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第5章 那加の奴隷になる契約をする話

もう一度大大地駅に美少女を見に行った俺はその美しさに圧倒される。那加は奴隷になればその美少女とデートさせてやると言うのだが。

 階段を上ってきた那加は俺を見ると少し驚いたように言った。

「ジラ、こんなに早いところみると、今日も会いに行ってきたのね。心を奪われた? 話しかけたりしなかったでしょうね。それは許さないからね」

 いつもの専用席に座って、階段の一番上に腰かけていた俺を見おろしている。

「で、ようやく決心がついたのね。私の奴隷になるのね」

「いや、待って。まだ、そこまでは……」

「あきれた。ほんと、ジラってどこまでグズグズなの。ジラ、あなたの立場からしたら、私の奴隷にしてもらえるっていうだけで、こんな幸せはないのよ。おまけに、奴隷になるだけで、あんな天使みたいな女の子とデートできるのよ。こんなチャンスを逃すなんて、もはや、まっとうな人間とは言えないわ」

「おっしゃる通りだと思いますが……」

 と俺は言った。

「まず、そもそも、奴隷にしていただいて、眞知さんと本当にデートできるんですか。彼女がいやだっていう確率の方が高いと思うんですけど……いくら、妹さんでも……」

「ご心配なく、私が推薦すれば、少なくとも、一度はデートしてくれるわ。あとは、ジラが『愛の告白』をして、彼女がはずかしそうにうなずいて、そのままキスをして……」

「そんなわけないでしょうが!」

 と、思わず俺は大声を出す。

「結局、会った瞬間に、がっかりされて、すぐにさよならされて終わりでしょ」

「かもねー」

 と那加はなんだかうれしそうだ。

「でも、それはその時のジラ次第だよ……なに今から絶望的なこと言ってんの。まず会えないことには何も始まらないでしょ」

「それはそうだけど……」

「はっきり言うと、そんなんじゃ、ジラは一生、もてないよ。この際だから、はっきり言ってあげるけど、女の子たちは、男の子のランクつけてるわ。人それぞれ、好みってものがあるけど、それにしても、私の耳に入る限り、あなたは最低ランクよ。この前、カンニングで謹慎食らった、某ナントカくんより下なんだよ。わかってる? あなた、一生、彼女できないよ」

 薄々わかってはいたが、そこまで露骨に言われるとさすがにきつい。

「何が原因だか、自分でわかってる?」

「わかってるよ。女の子はイケメンで、スポーツができて、明るい奴が好きなんだろう」

「もちろん、そうね。あなたは一つも満たしてないものね。でも、それだけじゃないよ。あなたの最大の問題点はね。スペックが低いくせに、プライドだけは高いことよ」

「はあ?」

 俺はびっくりした。

「俺、プライドなんてないよ」

 那加は首を振った。

「わかってないのね。さっき、あなたは『眞知にあっても、どうせすぐにがっかりされてさよならだよ』って言ったでしょう。それがプライドよ」

「何を言ってるんですか。事実を予想しただけですよ」

「違う。あなたは自分ががっかりされて、自分が傷つきたくないだけよ。結局、自分だけがかわいいの。それをプライドというのよ」

 俺は首をすくめる。

「それをプライドというならそうかもしれませんけど」

「もしあなたが眞知とデートしていて、変な奴らに絡まれたらどうするの。どうせ勝てないからって、傷つくの嫌だからって、眞知をそこにおいて退散するの。そんな人が眞知の彼氏になれるわけないじゃない」

「いや、さすがに俺だって……」 

 那加は座っていたいすから立ち上がった。

「ほんと? 絶対に、ほんと? ……だったら」

 那加は厳しい調子で俺の目をのぞき込むような仕草をした.俺は初めて那加の眼を見たような気がする。その真剣なまなざしが何か俺の心を打った。

「いい? 眞知はほんとうにすてきな、私の大切な妹。姿と同じくらい心もきれいな子よ。頭もいい。天からの授かり物みたいな子よ。その子とデートさせてあげる。あなた次第で恋人にもなれる。だけど、それを望むなら、命くらい投げ出す覚悟がなくちゃ。命を取ろうというんじゃないのよ。私の奴隷になるくらいが何よ。どうせ、毎日、ろくなことしてないじゃない。毎日、ろくなことができずに、暗い顔をしているより、私の命令を黙って聞く毎日の方が、あなたにとっても楽しいし、意味があるよ。今を逃したら、ジラ、一生後悔するよ。眞知は、あなたがこれから一生のうちで出会うどんな女の子よりすてきよ。どんなすてきでない女の子も、あなたのことなんか相手にするわけないけど!」

 俺は、那加の迫力に圧倒された。那加はほんとうのことをいっているように思えた。俺みたいなやつが、彼女みたいなすてきな人を思うなら、自分なんてどうなってもいいという覚悟ぐらいしか、捧げるものはない。もしそれができないなら、俺は永遠にくずでいるしかないのかもしれない。那加の気まぐれか、それとも新たなからかいか、理由はわからないが、那加のいうとおりにしても、俺には失うものはあまりないのかもしれない。

「これが最後よ。もし、断ったら、次はないわ。あなたを解放してあげる。だけど、二度と眞知の姿を見ることも許さないわ。さあ、私の奴隷になりなさい。いいわね?」


 俺は唾をごくりと飲む。

そして、まるで魔法にでもかかったみたいに、那加を見上げて、俺はうなずいた。


「よろしい」

 と、那加は勝ち誇ったように言う。

「私の上履きの先にキスしなさい。それが契約の証。気持ち悪いけど、キスさせてあげる。ただし、なめないでよ。唇で触るだけ。私のスカートの中は見ないでよ」

 俺は言われたとおりにひざまずいて、彼女の「中井」と書かれた上履きの先の赤いゴムの部分に唇をつける。俺はプライドがないので、こういうことはさほど苦痛ではない。ゴムの匂いがする。

「よろしい。これであなたは私の奴隷よ。私の命じたことはすべて、口答えすることなく、黙って従うこと。いいわね」

 俺は黙って頷く。

「あなたの、唯一、いいところは、約束を守るってことだわよね。だから、大丈夫だと思うけど、私の見ていないところでもさぼったりしないのよ。わかった?」

 俺はもう一度頷く。

「私は、忠実な奴隷にとってはいい主人よ。だから、昨日も、授業中、助けてあげたでしょう? これからも助けてあげるわ」

「ありがとうございます。ご主人様」

「まず、これから二人きりの時は、昨日もいったとおり、私を那加と呼びなさい。二人きりの時は、いつでもそう呼んで、友だち感覚で話していいわ。ただし、誰かが一緒の時は、これまでと同じよ。他人行儀になって私を『中井さん』と呼びなさい。わかった」

「わかりました。那加……様、と言えばいいんですか」

「違う。『わかった、那加』よ。私はあなたを奴隷にしていることを人に知られたくないの。絶対に秘密よ」

「わか……った……那加」

「それと、私の許可がない限り、眞知には会いに行かないこと。駅で見るのも禁止よ」

「わか……った」

「それでいいわ。では、さっそく、最初の命令よ」

 確かに、俺は無謀だったかもしれない。しかし、とにかく俺は奴隷になる約束をした。そして、俺の地獄の日々は始まった。  



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