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第251章 初夜の練習についての那加の提案

那加は誰よりも俺が、ジラの仮面をかぶった三流男だと知りつくしているはずだった。

「つまり、それほど透子さんが好きだってことね。うん、ジラらしいよ」

「どういうことです?」

「ジラが本当に欲しいのは、透子さんの心なんだなっていうことよ。いい? 男なんてのはね、って、私が言うのもなんだけど、女の子の心なんかいらないのよ。欲しいのは体だけ。全部の男が、とは言わないよ。でもそういうのがいっぱいいる。適当な言葉で女をだまして体を抱いて、それを自分の勲章と思っているようなやつ。だから、女の子の価値も、顔がきれいかどうか、スタイルがいいかどうか、外見しか見ない」

 そう言われると、耳が痛いなと思う。那加との奴隷契約のきっかけは、俺が眞知の美しさに魅了されたことだった。

「だけど、ジラは違うのね。美少女たちからのおいしすぎる提案に飛びつきながら、自分は本物でないから、飛びついちゃいけないとも思っている。それはつまり、女の子を大切にしたいということでしょ?」

「い、いや、違います。俺は……」

 そんな人格者じゃない、という言葉を飲み込んでうつむく。俺は、みんなが、俺の虚像に騙されているのを喜んでいる。友部や酒出の好意がうれしい。青柳の告白や小尾先輩の抱擁を喜んでいる。眞知とのデートを喜んでいる。どれも、素の俺のままでは、あり得なかったものだ。嘘つきのまま、練習と称して、キスしたり、抱き合ったりして喜んでいる。

「俺はただのクズです……」

「違うよ」

 静かに、しかし、きっぱりと言われて、俺は思わず目をあげた。

「ジラは……気がついているのかな。眞知の話だと、美少女たちは、ジラは、文化祭の劇が終わるまでは、自分が本当に好きなのは誰かを言わないつもりでいる、と思っているようね。心の中に誰か意中の人がいるのか、それとも美少女ばかりで迷っているのか……とにかく、文化祭劇という夢の中で、美少女たちが美しい夢を見られるように、たとえ心に決めた人がいても、決して口には出さいつもりだろうって、ジュリエットたちは話しているらしい。それが、誰も傷つけたくないというジラのやさしさだろうって」

「そうなんですか」

 那加は肩をすくめた。

「ありがたい勘違いよね。美少女たちは、ジラが本当のジラでないことに悩んでいるなんて想像もつかないでしょうから……」

「ですよね」

「だから、初夜の練習の話が出た時も、『ジラはきっと断るだろう』って、みんな言っていたんだって。ジラは、全員を恋人にできないことに悩んで、みんなに夢をくれているんだから、将来、恋人にできないかもしれない人と、初夜の練習をして現実に処女を奪ったりはできない。結果的には、その相手を傷つけることになるからって心配して、きっと断るって、みんなは思っていたようだよ。そうなの? ジラ?」

「すみません。そんな風に考えたことはなかったです。初夜の練習の話も、ためらったのはいくら俺がクズでも、みんなが俺の本性を知らないのをいいことに、そこまでしてはいけないんだろう、という気持ちでした」

「なるどね……ま、とにかく、理由は別として、美少女たちはジラが断るだろうと思っていた。だから、あとはプライベートでという提案をした。これ、どういう意味か分かる?」

「つまり、俺と相手が合意ができたら、個人的に……という意味ですよね」

「わかっているのかな? つまり、こういうことよ。これを言い出したのは、ヴィーナス先輩よね。先輩は、文化祭が終わったら、ジラは、透子さんか、佐和か、どちらかと恋人になるんだろうと思ったんでしょう。眞知というか、先輩から見たら私なんだけども、それも、候補に挙げていてくれているかもしれない。みなみんはさすがにないと思っているでしょけれど、それよりも、もっとありえないのは自分だって思っている。まあ、普通に考えてそうよね。とすると、文化祭が終わったら、ジラには恋人ができて、先輩は、もう、ジラとベッドをともにすることはできなくなるわけだ。だから、もしジラとベッドインしたかったら、今しかないと先輩は思った。だから、今のうちにと思ったんだね。先輩は、いつも愛の営みを最高に素晴らしいことだと言っているよね。そして、どうもジラに恋しているらしい。ジラが先輩を抱けるうちに、一度だけでも抱きあいたいと思ったわけね。先輩らしいよ。あの人は、性をいつも賛美しているもの。いやらしいとか、そういう感覚、全くないよね。ま、たぶん、あの人が正しいんでしょうけど……」

 俺は、森の中での先輩との会話を思い出していた。そのことも、今朝は、那加にぜひ相談したいと思っていたが、まだ、話はしていなかった。

「で、先輩は、ジュリエットたちにその話をした。なぜかというと、この中にきっと、ジラの未来の恋人がいると思ったからね。自分がしようとしていることを話しておこうと思ったのね。こそこそやりたくはなかったんでしょう。これも先輩らしいわね」

 那加は肩を少しすくめた。「死ぬ前に一度」と言っていた先輩の言葉がよみがえった。あれは、本当にただの嘘だったのだろうか。

「で、提案されたジュリエットたちは、最初は間違いなくびっくりした……と思うけれど、でも、よく考えてみると、自分たちも同じ思いだって気がついたわけ。本当にあんな美少女ぞろいの集団の中にいたら、透子さんや佐和のようなスーパー美少女でさえ、自分が選ばれるだろうとは、なかなか思えないよね。だから、自分が選ばれないなら、今のうちに、ジラと夢のような一夜を過ごしすのもいいのかな、と思えたわけだ。今が最後のチャンスだと思ったんじゃない? ジラが本当に好きなら、恋人になれないとしても一度くらい抱かれたいと思うのは女の子なら自然だよ。自分からはなかなか言い出せなくても、女の子だって好きな人とはしたいっていう気持ちは相当にあるんだから……だから、みんなそろって初夜の練習に手を上げた。わかるよ、その気持ち……だからね、みんなに恋されているジラとしては、一度だけは抱いてあげるといいかもよ。だって、間違いなく、ジラもみんなに恋しているんでしょう。幸せにしてあげたいよね」

 俺は、一瞬、那加が皮肉を言っているのかと思った。

「俺は……」と口ごもる。

「那加の言う通りです。みんなに恋してます。たぶん同じ夜を過ごせたら。一生の思い出になると思います。そうすることで、みんなが本当に幸せになれるなら、もう夢中で抱きしめチャウと思います。それこそ毎晩だって……でも、那加だけは、わかっていますよね。俺が本物でない以上、そうしても、みんなを幸せにはできないんです。イケメンの仮面をかぶって、抱きしめて喜んでもらったとしても、その直後に仮面が外れて、実はとんでもない醜男だってわかるようなものです。それで幸せにできますか?」

 那加は首を傾げた。

「面白いこと言うのね。外れないように仮面をしっかりつけたらどう?」

「いつもそう言うんですね。いつも……でも無理です。いつだったか、委員長に言われたことがあるんです。『成績はジラに勝てても、頭の良さではジラにかなわないわ』って。委員長が見ているのは俺ではなく、那加なんです。那加の洞察力、というんですか、とにかく、俺は、とうてい本物にはなれません。那加にとっては簡単なことでも、俺には、いや、俺に限らず、あの天才の委員長にとってさえ簡単じゃないんです」

 何度も同じ話をしているような気がする。那加は瞬きをした。

「そうか……そうかもね」

 少し窓の方を向いて考えた。それから俺の方を振り向く。少しさびしげな声に聞こえたのは気のせいだろうか。

「そうだね、ジラ。私、あなたがあまりに忠実なので、引っ張り回しすぎたのかも知れない。ジラのためにも、みんなの幸せのためにもいいと思ってのことなんだけどね」

「わかっています。ご主人様が俺という奴隷にしてくれたこと、俺は心から感謝しています。今さらですが」

「絶対に確かなことは、ジラがやったことは、私の命令であろうと、ジラ自身がやったことだということよ」

「それはそうですけど、ご主人様の命令がなければ、俺は何一つも出来ませんでした」

「そうね。その通りではあるけど、逆に、たとえ、私の命令があったとしても、たぶん、ジラでなければ出来なかったことだよ」

「そんなことありません。俺はただ忠実だっただけで……」

「ううん、違う。ただ忠実なだけではなくて、みなみんや透子さんへの愛が、心の中になければ、あそこまでは出来なかったよ。みなみんや透子さんの心を動かしたのは、私の命令より、それを支えたジラの愛だと思うよ」

 今度は俺が眼をしばたく番だった。俺の愛だって?

「みなみんのために、ものすごく頑張っていたでしょう? すごいなと思ってみていたの。この人、こんなにみなみんに恋してるんだなって思った。絶対にかなわない恋のために、ここまで頑張れるなんて、すごいと思ってたよ」

「いや、俺は、そんなつもりじゃなくて。ただ、こんなくだらない俺でも、頑張れば認めてもらえるんだなって思って、それが、うれしくて頑張った部分はありますけど」

 そう、最初は那加に言われたから、仕方なくがんばっていたというのが正直なところだが、多くの部員が冷ややかな目で見る中で、酒出だけは俺の頑張りを認めてくれて、それがうれしかった。そのうちに、だんだん認めてくれる人も増えて……酒出と一緒にがんばるのは楽しくて、たぶん、俺は、酒出のその優しさにどんどん魅かれていった。那加の言う通り、酒出への恋が原動力だったと言われれば、そうなのかもしれない。

「佐和だってそうだよ。ジラが、ずっと大好きでいたから、佐和もジラに魅かれたんだよ。

 ジラが私の命令で大活躍したからって、あの人がそんなことに興味あると思う? 佐和は、ジラが佐和のことを大好きだって、わかっているんだよ。だから、あんな嘘をついたんだよ」

「嘘?」

「オーディションでの告白は嘘だったっていう嘘」

「あれは嘘だったんですか?」


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― 新着の感想 ―
[一言] なんとなく佐和の告白の嘘の裏側は違うじゃないかなと思ってた。 どういうことなのか、次回が楽しみ。 あと、ジラはやはり優しいね。
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