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第4章 眞知という妹の話

自転車でぶつかって怪我の補償に貢物をさせられてきた俺に、那加は衝撃的に美しい少女の写真を見せます。

 声がうまく出せずに、かすれた声で俺は聞く。

「妹よ。さすがに、これはとびきりよく撮れているとは思うけど、すごくかわいいでしょ。天使よね。ただきれいなだけじゃないのよ。見た目の通り、純粋で、性格もとびっきりいいのよ。私の自慢の妹……本物に会ってみたくない?」

 俺は返事が出来なかった。会ってみたいかと言われれば、それは会ってみたい。だが、会ってどうなる。話をしたってどうせ相手にされない。俺にとってはどこかのコンテストで選ばれる国民的美少女と同じことだ。

「会いたいんでしょ。会わせてあげるよ。それ以上よ、ジラと彼女をデートさせてあげる……ただし、一つの条件を承知してくれたらね」

 俺は、目の前のマスク少女を見つめる。黒ぶち眼鏡に隠れて、まったく表情は見えない。だが、この写真の少女が本当に那加の妹だとしても、那加は俺をからかって喜んでいるだけだということぐらいは俺にだってわかる。どう考えてもつり合うわけないし……どうやら、那加は俺をいじめる新たなネタを見つけたらしい。

 さて、どういう返事をしたものか。

 そもそも、那加はこの話で俺をどうしたいのか、さっぱりわからなくて俺は返事をためらった。

「会ってみたいでしょ」

 どうやらそう言わせたいんだな、と思った俺は答える。

「会えるものなら会いたいですけど、でも、その条件をクリアするのは無理そうだから、あきらめます」

「あきれた。なんて根性がないの。そんなこと言うと思ってなかったわ。あなたの好きなラノベの世界では、主人公はヒロインのためなら、どんな困難にも負けず、何でもするんじゃなかったの?」

「いくら俺でも、現実と小説の区別ぐらいつくので……それに、それはかっこよくて女の子にもてまくる主人公の話であって、俺は、名前さえ出てこない、セリフもないモブキャラなんで」

「だから、主人公にしてあげるって言ってるのよ。こんなチャンスを逃しちゃいけないわ」

「いったい、その条件って何なんです」

 那加はにやっと笑った(ように見えた)。

「やっとその気になった? 簡単よ。条件はね。私の奴隷になること」


「はあ?!」

 俺は思わず大きな声を出した。さすがにびっくりした。

「奴隷ですか」

「そうよ。奴隷という言い方が悪ければ、無条件に私の言うことに黙って従うこと。たとえば、『靴をなめなさい』って言われればなめるのよ。もっともそんなこと言うつもりはないけど。ジラにそんなことさせたら、かえって気持ち悪いから」

 な、何なんだ、このマスク女は……と俺は内心思った。とても、この発想にはついていけない。これまでだって、おとなしく貢物を差し出しているのに、これ以上俺に何をさせたいのか。

 俺の不注意でけがをさせてしまったのは事実なので、貢物は、まあ、仕方がないと自分に言い聞かせてきた。しかし、奴隷という言い方はさすがにきつい。奴隷になって、交換条件で、その写真の子に一度だけで会ってみたとしたって、軽蔑か無視かされていやな思いをするだけだ。ろくなことになるはずがない。

「いや、それはさすがに……」

「いい? よく聞いて? ジラ、あなた、毎日楽しい?」

「楽しいかって? いや、そう聞かれれば楽しくはないですよ」

「どうして?」

 だって、あなたに、毎日、貢ぎ物を持ってくるだけでも大変なんだから……と内心は思ったが口には出さなかった。

「忙しいし、勉強も大変だし」

「違う!」

 と那加はきっぱり言った。

「女の子にもてないからでしょ」

「それはそうだけど、それだけじゃありませんよ」

「いいえ、それだけよ。それ以外にないわ」

 なんでそんなことを断定するんだ、こいつは、と思ったが、これも口には出さなかった。こんなことで言い争っても意味がない。

「別に、それならそれでもいいですよ」

「想像してみてよ。こんなかわいい子と今度の日曜日にデートの約束があるのを想像してみて。彼女もジラが好きで会いたいなって思ってくれてると思ってみて。そんな状況だったら、毎日が天国だと思わない?」

「思いますよ。でも、そんなラノベみたいなこと起きるわけがないじゃないですか」

「全く、ジラは優柔不断もいいとこね。いいわ、もう鐘が鳴るから、この続きはまた明日にしましょう。ジラ、明日はプレゼントはもういいわ。かわりに私からのプレゼント」

 那加は、腕を組んだ。

「明日の朝、大地駅に行くといいわ。眞知―って、この私の妹、毎朝、大地駅七時一二分発の電車で水都に通ってるの。水都二髙生なのよ。だから、当然、水都二高の青い制服を着ているわ。たぶん、ホームの反対側の金網越しに、けっこう近くで見られると思うわ。見ておいで、そしたら、あなたも決心がつくと思うから……」


 そんなこと言われても、と俺は思った。

 行ったって、何になる、と俺は思った。

 しかし、結局、俺は見に行った。そして、金網越しに、ホームに立つ彼女を見た時、俺はもう一度、心の底から衝撃を受けた。

 本物は写真以上に美しかった。信じられないほど。

 

 授業が始まっても、今朝見たばかりの彼女の姿が目に焼き付いて離れなかった。

 あんなに美しい子がこんな近くにいたなんて……。


 那加はなぜ、俺に、彼女の存在を教え、「奴隷になればデートさせてあげる」なんていうのだろう。要するに、すべては俺を釣るための、俺をからかうための材料にすぎないんだろうな、と思った。俺がもてないということをよく知っているから、とびきりの美少女を見せれば簡単に釣れると思ったのだろう。まあ、事実、実に簡単に釣られてしまったわけだが……いや、簡単につられすぎだろうが……、それにしてもどうせ相手にされないと思っても、あの子の美しさは魅力的だった。一度だけ話すだけでも……とも思ったが、たった一度きりの会話が、奴隷と引き替えでは……それにしても、奴隷ってどういう意味だ?

俺の頭の中ではいろんなことがグルグル回って授業どころじゃなかった。

突然、指された。

俺は焦った。黒板は見ていたが、問題さえ聞いていなかった。びっくりした俺はずいぶん間抜けな顔をしていたろうと思う。

「あ、えーーと……」少し沈黙が流れた。

ふと少し前の方に座っていた那加が、俺の方を振り向くと、ノートに「4」と書いたものをさりげなく立てた。また、俺をからかっているのかとも思ったが、思い切って「4」と答えてみる。

「おお、よくできたな」と珍しく感心された。「だいたい2って答えるやつが多いんだが、ひっかけなんだよな。どうして4にした?」

「あの、それは、適当に、というか……」

那加がまたノートを見せる。

「あの、前が、「to」だから……」

「そのとおり、よくわかったな」

 珍しく感心された。那加のおかげだ。

 それにしても、どういう風の吹き回しだ。俺を助けてくれるなんて……これも、なんかの作戦のうちなのか?


 那加は明日も見に行っていいといっていた。乗る電車も教えてくれた。

 結局、次の日の朝、俺は眞知を見に行った。すれ違えないかと思って駅前の方にいってみたが、結局、会えなかった。仕方がないので、ぐるっと回ってホームの反対側にある昨日の場所に行くと、金網越しに彼女を見つける。

 昨日より一本早い電車だったので、ホームの混み方は昨日ほどではなかった。昨日と同じように、ホームの端の方に鞄を両手で持って、妖精のようにすっと立っている。透き通った肌に朝の光がはじけて、まるでそこだけうっすらと輝いているように見えた。

 電車がやってきて、彼女を連れ去ってしまったあとも、俺は自転車にまたがったまま、しばらく呆然としていた。


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