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第24章 名家友部家の跡継ぎの話

賭に勝って委員長と無理矢理デーした2日後、俺と妹は友部家の立派な屋敷に呼ばれた。友部の母親は、将来の結婚についての話を持ち出してきて俺はびっくりした。

「いや、あの、そんな、将来のことなんて……」

「よもや」

 と、袋田さんが厳しく言った。

「いい加減な気持ちで、お嬢様をたぶらかそうとして近付いているのでしたら、この私が許しませんぞ」

「いや、だから、そんなつもりはまったく……」

「いい加減な気持ちでなく、真剣に透子との交際、そして場合によっては結婚を考えていただけるのであれば、私たちも誠意を見せますわ。伺っておりますと、失礼ながら、社会的な評価は必ずしも高くないようですが、誠実さだけはお持ちと聞いております。私たちは、誠実さが、最も大事だと思っております。すぐにとは申しませんが、あなたの決心がつけば、私の方から透子の気持ちを確かめて、将来のことを考えていきたいと思っております。ただ……」

 母親は袋田をふりむいた。袋田がうなずくと、また俺の方を見て話しだした。

「もし、結婚を考えていただきます場合、私の方からも、家の事情をお話ししておく必要があると思いまして、お越しいただいた次第です。友部家は、鎌倉時代から続く名家でございます。ただ、二七代当主である夫、つまり透子の父は早く亡くなりました。会社を経営していたのですが、もともとうまく行っておりませんでしたので、私たちではうまく切り盛りできず、倒産してしまいました。借金を清算するためにいろいろ売り払って、私たちに残されたのは、この家だけでございます。古い家ですが、正直申しまして、財産と呼べるものはもうほとんど残っておりません。家のあちこちが痛んでおりますが、修繕もままならないのが実情でございます。私が見よう見まねで大工仕事などしておりますの。今は、たきさん、こちらの女中頭に働いてもらって、その収入で、何とか、かろうじて食べて行っているというのが、本当のところでございます。私も内職しておりますが、この家を維持していくだけでも精いっぱいでございます。透子は一人娘でございますので、友部家の血筋を保つには、透子と結婚なさる方に養子になっていただいて、友部家をついていただくしかありません。あ、ご心配なく、もう借金などは一切ございません。この家に住んでここを維持していただければいいだけでございます。私もたきさんも精いっぱい働くつもりですので、ご苦労はかけるかもしれませんが、何とかやっていけるとは思います。私の代で友部家を絶やすわけにはまいりません。誠実な方に友部家を継いでいただければ、というのが私の一番の願いです。どうかよくお考えください」

「わたくし」

 と、袋田さんが言った。

「幼少のころから友部家に仕えております。生涯を大恩ある友部家のためにささげるつもりでおります。当主が、どんな方であろうとも、私の命のある限り、精一杯お仕えいたします。どうかよろしくお願いいたします」

 そして、深々と頭を下げた。

 俺は、あわてるというより、唖然として言葉が出なかった。とんでもない方に話が進んでいることにも驚いたが、友部の境遇にも驚いた。母親は、俺みたいな四流でも、この家をついでくれるなら、結婚するように説得するというのだ。

 友部の顔を見ると無表情にうつむいている。

 俺は、友部がかわいそうになった。

「ごめんなさいね。なんか、急な話でびっくりしたでしょう。私たちも、万が一にでも結婚を前提としたお付き合いに発展するのであれば、家のことはお話しておかなければと思ったものですから……すみません。私たちがお伝えしなければならないことはだいたいお伝えいたしましたので、あとは若い人たちで……少しゆっくりしていってくださいね……透子、お部屋に案内したら?」

「はい」

 友部は立ちあがると、障子をあけ、俺たちをふりむいた。

「こちらです。どうぞ」

「女の子の部屋に入るのは初めてだ」というセリフがラノベによく出てくるが、俺は妹がいるので、全然、初めてじゃない。だから、女の子の部屋というものにそれなりのイメージを持っていたのだが、友部の部屋はまったく違っていた。

 広い寒々とした畳の部屋に置かれていたのは古い家具ばかりだった。真ん中に大きな座卓が置いてあって端に勉強道具が置いてある。これが、友部の勉強机らしい。広いし家具もあるが、それがかえって必要最小限のものしかない殺風景を際立たせる。

 机のまわりに、いかにも古い座布団が三つ置いてあって座ると、障子が開いて、袋田さんが日本茶とお菓子を持ってきた。由緒ありそうな古い茶碗である。

「どうぞごゆっくり」

 彼女が出て行ったあと、沈黙が訪れた。さすがの妹も、落ち着かない様子できょろきょろと部屋を見回している。この部屋の、友部の背負っている空気の重さにけおされたのかもしれない。突然、立ち上がる。

「透子先輩、トイレ借りていいですか」

「あ、はい」友部は立ち上がって妹を廊下に連れていく。「この廊下をまっすぐ行ってつき当ったら右へ曲がるの。またつきあたりを今度は左。ちょっと遠いけど必ず着けるから心配しないで。あと、うちのトイレ、汲み取り式だから、びっくりしないでね。和式の便器だからね。便器の奥は深い穴になってるから、両足でまたいで、穴に向かって用を足してね。万が一にも落ちないようにして……」

 友部は、妹を見送ると元の座布団にすとんと座る。

「私は絶対、嫌なんだけど……」

 友部が、いつもの怒ったような調子で言う。

「あなたがもし、私と結婚してこの家を継ぎますなんて言ったら、母もばあやも私に結婚を前提におつきあいしろなんて言い始まるわ。だってもう、『結婚相手として一番大切なのは誠実さよ』なんて予防線張ってるんだから。だから、万が一にもそんなこと言いださないでよ」

「あ、ご心配なく。言いませんから」

「あはは……」

 友部は笑いだした。

「そうよね。いくらあなたでもね。こんな田舎の屋敷に閉じ込められたくないわよね。ばあやは、あなたみたいに、誰にも相手にされない田舎者なら、結婚をえさにすれば、こんなど田舎の、だだっ広い屋敷に住んでくれるんじゃないかって、本気で思っているみたいなんだけど、あきれちゃうわ、……でも、あなたってちょっと考えなしだから……さっきの話を聞いて、私に同情して、『結婚してもいい』なんて言い出すんじゃないかってちょっと心配しちゃった。ばあやったら、あなたにやさしく接するように心掛けろ、なんて言い出すのよ。そんなことできないよ。私、実は、あなたが大嫌いなの」

 友部は急にひざを立てて着物の裾を両手で抱きかかえるようにして、顔を足の間にうずめた。泣いているのかと俺は思った。

「ずっと嫌いだったけど、嫌いなわけが、今日、わかった。あなたって、私に、そっくりだからよ。自分の意思ってものがなくて、周りに気を使って、いつもへらへらしているでしょう。いつも不満たらたらで、そのくせ、何とかしようとせずに、自分を憐れんでいるばっかりで……そのくせ、周りにはいい顔しようとしてるんだから、ほんと、あなたを見ているとイライラする。最低!」

 俺は黙っていた。まったくその通りだと思いながら。

「でも、最近のあなたはもっと嫌い。にわか勉強なんか始まって、私に勝っちゃうし、ソフトボール部のマネージャーだって必死にやってるみたいで、評判いいし……最低の人間なら、最低の人間らしくしているべきなのに、生意気だよ。おかげで私まで勉強しちゃうし――私、ほんとに必死でやったんだよ、久しぶりにね――生まれて初めてデートさせられちゃうし、ゲーセンで夢中でゲームさせられちゃうし、ほんと、最低!」

 返事ができないで困っている俺の耳に、遠くから妹の声が聞こえたような気がした。友部にも聞こえたらしい。立ち上がると、素早く廊下を走っていく。やがて妹を連れて帰ってきた。

「ごめん。行きはつきあたりでも、帰りは曲がるところ教えておかなくちゃ迷っちゃうよね」

「お兄ちゃん。びっくり、すごいトイレだよ。便器、すごい立派なんだけど、中は真っ暗なの。用を足そうと思ってまたいだら、下からぞわって風が吹いてきて、びっくりした。おしっこが暗闇に吸い込まれていくの。ちょっと怖かったよ」

「今の人は見たことないでしょうね。うちのは、トイレで出したものは全部深い穴にためておく方式なのよ。におわないように、風が通るようにしてあるの。それでもいくらかはにおうから、家のはじっこにあるのよ。ついでに言うと、もっとびっくりすることがあるのよ。実は、穴にたまったうんちやおしっこをうちではくみ取って畑の肥料にしているのよ」

「えーっっ? 臭くないの?」

 友部はいたずらっぽく笑う。

「間違いなく臭いわよ。でもね、昔の日本では普通にやっていたことらしいわよ、いい肥料になるらしいわ。だけど、今では、日本中探しても、うちぐらいかも……」

「大変そう……誰がやるの?」

「私もやったことあるわ。もちろん楽しい仕事じゃないけど、もとは自分が出したものと考えれば、そう汚くは思わないわ。しずちゃんのおしっこもやがて肥料にさせてもらうわね」

「たいへんそう。水洗トイレには出来ないの?」

「出来ないことはないけど、もう家の実情を話したあとだし、正直に言うわ。要するにお金がないの。うちはとにかく貧しいのでそういうことにお金を使えないの。もともと小さい頃から、あのトイレにしゃがんで用を足してきたし、もう慣れてるからたいして不便とも思わないわ。将来、私と結婚してこの家をついでもいいというお金持ちが現れたら、きっと直すわね。だけど、もし、結婚相手が貧乏人だったら、ずっとこのままかもね。まあ、そのときはその人にくみ取りを頼みましょう」

 なんだよ。まさか、俺を牽制してるんじゃあるまいな。待てよ、冷静に考えてみれば、デートをかけて勝負をするなんて暴挙に出たということは、俺は相当に友部に恋してると思われてもおかしくない状況なのかもしれない。ご主人様、俺、何か弁明した方がよくないですか?

 妹は、友部の耳元に口を寄せて何かこそこそと話している。友部もにこにこしながら妹になにかささやいている。女同士の内緒話ですか? 仲よさそうでいいですね。

 何をしたらいいかわからない俺は、アニメのDVDを持ってきたことを思い出して、かばんから取り出す。

「委員長、これ、前に頼まれていたやつ。好きなだけ持っていていいですので、どうぞ」

 友部はぱっと顔を輝かせた。

「ありがとう。見てみるわ」

 もし、友部の言うように、俺と似た者同士なら気に入るかもしれない、と思ったりする。

 妹が本棚から何かを見つける。

「わあ、先輩、卒業アルバムあるんですね。見ていいですか」

「いいよ。小さい中学校だけど」

「わあ、先輩。やっぱりきれい」

 卒業アルバムの中の友部の写真は、どれもこれもびっくりするぐらい美しかった。

 絶世の美少女、抜群の頭脳、天才的なアスリート、一万人に一人いるかいないかの類いまれなこの少女が、自分と俺を比較して俺に腹を立てているなんて、とても奇妙だった。

 それは、結局、家というものの重みなのか?

 ひとしきりおしゃべりした後、帰ることになった。玄関で、友部の母親は「門までお送りしなさい」と命じた。

 妹が少し先に行って、その後ろで並んで歩きながら俺は、友部に小声で聞いた。

「家って、やっぱり継がなくちゃいけないものなんですか?」

「母親とばあやにとっては、それが何よりの望みね」

「委員長自身は?」

「私……今の私は、二人を裏切れないわ。ああ見えて、ふたりともやさしいのよ。私のことを愛してくれている。ここに住んで、この家を継いでくれるという『誠実な』人がいたら結婚するかもしれない。それが、たとえば、あなたみたいに大嫌いな人でもね。だけど、もっと年を重ねていって、いざとなったら、正直、わからない。でもね、将来、私が家を継がないって言ったら、ふたりとも、きっとすごくがっかりはすると思うけど、最後は許してくれる。私の幸せが一番だって言って……でもね、そんな優しい人たちだから……だから、私は、裏切れない」

 委員長は不器用だから、と那加が言ったのを思い出した。

 門のところで、妹はまた友部に抱きつきながら言う。

「今度は私の家に来て。見せたいものがいっぱいあるの。パパもママも大歓迎だって」

「もちろんよ。行くわ。うちの母親にもお邪魔していいなら、ぜひお邪魔しなさいって言われてるのよ」

 俺の方をふりむく。「行っても大丈夫?」

「あ、ええ、ええ。ぜひ」

 父親も母親も妹の話を聞いて友部に夢中だ。ぜひ会いたいと言っていた。まさか、大それたことを考えているんじゃないだろうなと心配になるほどだった。

「じゃあ、行くね」

 友部の笑顔はあいかわらず美しい。家に来るといっても、俺のところに来るわけじゃない。妹のところに来るだけだ。そして、妹と話している友部は教室にいる友部よりもずっと自由で、お茶目でかわいく見えた。その時の俺は、委員長が家に来るのも悪くないかなと思えた。


「なるほど、そういうわけか」

 と那加は、珍しく何度もうなずいた。

「水都一高に行かず、うちの高校に来たのも、部活に入らないのも、ほんとはおそらく経済的な理由なのね。私、少し読み違っていたかも。でも、これで委員長のことがよりわかったわ。お手柄よ。委員長は誰にも優しいけど、誰からも少し距離を置いている感じで、自分のことを話したくないみたいで、よくわからないことが多かったの。謎だったのよ」

 那加にもよくわからないことってあるのかと改めて思ったりする。

「妹さんはほんとにナイスね。たぶん、わたしたちのだれよりも透子さんと仲良しになってるわ。透子さんにとってもよかったんじゃない? ……さてと、では……」

 那加はしばらく目を閉じて考えた。

「次は、予定通り、生徒会長を目指すけど、ちょっとだけ計画を変更して、透子さんも誘いましょう」

「委員長をですか」

「そうよ。それがベスト。彼女が入れば百人力よ……ただ問題は……ジラが生徒会長になること自体は難しくないと思うけど、委員長をどう誘うか、ね。そっちの方が難しいかもしれない。ま、いいわ。とにかく、来週、立候補の受付があるから、選挙運動を開始するわよ」

「選挙運動……ですか」

「そうよ。それについては、また後でゆっくり話すから……それよりも、今日は文芸部の活動日よね。今日から入るから、放課後、私を連れて行って、みんなに紹介してよ」

「あ、はい」

 本当に入るんだ、と思った。

 前にも話したが、俺は文芸部員だ。那加は、文芸部にいずれ入るからと前から言っていた。酒出に「那加は俺の恋人か」って聞かれたという話をしたら、文芸部にいずれ入ると言い出したのだ。「部活が同じなら、一緒にいられるところを見られても、いくらでもいいわけができるからね」というのだった。


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