第46章 俺が人気者になる話
マラソン大会の時ゴール前で俺は気を失った。すべてが終わったあと、保健室で目が覚めた俺に友部は自分のメダルをかけてくれたのだった
「ジラ、あなた、今、女の子にすごい人気ね」
マラソン大会から何日か過ぎたあと、朝、秘密の書斎への階段を上っていくと、那加が俺の顔を見るなり、そう言った。
「え?」
「みんな言ってるよ『ジラって、かわいい』って」
「ああ、かわいい……ですか」
マラソン大会が終わってから、時々、すれ違う女の子が俺の方を見て、クスクス笑っているのを感じることがあった。「かわいい」という声が聞こえることもあった。
「全く、ジラはほんとに絶妙なタイミングで気を失ったわ。ゴールまであと十歩というところで倒れて動かなくなっちゃうんだもの……すごい悲鳴が上がったんだよ。だってふらふらってしたかと思ったら、突然、ばたんと倒れたから。それを見たときは、正直、私も一瞬心臓が止まるかと思ったくらい……そのあと、すぐに保健室に運ばれて、保健の先生が見て、『大丈夫、一瞬気を失ったけど、今は眠ってるだけ』って言ったのよ。そのことを放送委員がアナウンスしたときも、ちょっとした騒ぎだったよ。まあ、そういうわけで、『新しい生徒会長』としてよりも、『必死で走りすぎて気を失った、お騒がせ男』として、ジラはすっかり有名人になっちゃったみたいね。なるほど、女の子にはこういうことの方がアピールするんだ、と私も認識を新たにしたわ」
「そうなんですか」
「私、実は、あなたが努力賞で一位を取れば、注目されるかなって、思っていたの。でもジラは、私の想像をはるかに超える方法で、実に、うまく有名になったわね」
「はあ、有名になったと言っても、人気が出たとしても、せいぜい、犬かウサギなみですよね。無害で、行動がかわいいから、っていう意味なんでしょう?」
「まあ、そうね。人気が出て、うれしくないの?」
「悪いことじゃないかもしれないけど、微妙ですね。この前も、外の掃除当番で、ほうきで落ち葉をはいていたら、知らない女の子が通りかかって、『ジラ』って呼ぶんです。手を振るから、一応、振り返したら、『あはは』って笑って行っちゃったんですよ。『かわいいね』っていってる声が聞こえて、これじゃ、動物園のロバと同じだなって思いました。からかいで手を振って、反応があったと言っては喜んでるんですから」
「ま、そうかもしれないけど、癒やし系でも愛されてるんだからいいんじゃないの?」
「俺にしては、それでも上出来ってことでしょうけど、俺としては微妙です」
「うふふ、ジラは、女の子の下半身を直撃するような人気者になりたいのね?」
俺は、目を丸くした。まさか那加まで、額田と同じことを言うとは……、
「聞いたことないの? 額田さんがよく言ってるじゃない」
やはり額田の受け売りか。
「あ、はい、マラソン大会の時、聞きました。『マラソン大会は、本来、女の子の下半身を直撃するためにあるんだ』って」
「え?どういう意味?」
俺は額田が一方的に話していたことを思い出しながら話した。
「この学校で一番のブスの私でも、俺なんかじゃ妥協できないとか言ってましたね、最後の最後に、もしかして、とか、頭を抱えていましたけど……」
「確かに、河合は、いつもジラにそんなこと言ってるよね?……ふーん」
那加は頭を少しかしげた。そしていたずらっぽい調子で言う。
「ジラ、それって、もしかして、彼女らしい、屈折しまくったジラへの愛の告白なんじゃないの?」
「まさか」
「まさか、いくらなんでも、ありえないか。じゃあ、ジラ、彼女にも相手にしてもらえないとなると、しかたないから、そのときは私が救ってあげようか。私も、一応、女だから……なんてね」
「ありがとうございます」
「まあ、冗談はさておき、冗談でなく、ジラには眞知がいるんだから、そんな、ほかの女の子の下半身なんか気にしないのよ」
「俺、気にしてませんよ。そんなこと、何も言ってないのに」
「うふふ、何も言わなくても、ちゃんと顔に書いてあるよ。私の目は節穴じゃないわ」
「わかりました。否定しません。さすがはご主人様。何でもお見通しなんですね」
那加は、時々、こうやって俺をおもちゃにする。
「ところで、今日はそれだけですか。今日の命令はないんですか」
「あるわよ。次の目標は、まず定期テストの一番を目指すわ。あと十日しかないから忙しくなるよ。『一番を取れば、透子さんとデートできる』という賭けはこのテストまで有効だからね」
「え、また狙うんですか」
「そうよ、友部透子とデートできるなんて最高じゃない? ま、ジラは生徒会でいっも一緒だから、慣れちゃっているかもしれないけど、あの人は本当に奇跡みたいな人よ。マラソン大会の時、保健室でジラにメダルくれたでしょ。あのときの彼女って、本当にきれいだったわ。私、彼女に恋しちゃったよ。ジラ泣いてたでしょ……」
「泣いてはいませんよ。泣きそうにはなりましたけど」
「うそ、泣いてたよ。自分で気がつかなかっただけ」
そう言われると、正直、自分でも自信がなかったので、俺は黙っていた。
「とにかく、テストの目標、1位。今日から必死で勉強するのよ。また教えてあげるから」
「はい、ありがとうございます」
「それから、『大大地フェスティバル』の準備も出来るところから、始めていくよ。このメモを読んでおくこと」
「はい、わかりました
メモを受け取ると、話が終わったので、俺は階段を降りて、教室に向かった。
廊下で1年生らしい女子たちが何人か歩いてくるのとすれ違った。「ジラ」と呼ぶので振り返る。知らない子だよな、と思っていると「おはよう」と手を振るので、一応、俺も振り返す。女子たちはクスクス笑いながらいってしまった。まただ、と思う。ロバかハムスター程度の存在かもしれないが、これもうれしいかもと思ったりする。とにかく、那加の奴隷になる前は、女の子にも男の子にもいるかいないかさえ気づかれない存在だった。そんな俺が、どんな形であれ女の子の人気者になるなんて、改めて考えてみると奇跡のような不思議な感じがした。
次は学年一位か。
あの友部を抜くなんて、それこそ奇跡のような話だが。




