第57章 運命のテスト3
グラウンドにいるソフト部の1年生のところへ行こうとして転んでしまった俺。酒出と笠間が手をさしのべてくれた。
俺は、立ち上がった……はずだった。しかし、その瞬間、また足が滑った。
「しっかりして」
酒出が俺の腕をぐっと引っ張ってくれたが、靴の底が坂の端でさらにつるっと滑ってしまい、俺は仰向けに盛大な勢いでに転んでしまった。倒れまいとして、つないでいた手をさらにぎゅっと握りしめてしまったものだから、酒出も笠間も俺に引っ張られる形で一緒にバランスを崩し、盛大に転んでしまった。まず酒出が俺の上に、更にその上に重なるように笠間が倒れこんできた。結果的に、俺は酒出と雪の上で抱き合う感じになってしまった。しかも、上に笠間が乗っているので、かなり強く抱き合う感じだった。お互いにコートを着て厚着をしていたが、それでも酒出の体の感触や、おっぱいのふくらみがわかるほど体を押し付けあっていた。顔も、お互いが触れ合うほど近くて、酒出の唇が頬に触れてどきどきするほどだった。まずは、笠間がどかないことに立ち上がれないので、おそらく数秒ではあったのだろうが、俺はずいぶん長い間、「抱き合って」いる気がした。
「ごめん、ジラ、重かったでしょう」ようやく立ち上がった酒出が言う。
「俺のほうこそ、すみません。巻き込んでしまって」
俺はまだ、酒出の体の感触にドキドキしていた。変な言い方だが、この天使のような「さわやか美少女」も、天使でなく、一人の女性としての肉体を持ち、あたりまえにかなりの重みがあるということを実感して、少し不思議な気分だった。
「ジラったら」
集まってきたソフト部の1年生の中で、稲田が言う。
「いけないなあ。わざとでしょう? わざと転んで、みなみんのこと抱きしめるなんて……」
みんなが笑った。俺は少し慌てる。
「ち、違いますよ。わざとやろうとしても、こんなになりませんよ。みなみん、ごめんね。わざとじゃないから……」
酒出はにっこりした。
「わかってるよ。心配しないで。ジラがそんなことしない人だってこと、私、よくわかってる」
「ジラもみなみんも痛いところはないの?」
「俺は大丈夫です」
「私も平気」
「じゃあ、また、雪だるまの続きやろうよ」
俺はみんなと一緒に、グランドに戻り、雪だるまを作り始める。
「ジラはそっちから始めて」
と、稲田が、まだ真っ白な手つかずの部分を指さす。小さい雪玉から初めて、転がしてだんだん大きくする。雪は冷たいし重かったが、仲間のひとりになった気がして、俺は楽しかった。みんな、楽しそうに雪玉を押している。くすくす笑いながら、二人で力を合わせて雪玉の上に雪玉を載せている子たちもいる。
酒出が「ちょっとトイレ行ってくる」と、その場を離れる。
と、すかさずというのでもないだろうが、笠間がやってきて、俺の作ったおおきな雪玉を一緒に押すふりをしながら、顔を近づけて小さな声で言う。
「ジラ、さっきぐらいのこと、わざとやるぐらいでいいんだよ」
「え? どういう意味?」
「もっと卑怯でいい、っていうこと。ジラは、きっと、大宮先輩に遠慮しているんだと思うけど、みなみんを大宮先輩から奪うぐらいのつもりで、なりふり構わず、アタックするといいよ。そのぐらいのほうが、女の子はジーンとくるんだよ」
笠間は俺が坂出に恋していると思っているんだな、と思う。まあ、これまでの状況からすれば、そう思うのも無理はない。そもそも、那加の意図が、俺というライバルを登場させることによって、大宮先輩に、酒出がいかに大切な存在であるかを、再認識させるというものであったらしいことは、ほぼ間違いがない。そのためには、決して露骨にではなく、しかし、暗には、俺が酒出に一方的な恋心を抱いていると周囲に推測させる必要があった。笠間は酒出の親友といえる存在だから、酒出が立ち聞きした、倉庫の陰で俺が西金先輩に言ったセリフのことも、酒出から聞いているかもしれない。笠間は、たぶん、俺が本気で恋をしていると思い込んでいて、しかも、おそらく、俺を応援してくれているのだ。
まさか、さっきの転倒劇は、笠間が仕組んだんじゃあるまいな、という思いが一瞬頭をかすめる。しかし、すぐに否定する。それはありえない。俺は間違いなく自分で足を滑らせたし、あんなにうまく体が重なり合うように倒れるのは、仕組んだってできる事じゃない。まったくの偶然だ……だけど、もしかして?……笠間が俺たちの上にさらに倒れこんで二人の体を強く密着させたのはわざとか? とも思う。少なくとも、倒れこんだ後、笠間が妙にゆっくりと立ち上がったのは、少しでも長く密着していられるようにという配慮だったのかもしれない。だとすると、確かに俺はうれしかったから、ありがたい配慮ではある。
「最近、大宮先輩とはとてもうまく行っているようですよね」
「とても大事にされてるよね」
「俺は素直に二人のことすてきだと思います」
「それでいいの? ジラは」
「みんみんが幸せなら、俺はそれが一番なんで」
嘘はない。大大地高にもカップルは少なくないが、中でもさわやかみなみんと、やはりさわやか系イケメンの大宮先輩の組み合わせは、見ているだけで絵になるさわやかカップルとして評判がいい。最近は登下校だけでなく、昼休みに一緒に弁当も食べたり、勉強を教わったりしているようで、校内でも一緒にいるのをたまに見かける。那加の作戦がうまく功を奏して、酒出は大事にされて、幸せいっぱいのようだなと思って、俺は素直に喜んでいる。俺が酒出を好きかと聞かれたら好きだと答えるし、恋してるかと聞かれたら否定はしない。でも、それは、届かないものに恋しているだけで、それ以上のことを望む気持ちはまったくない。さっきのような偶然で酒出を抱きしめられたのはラッキーだと思うし、笠間が俺に配慮して強く押し付けてくれたとすれば、それもうれしい。これ以上、望むことなんて何もない、と俺は本気で思った。
「もう、ジラったら……大宮先輩より俺のほうがみなみんを幸せにできるって、思ったりはしないの?」
なるほど、一流の人たちは、そう思うものなのか。そう信じこんて強引に、迫れるって言うのはなかなかすてきな生き方ですね。しかも、それが、少なくとも時々は、うまくいくわけでしょうから……
「俺が大宮先輩にかなうわけないじゃないですか」




