第42章 第三休憩所で額田に会う話
第二休憩所でみなみんと握手した俺、第3休憩所に向かいます。
マラソンコースは田んぼの中の畦道に差し掛かった。広々とした田んぼの向こうに、遠い山並みが見える。ところどころ雑草の生えた砂利道なのでちょっと走りにくいが、俺は必死で走った。また、何人か抜くことができた。
頭の中に、さっきの酒出の瞳が、焼き付いて離れなかった。酒出は、みんなに憧れられている美少女だ。その美少女が、俺の姿を見つけると、わざわざ友達に仕事をかわってもらって、俺のところに駆けつけてきて、ポタージュを渡してくれた。そして尊敬と信頼の入り混じった、まるで恋しているとさえ言っていいようなまっすぐな瞳で俺を見つめ、俺と握手したいと言って手を差し出すのだ。
俺は素直にうれしかった。
だが、何もかも、那加が俺の上に築き上げた虚像のせいだということを俺だけが知っていた。酒出は、かつてソフトボール部のマネージャーとしてやったことも、このマラソン大会の実施もすべて俺が自分で考えてやったことだと思っている。今、俺が必死で走っていることも、俺の意思だと思っている。まさか、それがすべて、那加の命令だなんて、もちろん、わかりようはずがない。
俺の脳裏には生徒会のメンバーの顔が浮かんだ。生徒会のメンバーはこのマラソン大会のために、実によく働いた。途中に4か所も休憩所を設けて、それなりの食べ物、飲み物を提供するというアイディアを現実にするのは相当の労力だ。それを体育委員や地元商店の協力を得ながら一から作り上げたのだから、本当に素晴らしい働きだった。
もちろん、俺も、できる限りのことはしたが、他のメンバーには、とうていかなわないと素直に思う。彼らが、一致団結して、事に当たる情熱とエネルギーのすばらしさに俺は感動していた。本当になんて素晴らしい人たちばかりなんだと思った。友部も、相変わらず俺には厳しい口調だったが、人一倍働いていた。友部がいなかったらこれほど多くの商店の協力は得られなかったに違いない。
そして、その素晴らしい人たちが、俺を大切な仲間の一人として扱ってくれた。ずっとボッチだった俺にとっては、初めての素晴らしい体験だった。
俺はうれしかった。みんなと同じ熱気を共有していることが楽しかった。しかし、そうやって、みんなと笑顔をかわしながら、同時に、孤独を感じる瞬間があったことも事実だった。本当の、那加の奴隷でない俺は、こんなところにはとてもいられない、クズなやつであることを、俺だけがよく知っていたからだ。みんなが特に評価してくれる俺のアイディア力はすべて那加の頭脳から出たものだし、俺の努力もすべて那加の命令でやっていることだ。過大評価どころかゼロのものを100に評価されているからこそ、ここにいられるのだ、と思うとやり切れない気分になることがあった。
俺がここにいていいのか? ほんとにこれでいいのか、いいはずがない、という気持ちが、いつも、頭のどこかに引っかかっていた。だが、だからといって、どうしたらいい?
今の俺には、那加の命令に従うこと以外の選択肢は思い浮かばなかった。
考えるな、考えるな、と、もう一度、俺は自分に言い聞かせた。奴隷には、命令に従う以外の選択肢はない。
とにかく走って1位を目指すんだ。よし、あの二人を抜くぞ。俺は加速した。
第3休憩所のチェック係は多賀先輩だった。多賀先輩は美少女とは言いにくいかもしれない。少し太り気味で優しい目をした丸顔の先輩で、お母さんタイプという表現がふさわしい気がする。とても面倒見のいい性格で、力も強く、いかにも頼りになる感じの人だ。
「ジラ会長、がんばってるね。これなら上位グループに食い込めるかもね」
多賀先輩は友部が大のお気に入りで、何かと一緒にいる。友部も頼りにしているようだ。包容力という意味では、生徒会の中でも一番だろう。接していると何か安心できる、すてきな人だ。友部が俺のことをジラと呼ぶので、それをまねて、最近、俺のことをジラと呼ぶ。
足も心臓も限界なので、近くの椅子にどんと座り込んで、はあはあと息をしている。誰か、何か、持ってきてくれないかとちょっと期待したが、誰も何も持ってこない。
見ると、たこ焼きのところに、たくさん人が集まっている。たこ焼きは時間がかかるので作り置きする予定になっていたのだが、たぶん作り置きが底をついて、追加をてんやわんやで作っているのだろう。どこの休憩所にも、こうしていろいろなものを調達しては来たが、ものによっては時間がかかりすぎるようだ。作り置きがなくなったらおしまいでいいと思うのだが、材料があれば作りたくもなるだろう。マラソンの順位など気にせず食べていきたい奴もいるだろうから、話がややこしくなる。
もう少し提供方法を練っておくべきだったかな……まあいいか。那加だったら「いいのよ。みんながマラソン大会を楽しめれば、少しぐらい混乱して、何の問題があるの?」と一言で片づけてくれそうだ。
小尾先輩はここに那加と額田がいるといっていたが、いたとしても完全に忘れられているらしい。まあ、どっちにしても、ご主人様が俺のところに来てくれることはないだろう。額田も、那加とは違った意味で、俺のことを奴隷程度にしか思っていないから、きっと、俺のことなど忘れているのだろう。
息も少し落ち着いてきたので、あたりを見回すと、少し先に、誰もいない麦茶のサーバーが置いてあったので、せめてのどを潤しておきたくなって近づいていった。しかし、コップがない。きょろきょろしていると声をかけられた。
「ジラ、早かったな。どうしたの?」
振り返ると、額田河合だった。紙コップを持っている。
「ジラがまだ来るわけないと思って、油断していたっす」
額田は、机のなかを覗き込むと、中からたこ焼きを取り出し、俺にさしだした。
「ジラが来る頃には、絶対、なくなっていると思って、とっておいたっすよ。わっしに感謝するんだな」
そして紙コップを一つとると、麦茶を注いで俺に渡した。全く、どういう風の吹き回しだ。いつも俺を馬鹿にしきっている額田が、妙に親切だぞ。
「ジラのずるがしこさには恐れ入ったっすよ。だけど、わっしにはお見通しっす。みんなのため、とか言いながら、実は、このマラソン大会は、ひたすら、ジラに都合よく作ってあるっすね。確かにこれだけ休憩所があればつらい距離を必死で走らなくてもすむし、どうしようもない鈍足も目立たない。おまけに女の子にジュースをもらえてご機嫌だ。普段、全く、女の子に相手にされないからって、ここまでして女の子にジュースもらいたいかねって、わっしは、ジラのスケベ根性につくづく感心だよ。みんなをだまして生徒会長にまでなって、ここまでやるかね」
「いや、まさか……そんなつもりでやったわけじゃないよ」




