第40章 休憩だらけのマラソン大会の話
那加の考えたマラソン大会のプランは生徒会役員たちにあっさり承認されて、そのままの形で実施されることになりました。
マラソン大会の当日は、初冬らしい透き通るような快晴だった。寒かったが風もあまりなく、絶好のマラソン日和だった。
午後1時、男子のマラソンがスタートした。俺もスタートラインにひしめく生徒の中にまじって走り出す。最初はみなすごい勢いで走り出すので、俺も負けじと走ったが、いかんせん脚力の差は歴然で、次から次へと追い抜かれて、100mもしないうちに列の後方に追いやられていた。
「やっぱり、だめか」
那加の命令で、この2週間は、学校の行き帰り、走って登下校していた。走るのにも少し慣れてきたかなという感触もあって、体育の時間のマラソン練習でも少しは手ごたえがあるような気もしていたが、本番になると、みんなの本気度が違うらしい。まして、今回はいろいろと景品が出る。上位者はいつもと同じメダルだけだが、今年はその授与式がいつもと違う。校長が全員に賞状を渡すのはいつもの通りだが、そのあとプレゼンターが直々にメダルを首にかけてくれる。男子の首には副会長の「絶対美少女」友部が、女子の首にはイケメン副会長の赤塚先輩がメダルをかけてくれる。ただそれだけのことでも、みんなを一層はりきらせるのには十分だ。
それだけではない。休憩所には飲食物が用意されているのだが、数に限りがあって、早くいかないとなくなってしまうものもある。だから、まずは第一休憩所へ早く着きたいとみんなも急いでいるのだ。みんなが本気では、俺の足で追いつけるはずもない。俺はかなり順位を落として第一休憩所に入った。
「ずいぶん遅かったですね。会長」入り口に待っていた内原先輩が、俺が首から下げていたIDカードをチェックしながら言う。全く、このめがね美少女は、とても丁寧な口調で思ったことずばずば言う。
各休憩所の入り口には生徒会役員か体育委員が待機していて、入る生徒、出る生徒のIDをチェックする。新役員の高萩は本当にコンピューターに詳しく、IDカードによって休憩所の出入りをチェックするシステムをたちどころに作ってくれた。このチェックを受けることで、休憩所にいる時間は走行タイムから差し引いてもらえるのだ。
那加の考えたマラソン大会には、途中に休憩所が何と4つもある。その休憩所全部に入ってもいいし、入らなくてもいい。15分以内なら何分休憩してもいい。入った時間は差し引いてゴールまでかかった時間のトータルのタイムで順位を競うのだ。
「ジラ、遅かったわね。もうアイスはなくなっちゃったわよ。と言っても、午前中に、女子がみんな食べちゃったみたいだけど」
と、小尾先輩が紙コップを持ってやってきた。今日は、あの腰まである長い髪を編んで芸術的な複雑なお団子を作っている。ジャージを着ているので胸のふくらみがよりはっきりして、ヴィーナスの名にふさわしい、美しいプロポーションがとても魅力的だ。
「せめて、ジュースをあげるね」
「あ、すみません」俺はジュースを受け取ると、近くの椅子に座って息を整える。俺なりに必死に走ってきたので、心臓はバクバクしているし、呼吸もまだ苦しい。
ジュースは冷たくておいしかった。飲みながら俺はあたりを見回す。女の子たちが、走ってきた男の子たちにジュースやお菓子や軽食を手渡している。この食べ物、飲み物は地元の店から安く、場合によっては無償で提供してもらったものだ。もちろん、それを手に入れるためには、俺たち生徒会は、手分けして走り回ったのだが。
みんな楽しそうに何か話している。あちこちで笑い声が聞こえる。冬の澄み切った明るい日差しの中で、みんなが輝いているように見えた。確かにこれなら楽しい、と俺は思った。ひたすら走るのではなく、ある程度走れば、休憩ができて、かわいい女の子や、場合によってはあこがれていた先輩が、ジュースや食べ物をにこやかに提供してくれるのだ。男として嬉しくないわけがない。そして、そのあとも、またちょこっと(と言っても2kmは俺にとっては簡単な距離ではないが)走れば、次の休憩所があって、別の女の子と食べ物、飲み物が待っているのだ。女の子だって、憧れの先輩と「ジュースをいかがですか」「ああ、ありがとう」なんて会話ができたらうれしいに違いない。とにかくみんなの距離を近づけてくれることは確かだ。確かに楽しい企画だ、と改めて思う。那加に言われたときには、休憩だらけのマラソン大会なんてありなのか、と信じられなかったが、今は、確かにこれでよかったんだと思える。
ちなみに、午前中は女子と男子が入れ替わって、同じことがすでに行われている。俺はIDチェックの仕事に追われていて、じっくり様子を観察することはできなかったが、同じように明るい雰囲気が流れていることだけは感じていた。
ついでにいうと、女子の優勝は、友部だった。まったくどこの休憩所にもよらず軽々と走りぬいた友部の圧勝だった。まったくとんでもないスーパーアスリートである。それぞれの休憩所で友部が来るのを心待ちにいていた男子の期待をあっさりと袖にするのも、いかにも友部らしい。
「ジラ」と呼ばれたのでふりかえると、ソフト部の1年生の稲田が、俺に手を振っている。何となく嬉しくなって、俺も手を振り返すと、稲田は近付いてきて、俺の手のひらに手のひらを合わせた。冷たいが柔らかい女の子の手だった。
「がんばってる? みなみんが次の休憩所で待ってるよ。もう一頑張り、がんばってね」と言うと、もう一回手をぱちんと叩いて去って行った。彼女の楽しい気分が伝わってきて、うれしくなった。
「ジラ、もてるんじゃない!」
近くで見ていた小尾先輩が、俺のからになった紙コップを受け取りながら言った。
「河合が、『ジラなんて、どうせ女の子に相手にされないんだから、せめてわっしたちで面倒見ましょう』って言っていたから、そのつもりで、ジュース、持って来てあげたんだけど」
「いや、まったくもてないっすよ。今のはたまたまで……、お気遣いありがとうございます」
「那加と河合は第3休憩所にいるから寄るといいよ」
「いや、俺はどうせ全部の休憩所に寄るつもりです。休憩所を最大限に利用してその間の区間を俺なりに全力疾走しないと勝負にならないんで」
俺は立ち上がった。15分以上休むと、オーバー分はタイムに入ってしまう。そろそろ行かなくては……
休憩所の出口で、IDカードをチェックしてもらっているとき、青柳の姿が見えた。何か飴のようなものを配っているようだ。中学の頃だったら幼なじみの俺に気を遣って俺のところにも来てくれたろうに、最近、なんとなく距離を置かれている。取り巻いているのは俺の友だちというか三流仲間だ。青柳は、誰に対しても、その美しいほほえみを見せてくれるので、特に俺たち三流グループに人気がある。行けば一言ぐらい話せたかもしれなかったな、とちょっと心残りの気持ちで、出口をでた。
さあ、とにかく、無駄でも、努力賞を目指して俺の出来る全力疾走を……とりあえず、次の休憩所をめざして。




