて、すごいと思います」

「違うんです。私たち、東京では中高一貫の、ちょっと進学で有名な学校にいたんです。だから、中学三年の時には、高校一年の分、やってたんですよ。だから、今、やってるのは二回目なんです。できて当たり前ですよね」

「そうなんですか……」

 ふと、前からの疑問を口にした。

「那加の成績は、うちの学校の二〇番くらいなんですけど、本気でやったらそんなはずない、と俺は思ってるんですけど、理由わかりますか?」

 不意に、眞知の顔から笑みが消えた。

「ごめんなさい。私にはわかりません。ジラの言うとおり、那加は、すごい頭がいいです。私とは桁違い。優秀な人が集まるはずのうちの中学でも、抜群でした。成績、悪いはずないです。那加はバイトが忙しくて、勉強してないからって、とぼけてますけど、たぶん、隠しているんだと思います。あと、あのマスクも……」

 自分からは聞かないつもりでいたが、眞知の方から話し出してくれた。

「不思議に思うでしょうね。でも、私もわからないんです。不思議なんです。家でさえ、二人でお風呂に入る時以外、ほとんどはずさないんです。寝る時もしてるんですよ。理由を一度だけ聞いたんですけど、教えてもらえなかったので、そのあと聞いてません。あ、いけない、ついしゃべっちゃった。那加に『私の話はあまりしないこと』って言われてたんですけど……」

「あ、すいません。聞かなかったことにしますけど、一つだけ教えてください。那加は、バイト、してるんですか」

「だめですね。私、おしゃべりで……これも聞かなかったことにしておいてくださいね。那加は、夜中と早朝に、バイト、してるんです。うち、すごく貧しいので……二人しておばあちゃんのところに転がり込んだから……私もやるって言ってるのに、那加は許してくれなくて……危ないからって」

 眞知は、消え入るような小さな声で、そう言う。これ以上聞くのは、かわいそうな気がした。しかし、俺の頭の中はかなり混乱していた。父親が亡くなっても、母親はいるらしいのに、お金がまったくないらしい。東京で私立の中学に行っていたらしいから、去年までは豊かだったに違いない。一体、何があったんだ? おばあちゃんという人の年金ぐらいはあるだろうが、それをのぞくと、那加の深夜にバイトして、そのお金でようやく生活しているらしい。那加が、まさか、そんな切羽詰まった境遇で暮らしているとは想像もしていなかった。知りたがるなと言われていたという事実はあるが、ご主人様の苦しい状況をまるで把握していなかった俺は、何をやっていたんだと思った。

 午後は、梅林公園の脇にある歴史館を見て、市内のデパートに行った。

「たいしたものは買えないけど、初デートの記念に、何か贈り物をしたいんですけど」

 眞知は、顔を輝かせた。

「うれしいです。一生大切にします」

 眞知は、小さなハンカチーフを選んだ。

「これだったら、毎日、ポケットに持っていられるから」

 包みを顔の前に掲げて笑いかける眞知はかわいすぎて、俺はどぎまぎして正視できないくらいだった。

 フードコートで、眞知は、トイレに行ったまま、10分たっても20分たっても、帰ってこなかった。「どうしたんだろう」と心配になるくらいだった。

 ようやく帰ってくると、向かいのテーブルに座って、上目遣いに俺を見る。

「ごめんなさい。ずいぶん、お待たせしてしまって。あの、私、便秘症で……うんちがすぐ堅くなっちゃって。待たせちゃいけないと思って、焦ったら、よけい出なくなっちゃって……でも頑張って、出してきちゃったんです。すみません。長くて……恥ずかしいです。ごめんなさい」

 眞知は、少し恥ずかしそうに、顔を赤らめた。なんて、かわいいんだ。と、俺は思った。正直、眞知と初デートで「うんち」の話をするなんて思っていなかった。俺だったら、相手がいやがるだろうと思って「トイレが混んでいて」とか、適当にごまかすだろう。まるで、そんな気遣いもなく、正直に話してしまう、眞知という人間の、一種の「子どもっぽさ」を、俺はかわいいと思った。


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