第48章 大大地フェスティバルが始まる話
大大地フェスティバルがいよいよ始まります
「いえーーい」
曇天の空の下、風に乗って、時折、ぽつりと雨粒を感じるような天候の中、冷たい風を切り裂くような雄叫びで、大大地フェスティバルは始まった。
学校の近くのちょっとした広場の隅にステージは特設されている。奥にはドラムとギターとキーボードを演奏する人たち。激しいドラムに早引きのエレキギターが絡む。その前で、ラメというのだろうか、きらきら光る紫色の衣装に身を包み、激しく体を揺らしながら叫ぶように歌っているのは、我らが大大地高校の校長先生だった。
ステージ前には生徒たちが、クラスごとに名前の順にきれいに整列して、唖然とした様子でそれを見ている。校長の歌はかなりうまい。ノリノリで歌って迫力もある。バックバンドも、かなり鮮やかにそれを支えている。けっこう見ごたえのあるステージではあるのだが、観客のノリはさすがにいまいちだ。なぜなら、今日は閉講式、つまり冬休み前の最後の全校集会なのだ。大大地フェスティバルを兼ねているとはいえ、「まず校長先生のご挨拶があります」というアナウンスのあとにいきなりこれだ。生徒としては、このノリについて行っていいのか、それとも、行儀よく聞いていているべきなのか、戸惑っているようだった。もっと前もって宣伝しておけばよかったかなとも思う。校長先生が、いきなりやって皆をびっくりさせたいというので、わざと伏せておいたのだが、びっくりしすぎて、みんな声も出ないようだ。それでも、少しずつは驚きも覚めてきたようで、最後に曲が盛り上がって、校長が、決めポーズをして曲が終わると、生徒たちから大きな拍手が沸き起こった。
校長は、ステージの前に進み出るとまるでロック歌手のように話し始めた。
「みんな、元気かーい。いよいよ、今年も終わるねえ。びっくりした顔をしてるねえ。まさか、校長先生が、あんなことをするなんてって顔をしてるね。実は、校長先生は若いころ、バンドに夢中になっててね、まあ、正直言うと、たまには、といっても、ごくごくたまにだよ、学校さぼったりもしてたんだわ。そのかわり、大学時代にはもうちょっとでプロと言うレベルまでいったんだよ。結局、何やかやあって、チャンスをものにできなかったんだけどね。あきらめて先生になって、それから、いつの間にか長い時が過ぎたねえ。今思うと、あっという間だったような気もするんだけど、とっても長い時が過ぎて、いろんなことがあった。つらいこともいっぱいあって、そういうときは、しょっちゅう、昔を思い出した。そして、いつかまたステージで思い切り歌ってみたいと思うこともずいぶんあった。だけど、そう思いながら、もう、まさかこんな形で歌う日が来るだなんて、考えもしなかったよ……あそこにいる、あの鯨岡生徒会長に出会うまでは……」
俺は、次に挨拶するので、ステージの下に控えていたのだが、校長が手招きするのでステージに昇って、校長のところに行った。校長は、友だち同士がするみたいに、いきなり俺の肩に手をまわした。
「みんな知ってるよね、生徒会長の、鯨岡君だ。みんなのジラだよ。女の子にすごい人気らしいじゃないか。はい、拍手」
うながされてぱらぱらと拍手が起きる。
「彼に言われたんだ。『今しかできないことがある』って。『いつか』を待っていても、それは絶対にやってこないって。私ははっとしたよ。その通りだと思った。教えられたよ。校長先生は、長い間、人に教えることをやってきた。長年の経験をもとに、どうすればいいかを若者に教えるのが仕事だと思ってきた。それがこの年になって、こんな若造に教えられるとは思っていなかった。だけどね、本当にそうなんだよ。『いつか』を待っていたら、決して、それはやってこない。『今しかできないことがある』……その通りだと思った。『歌いましょう。校長先生。歌うことが幸せだった時代があるなら、思い切って歌えば幸せになれますよ。ぼくたち生徒たちは、その幸せに拍手を送ります』って彼は言ってくれたんだ。私は感動した。この生徒会長は、こんなおいぼれの幸せのことまで考えてくれるのかって。だから、歌わせてもらったよ。楽しかったよ。そして、こんなおいぼれに、たくさんの拍手をありがとう」
前にもまして大きな拍手が起きた。俺も拍手した。この校長は人間味があって心の温かい人だとあらためて思った。この人が校長で本当によかった。
「この大大地フェスティバルの計画書を見せられて、私は、まず、よくできていると感心した。だが、時期が問題だと思ったんだ。性急にやるより、時期を見計らったほうがいいんじゃないかって。だが、説得されたよ。『今しかできないことがある』って。だから、思い切って今日、閉講式と重ねてやることにした。受験生のみんなも、今日だけは大いに楽しんでほしい。今は、『今しかできないことがある』。今を大切にしよう。そして、明日になったら、切り替えて、しっかり勉強してほしい。明日もまたこの言葉を忘れずにな。『今しかできないことがある』。じゃあ、もう一曲だけ歌わせてもらう。これも私のオリジナル曲だ。生徒一人一人への愛のメッセージだと思ってきいてくれたらうれしい」
カウントが入って俺は校長先生から離れ、次の曲が始まった。バラード風の愛の歌だった。なかなかいい曲だ。校長先生の才能は、確かに、なかなかのものだ。才能があると自負しているだけに、かなわなかった夢がいつまでも心の傷になっているのかもしれないな、と思ったりする。まさか、那加はそれを知っていて「校長先生に歌ってもらおう」といったのかな、という考えが頭をかすめるが、さすがに「まさか」だろうな。
校長先生のあいさつのあと、俺がステージに立つ。俺がステージに立っただけで色めき立つ一部の女子がいて、さすがに最近は沈静化してきてはいたが、俺の「ロバ」的人気はまだ消えてはいないようだ。
「みなさん、こんにちは。生徒会長の鯨岡です。俺からは皆様に感謝の言葉を述べさせていただきたいと思います。まず、このステージの設置、及び音響設備の設置を一手に引き受けてくださった軽音部の皆様に感謝いたします。軽音部の皆様には、校長先生のバックバンドもやっていただきました。校長先生のオリジナル曲をわずか一週間で、見事に演奏していただきました。その才能と努力にも深く感謝いたします。次に、この企画を承認し、積極的に援助してくださった校長先生をはじめとする先生方に深く感謝いたします。これまで、いろいろな点でアドバイスや援助をいただいただけではなく、今、この瞬間にも、こういうイベントでは、車の駐車が大問題になって、近隣住民に迷惑をかけかねないということで、多くの先生方が駐車場の整理をしてくださっています。生徒でやることも考えたのですが、危険だからまかせられない、と言って引き受けてくださいました。その愛情と責任感に頭が下がります。そして、本日の主役である生徒の皆さんにも、タイアップしてくださっている商店街の皆さんにも、改めて感謝いたします。フェスティバルの実現のために。これまで実に熱心に、入念に準備していただきました。みんなで協力し合って素晴らしい大大地フェスティバルを作り上げたいと思っています。今、広場の外には、すでに多くのお客さんがいらっしゃっているようです。予定時間より早いのですが、雨の可能性も否定できませんので、少し時間を早めて直ちに始めようと思います。このあとすぐに開門しますので、生徒の皆さんはすぐブースに行って、準備にかかってください。では、……」
俺は後ろを振り向く。準備はオーケーのようだ。
ドラムが鳴り出しバンドがファンファーレの音楽を奏でた。
俺が退くと、友部と赤塚先輩が、並んでステージの前に立った。絶対美少女と男らしいがっしりした赤塚先輩、こうして並ぶと、まさしく絵になる。
二人はそれぞれマイクを持って高らかに声を合わせた。
「ただいまより、大大地フェスティバルを、開始いたします!」




