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第45章 マラソン大会が終わる話

マラソン大会もいよいよ最後、全力で走る俺は、ゴールまであと十歩ののところで地面に倒れ込んでしまった

 夢を見た。俺はベッドに横になっていた。手に何かが触ったので見ると、那加がベッドの脇にひざまづいて、両手で俺の手を取っていた。

「気がついたのね。よかった。ごめんね。無理させちゃったね」

 那加はかすかな声でそう言った。「もういいよ。もう休んで」

 手の上に暖かいものが落ちた。涙かなと思った。でも大きなマスクと黒い眼鏡越しに涙が落ちるはずもない。ああ、これは夢なんだな、と思った。そして、俺はまた深い眠りに落ち込んでいった。


 騒がしさに目が覚めた。

 まず見知らぬ天井が見えた。

 あれ!? ここはどこだ? 俺はここで何をしているんだ? 

「ああ、鯨岡君、目が覚めたの?」女の人の声が聞こえた。聞き覚えのある声だ。誰だっけな。ああ、思い出した、保健の先生の声だ。そうだ、俺はマラソン大会の途中……

 俺は、がばっと起き上った。ゴールはどうなった!

 起き上がってびっくりした。

 そこは学校の保健室だった。

 たくさんの人が部屋の中にいた。

 その中から、進み出て俺の前に立ったのは友部だった。

「よかったわ、ジラ。目が覚めて。ずいぶん目が覚めないから、みんな、心配してたのよ」

 それから、両手を合わせて頭を下げた。

「ごめんね。あの時、苦しそうだなとは思ってたのに、そのままにしちゃって。私が、何かしてあげるべきだったのに」

「え?」

 最初、何のことかわからなかったが、記憶がよみがえってきた。俺はゴール直前で倒れたんだった。そして、意識を失っている間に運ばれて、保健室に寝かされたんだろう。

「大丈夫よ。一時的な『失神』というやつで、たまにはあるのよ」

 と保健の先生が口をはさんだ。

「普通は十分もしないうちに気がつくんだけど、鯨岡君の場合、意識が戻っても疲れでそのまま寝込んじゃったのね。眠ってるだけで、呼吸も脈も正常だから、救急車も呼ばなかったくらいよ。今は、こうして目も覚めたし、もう、何の心配もないよ。まあ、最初はびっくりしたけど」

「大丈夫なのね。倒れたって聞いた時は、びっくりしちゃって。ほんとに具合悪そうだったのに、私、何もしてあげなかったから」

 そうか、第4休憩所で俺に声をかけてくれた時のことを言ってるのだなと思い当たる。

「そんな、そんな。何を言ってるんですか。運動音痴が無理をしてこけただけです。ゴール目前で意識が遠くなって、もう何もわからなくなっちゃって、でも、今はもう何でもありません。みなさんに迷惑かけてすみません」

 俺は友部とその向こうにいる人たちに向かって頭を下げた。酒出やソフト部の1年生、菅谷や青柳を含めたクラスメート、生徒会のメンバーや小尾先輩と額田もいる。隅っこに那加もいた。

「まあ、よかったよ、無事で」

 赤塚先輩や後台先輩、生徒会のメンバーが俺を取り囲んだ。

「今回のマラソン大会は大成功よ。みんなとても喜んでいるわ。鯨岡会長だけが表彰式に出られなかったのは残念だけど」

「終わったんですね」

「うん、たった今、終わったとこ。」

 そうか、たった今、終わったところか。だから帰りがけに、皆、寄ってくれたんだな。

「みんなから、面白かったって言われました。今日のマラソン大会、大成功だったと思います」

 内原先輩がうなずきながら言う。

 多賀先輩がうれしそうに俺の顔をのぞき込んだ。

「メダルを友部副会長からかけてもらって、男子は大喜びだったよ」

「最下位賞も大きな拍手をもらってたな。俺は、あれだけは不安だったんだが、悪くないなって思った」

「最下位賞は会長はもらえないのね。間違いなく最下位だけど」

「ゴールすることが条件だからね」

「今からゴールしたらどう?」

「あはは、さすがに遅いよ」

「もしゴールできてたら、努力賞は会長のものだったんでしょ? 高萩くん」

「そうですね。順位は70位代ですから、持ち点との差で言えば、ぶっちぎりですね。とは言っても、会長は持ち点が最下位ですから、申し訳ないですけど、もともと、圧倒的有利だったと言うしかないですが」

「そう言ったって、同じくらい足の遅い人はいたわけだから、立派よ」

「校長先生も、最後の挨拶で、会長のことをほめてましたよ。あの走りには、メダルはなくても努力賞がふさわしい、って」

「メダルはあるわ!」と友部が言った。そして、まだ首から提げていた女子1位のメダルを首からはずした。

「赤塚先輩にかけていただいたメダルだけど、私からジラの努力賞に贈らせてもらうわ。ジラに持っていて欲しいの。私の走りより、ジラの走りの方がメダルにふさわしいと思うから」

 そうして、メダルを持って俺に近付いた。

 メダルをかける動作は人を抱きしめるときの動きに似ている。座ったままの俺にメダルをかけてくれる友部の顔や胸の膨らみが俺の顔にかすかに触れそうになるのを、俺はどきどきしながら感じていた。

「おめでとう」

 友部は俺の手を取ってしっかりと握ってくれた。やわらかくて美しい手だった。

「おめでとう、ジラ。あなたの勝利よ」

 期せずして拍手がわき起こった。青柳も菅谷も、額田も小尾先輩も拍手していた。酒出は大宮先輩のそばで、ハンカチを眼に当てて、泣きながら拍手していた。俺は思わず目頭が熱くなって、額に手をやった。

 部屋の隅っこで、那加も拍手しているのが眼に入った。マスクとめがねで表情は全く見えない。ご主人様は何を考えているのだろう。

 すみません。俺は……、と俺は頭の中で那加に言った……どうしても、あと一歩が届かないみたいです。


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