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第6章 奴隷としての地獄の生活が始まる話

那加の奴隷になった俺。きつい坂を自転車で上ることから奴隷生活が始まります。

 

「うーっ、はあ……さすがに、もう駄目だ」

 俺は、ペダルから足を放して、地面につま先をつく。

「途中休んでもいいわ。でも、自転車から降りて歩かないこと」

 と、昨日、俺のご主人様である那加は言っていた。学校まで続くこの一番きつい坂を自転車をこいで登ることが、俺に与えられた最初の命令だった。俺は自転車通学だが、学校へ続くいくつもの坂の中でも、この坂だけはきつくてつらくて、いつも降りて歩いていた。

「女子でもこいで登る人がいるんだから、あなたにできないわけないわよね」

 と彼女は言った。俺は、筋金入りの体力なしなんだけど、と言いかけたがやめた。口答えはしないように釘を刺されている。休んでいいなら、まあ不可能じゃないと思った。でも、実際に上ってみると、とんでもなくきつい。さっきから、十歩もこがないうちに休んでばかりいる。一体、こんなことさせて何が面白いのか、なにしろ那加はわからない人だから、考えてもしょうがない。俺ができなくて苦労しているのを楽しんでいるのかもしれない。

「おはよう」

 と女の子に声をかけられてびっくりする。

 軽く汗をかいて小麦色の肌のかわいい女の子が自転車をこいで追い越していく。さすが、ソフトボール部のエースだ。涼しい顔で登ってしまう。追い越して行ったのは酒出という同級生だ。

 髪の毛も短く、ボーイッシュと言ってもいい印象だがとびっきりかわいい女子だ。俺にも声をかけるくらいだから、明るい性格で、いつもみんなの中心にいる。南という名前で女子の間では「みなみん」と呼ばれているらしい。

 すいすいと坂道を登っていく後ろ姿を見ながら、俺は「かっこいい」と思う。男子だけでなく、女子からも憧れられている。足が長くて、スタイルが素晴らしい。背も女子としては低い方ではない。俺が一七〇で、たぶん俺より少し低いくらいだ。

 ソフトボール部に入ったとたんエースになってしまったという抜群の実力の持ち主らしい。性格もよくて、中学校にはファンクラブもあったという噂も聞いた。歩いているだけで思わず注目を集めてしまうオーラを持っている。俺はクラスの女子には相手にされていないのでろくに話したこともないが,改めてかわいいなと思う。かわいさという点では、たぶん、俺のクラスの女子の中では、青柳と人気を二分している。 

 もっとも、もうひとり、うちのクラスにはあの委員長がいる。いろいろな意味で、あの委員長を忘れてはいけないが……と、俺は思ったりする。

 クラス委員長の友部は、その美しさを含めていろいろな意味で別格だ。全く完璧な美しさだけでなく、頭脳も完璧だ。そして運動神経も、完璧らしい。ただひとつ……いや、考えるのはよそう。

 注目されるという点では、那加は、まあ、みんなの視野には入っていなさそうだと思う。マスクとメガネを外したことがなくて,誰も素顔を知らないという意味では、改めて考えると不思議な人だが,みんな、もうなれてしまった。男子にはそっけないし、たぶん「変な奴」だと思われているだけだろう。俺なんか、ぶつかるまでは同級生に彼女がいることさえほとんど気がつかなかったくらいだ。

 そして、その変な奴が、今の俺のご主人様だった。そして、この俺を奴隷にして、苦しむのを見て楽しんでいるのだから、間違いなく変な奴だった。

 俺は、もう一度自転車のペダルをこぎ出す。なんとも重いペダルだ。汗が噴き出してくる。

 那加はなんでこんな命令をだすんだろう。忠実に従っている俺も、バカ正直だが。

 それにしても、と俺は思った。あの変わり者は、いったい、なぜ顔を隠しているんだろう。あのマスクの下に隠れている顔はどんなだろう。あんなに美しい妹がいるのだから、菅谷の言うとおり美人かもしれない。


「ジラ、あなた、私がマスクを取ったら、眞知みたいな美人かもしれないって思ってる?」

 いつものように朝の階段を上っていくと、那加はいつものいすに座って俺を待っていた。口を開くなり、いきなり、俺の心を見透かされたようで、俺はちょっとあわてる。

「ふふふ」

 と、那加は笑う。いつもの軽蔑したような笑いでなく、どこかさびしそうに聞こえたのは俺の気のせいだろうか。

「残念ながら、私は眞知とは似ても似つかないわ。一卵性双生児なんだけどね」

「は? 双子の妹だったんですか?」

「ちょっと待ってよ。高校一年生で高校生の妹がいたら,そうにきまっているじゃない。あなたって、ほんと、考えなしね。双子よ。しかも、一卵性のね。だから、小さい頃はそっくりだったかもしれないわ。でも、あることがあってね。……だけど、これ以上は話せないわ。だから、奴隷の身として、私のことなんて絶対に詮索しないこと。いいわね。とにかく、私の素顔を見たいなんて絶対に思わないこと。あなたは眞知のことだけ考えていればいいんだから」

「わかりました」

 そこまで言われるとかえって見たくなるよな、と内心思うが、もちろん、口には出さない。最近知ったのだが、なんと、那加は学校の個人写真もメガネとマスクをした顔で撮ったらしい。たぶん、先生たちでさえ彼女の素顔を知らない。いったいそこまで顔を隠さなければいけない理由って、何なんだろう。やけどの跡があるとかか? だが詮索してはいけないらしい。

「もうひとつ、初めに言っておいた方がいいと思うけど、基本的に私の命令の半分は、あなた自身のためになることだって覚えておいて。私は、いずれ、眞知にあなたのことを話して、デートしてあげてって言ってあげる。でも、その時に、今のあなたのままでは、話すこっちの方が恥ずかしくなっちゃうよ。だから、あなたには、眞知に紹介するだけの価値が、多くなくても少しはある人間になってもらうわ。あなただって、会って五秒でフラれる人間にはなりたくないでしょ」

「それはまあ、そうですね」

「だから、私の命令には、あなたのためになるものがいっぱいあるのよ。よくそれを覚えておけば、これから出す命令も苦痛なく実行できるはずよ」

「わかりました」

 どの程度、真に受けていいのかとは思ったが、まあ、あらためて口に出すほどでもない。とにかく、何を言われても黙って聞く奴隷になるといったん約束したのだから。

「で、まず、最初の一番簡単な命令はね。次の定期テストで学年一位になることよ」

「はえ?」

 俺は文字通り開いた口がふさがらなかった。聞き間違いかと思って、那加の顔をもう一度見つめる。長い前髪がめがねの上にかかって眼の表情さえよく見えない。

「何、きょとんとしているのよ。全国一位をとりなさいと言っているわけじゃないわ。学年一位よ。簡単な目標よ」

「いや、あの、奴隷ですから、命令には従いますがね。学年一位は取ろうったって取れるものじゃないので……」

 俺は、この前のテストで一〇〇番くらいだ。真ん中より上ではあるが、五〇位に入ったこともない。

「だって、学年一位ぐらい取ってくれなくちゃ、眞知に紹介できないよ。ジラは、他にとりえがないんだから……」

「そう言われても、無理なものは……」

「ジラって、本当にわかってないのね。この学校で定期テストの一番を取るのなんて簡単よ。言っちゃ悪いけどこの学校は田舎の二流進学校っていうところでしょ。生徒は頭は悪くないけど、必死に勉強しようって気はないよね。勉強しようっていう人は水都の高校に行っているわ。ジラが典型よ。ろくに勉強もしないでラノベなんか読んでるんでしょ。何にもしないのにかわいい女の子が向こうからよってきてちやほやしてくれる夢なんか見てる。相手はそんな馬鹿ばっかりなんだから,その気になれば一番なんて簡単。先生たちも、生徒が勉強しないもんだから,テストに出すのも決まり切った、授業でやったところばかりから出るんだから、試験範囲をばっちり勉強しておけば、簡単に一番になれるわ。楽勝よ」

 そんなに簡単なら、那加が一番を取っていそうだが、と俺は思ったが、口に出さない。そのかわりにこう言った。

「それに、委員長がいるし……」

「透子さんか、あの人、いつも一位だよね。勝てないと思っているの」

 俺はうなずいた。俺たちのクラスの委員長、友部透子ともべとうこは、いつも一位を取っている。

 俺の学校は定期テストの成績が廊下に張り出される。高校に入学して半年がたつが、入学以来すべてのテストで友部透子という名前がいつも一番上に書いてあった。科目別では彼女を上回る人もいたが、トータルすると必ず彼女が一番だった。点数も断トツだったような気がする。おまけに、とびっきりの美人で、運動神経もいいというスーパーガールだ。いかなる意味でも勝てるわけがない。

「確かにあの人だけは別格だわ。勉強しないことではあなたと同じでも,一番をとるからね。頭の出来が違うわよね……そういう意味では、あの人もかわいそうな人ね……あの人のためにも、そろそろ別の人が一位をとってもいいころかもね。ジラ、私はやさしいご主人様だから、どうすれば一番が取れるか、手とり足とり教えてあげるから。とにかく、私の言うとおり勉強しなさい」

 俺はうなずくしかなかった。奴隷の俺としてはやるべきことはただ忠実に従うことしかない。一番になれるとは思わないが、言われた通りやるだけやろう。


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