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第31章 俺の選挙運動が続く話

会長に立候補した俺、那加の命ずるまま選挙運動を始めたのですが

 始業時間が近づいてきて、たくさんの生徒が、同時に、しかも急いで登校する時間になると、さすがに握手は難しくなったので、校門のわきに立って、大声で名前を連呼することにした。

 流れていく人の波の中に、まるでスポットライトを浴びたように輝いている美少女を見つけた。青柳佐和だ。彼女にだけは話しかけなければと思った。

 青柳は俺の幼馴染で、小さい頃からずっと仲良くしてきた。少なくとも小学校までは一番の友達だった。

 彼女はとびっきりの美少女だ。委員長のような非の打ち所のない美しさとは少し違う、人間的な弱さ、愛らしさ、ある意味で幼さのある少しふんわりした美しさだ。愛らしい美しさだ。だから俺の周辺にいる3流気味の男子の間では非常に人気がある。明るくて優しいので女子にも人気がある。幼いころから大の仲良しで来たのに、残念なことに、中学校の頃から人気者の青柳と日陰者の俺ではクラス内のランクで差がついてしまって、少しずつ疎遠になってしまっている。特に最近は少し他人行儀になってしまっているが、たぶん、まだ友達の一部には入れていてくれるはずだ。青柳はおとなしくて引っ込み思案のところはあるが、とにかくやさしい性格で、困ってる人をほおってはおけない性質なので、たぶん、俺の話も聞いてくれるだろうという確信があった。とにかく、聞いてくれる人には誠実に話をしなければ、という思いで人の波をかき分けていくと。案の定、青柳は近づいてくる俺を見ると立ち止まってくれた。

「鯨岡君、選挙運動頑張っているんだね」

「はい、会長に立候補してます。よろしくお願いします」

「知ってるよ。みなみんに責任者、頼んだんでしょ。がんばってるね。クラスの女子は、鯨岡君と透子さんにみんな投票すると思うよ。もちろん、私も鯨岡君に入れるよ」

「あ、ありがとうございます」俺は頭を下げる。クラスの女子は、普段、俺との接触は全くないが、それでも俺のことを少しは気にかけてくれているらしい。まあ、那加もいるし、委員長も立候補するし、いくらかは後押ししてくれているんだろう。

「友達にも頼んであるし、ね」

 と青柳は隣を振り向く。隣にいたのはきれいな顔の男の子……と、一瞬思ったが、よく見ると女子の制服を着ているし、胸もあるし、れっきとした女子らしい。

「鯨岡、おいらのこと覚えてる?」

 と、言われてびっくりするが、どうも見覚えがない。

「おやおや、おいらを知らないで、よく佐和ちゃんの幼馴染なんて言えるね。おいらは佐和ちゃんの中学時代からの大親友の矢祭麻耶だよ。中学時代も君とは顔を合わせてるんだぜ。同じクラスになったことはないけどね」

「あ、そうか。矢祭さんだよね、ごめん、最初、ちょっとわからなかった」

 名前を聞いて思い出した。この男子みたいな口をきく少女は、確かに俺や青柳と中学で一緒だった。中学生のころは針金みたいにやせていて男の子みたいに飛びまわっていた。髪も短くて、ニキビもあって、ほんとにダサい男の子(俺みたいな、か?)のような子だった。しかし、今、目の前にいる矢祭は背も伸び、胸も少しふくらんで体つきも女性的になっていた。顔も少し女性的になって、ニキビもなく、なめらかなきれいな肌をしていた。ただ、男の子のように髪は短いし、切れ長の鋭い眼をしているので、美少女、というよりは美少年という感じのきれいさだった。

 そういえば、と、ヴィーナス先輩と額田が美少女だ、いや美少年だと言って騒いでいた風景が、一瞬、脳裏をかすめる。そうか、あの二人は矢祭のことを騒いでいたんだ。このきれいさなら確かに二人が大騒ぎするわけだ、と俺は思う。

「大事な有権者の顔を覚えてないなんて会長失格だけど、おいらも鯨岡に投票するよ。佐和ちゃんの大事な幼馴染だからな。友達にも頼んでおいてやる」

「え、本当ですか、ありがとうございます」

 俺は頭を下げる。

「じゃあね、遅くなっちゃうからもう行くね。頑張ってね、応援してるから」

 始業の時間が近くなっていたので、二人は急いで行ってしまった。俺も校舎に急ぐ。しまった、握手するのを忘れたな、と思ったが、もう遅い。でも、俺の胸は暖かだった。俺の票は3票よりはだいぶ多そうだぞ、と思う。1年生は同学年のよしみで結構入れてくれるかもしれないな。同じ理由で2年生は赤塚先輩に投票か。とすると、問題は3年の票だな。3年はもうあと半年もないから、あんまり関心なさそうだが……直近のマラソン大会で賞品を出すと言えば、自分にも関係あるから、入れてくれるかもな、と思う、そこらへんも那加の計算に入っているのかな。とすると、やっぱり那加の言うとおり、勝負は公約をちゃんと理解してもらえるかだな。今日も放課後、頑張るしかないか。


 放課後、校門のわきでたすきをかけていると、酒出がやってきた。

「ジラ、今日もやるのね。私たちも手伝うよ」

「え?」

 見ると、後ろに笠間たちソフトボールの1年生6人も来ている。ソフトボールのユニフォーム姿だ。

「見て、これでいいでしょ?」

 段ボール紙に白い紙を張り付けたプラカードを持っている。4人のには「鯨」「岡」「高」「志」と大きく1字ずつ書いてある。残りの3つには公約が一つずつ書いてある。

「わあ、すごい、こんなの作ってくれたんだ」

「今日の昼休み、みんなで集まって、ジラを応援しようって話になって、大急ぎで作ったの」

「これをもって、みんなで大声張り上げて、よろしくお願いしまーすって言おうと思うけど、いいよね」

「ありが・と・」

 俺は、一瞬、言葉に詰まった。

「泣きたいぐらい、うれしいよ」

 決して大げさでなく俺はそう言った。

「よかった」

「でも部活あるんじゃない?」

「大丈夫。始まる前の30分だけやるから。どうせ準備だし、2年生にも許可もらったし」

「ありがとう……本当にありがとう」

「じゃ、始めよう。みんなどんどん来てるし」

 俺たちは、変える生徒の群れに向かって声を張り上げた。

「会長立候補の鯨岡でーす」

「公約は必ず実現しまーす」

「よろしくお願いしまーす」

 さすがにソフト部のかわいい女子が7人もせいぞろいしていると、俺一人だった昨日とは違う。けっこう立ち止まってこっちを見てくれる。中には、ひそひそと話をする子たちもいる。助かった。これなら、俺の知名度も上がるし、3年生に公約を理解してもらえるかもしれない。

 俺は昨日よりもずっと思い切って声を張り上げた。


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