第21章 委員長と人生初めてのデートをする話
委員長の友部透子との賭けに棚ぼた的に勝ってしまった俺。委員長とデートすることになった。
もちろん、俺は、女の子とデートしたことなんかない。いつかデートできる日が来るんだろうかとさえ、考えたこともない。そんな俺の人生初めてのデートの相手が、あんな正真正銘の美少女になろうとは……などとと考えながら、水都駅の改札で、俺は友部を待っていた。
俺は何をしたらいいんだろう……もっとも相手は嫌々来るんだから、何をやっても気に入らないに違いないが……友部にとってもこれが初デートなんじゃないかと那加は言っていた。こんな形で、俺なんか相手に初デートとは、委員長もお気の毒さまとしかいいようがない……
「お待たせ」
目の前に来るまで、俺はそれが友部だとはわからなかった。
大きなマスクに大きなサングラス。
那加以上に完璧に顔を隠している。いつもさらさらのストレートヘアを今日はツインテールに縛っている。服装はといえば、古そうな黄ばんだブラウスの上に、よれよれの水色の上着を羽織っている。いかにも古そうだ。袖はすり切れてほつれている。ジーパンも古そうで、しかも、きつそうだ。靴も使い古したようなズック靴だ。
この姿を見たら誰も美しい名家のお嬢様とは思わないだろう。なるほど、俺といるところを絶対に人に見られたくないというわけか。
「悪かったわね。こんな格好で。着飾ってきて欲しかった?」
「あ、いえ。こんな委員長もすてきです」
「あなたも言うわね。今日はどこへ連れて行ってくれるの?」
「今日は、めいっぱい委員長をうんざりさせて差し上げます。二度とデートなんてしたくないって思えるように」
「そんなことしなくたって、じゅーーぶんに、そう思ってるんですけど」
「まあ、とにかく。まずは映画です」
俺はチケットを出す。那加指定の『間違いだらけの青春ラブコメ』。今上映中のラノベ原作アニメだ。委員長をうんざりさせるには十分だ。那加の指示のとおり、委員長の分まで飲み物とポテトを買って並んで席に座る。
「一つ空けて座ってよ。恋人じゃないんだから」
「あ、気が利かなくて……」
一つ空けて座る。別に隣にいたいわけでもないので。
前から見たかったので、俺は夢中で見ていたが、ふと気がつくと委員長も食い入るように画面を見ている。飲み物を飲むためにマスクも外して、画面が見にくいのだろう。サングラスも外している。
目をきらきらさせて画面を食い入るように見ている表情は、一六歳のかわいらしい高校生のそれだった。いつもの花のような笑顔とも、完璧な美貌とも違う、生き生きとした表情に俺は息を飲んだ。
俺が見ているのに気づいたのか、委員長は俺の方を振り向いた。そして、なんと微笑んだ。映画に夢中になっていたことへの照れ笑いかもしれない。
俺は不覚にも心臓が飛び出しそうになった。その笑顔はあまりにも美しかった。
俺は委員長が嫌いなはずだった。この先も、たぶん、嫌いなままだろう。だが、その時の微笑みはあどけない天使のように凜と澄んでいた。その美しさにどうしようもなく引きつけられた。
嫌いでありながら、心を奪われるというのは奇妙だし悔しかったが、それが事実だから仕方がない。
悲しい場面では、委員長は大泣きしていた。隠すつもりもないらしく、鼻をすすってはハンカチで拭いていた。俺のティッシュを渡してそれでも足りないぐらいだった。こんな感情豊かな人だとは想像していなかった。
「全然、面白くなかったわ。はっきり言って、うんざり」
お昼のラーメンを食べながら委員長が言う。マスクは外しているが、湯気でレンズが曇るのもかまわずサングラスをかけている。
「だって、ありえないでしょ。うまくいきすぎでしょ。鯨岡君はああいうのが好きなの?」
怒ったような声に身がすくむ。
「あ、はい。まあ……」
好きなのは事実ですけど、選んだのは那加ですから。
「あーんな、さえない男の子が、なんで、あーんなかわいい女の子に何の根拠もなくもてるわけ?」
「はあ、ラノベ原作ですから」
「女の子もひたすらかわいくて、しかも力持ちで、けなげに主人公につくして……って、男の子の都合のいい理想よね。絶対、あんな女の子いないから!」
「よくわかってます」
わかってますとも、委員長。あなたに、毎日、教えられてます。
「だけど、ちょっぴり面白いところもあったな。別れの場面では泣いちゃった。アニメなんてあまり見ないから、新鮮だったわ。鯨岡君はいろいろ見るの?」
「は、はい。いっぱい見ます」
実は那加の奴隷になってから激減しているのだが……。
「お勧めとかってある?」
「えーと、俺の好きなのは『あの日の君と今のぼく』とか、『俺は友人が多い』とかかな」
「DVDとか持ってるの? 持ってたら貸してよ。私も、世の中のこと、少しは勉強したいから」
「は、はい、いくらでもお貸ししますが」
「こっそりね。あなたなんかに借りたなんて友達が知ったら、私、恥ずかしいから」
「はい、わかりました」
俺は、知り合いというだけでも恥ずかしがられる人間ですか、と思うが、いつものきつい友部の口調も、映画館での彼女を見たせいか、それほど嫌に感じなかった。
「それにしても辛いよ。このラーメン、人間の食べ物じゃないよ」
さっきからラーメンにも怒ってばかりいる。『一番辛いのを』って注文したのは自分じゃないかと思うのだが、怒りながらスープまできれいに飲んでいる。けっこうおいしいらしい。
「うちでは、健康に悪いからラーメンはダメだ、って食べさせてくれないの。だから、ラーメンは何年ぶりって感じよ。食べてみたけど、やっぱりうんざりね」
うんざりねと言うのはここではおいしかったという意味らしい。
「次はどこへ行くの?」
「ゲーセンです。お嬢様のいくようなところじゃないかもしれませんが」
「まったくよ。行ったことないもの。友だちに誘われても断ってきたのよ。家で禁止されてるの。でも、今日は仕方がないから付き合ってあげる。そのかわり、お金はあなた出してよ」
ゲーセンはお金がかかる。すぐに飽きてくれるかと期待したのだが、逆に、夢中になって次から次へと挑戦するからたまったものじゃない。しかも「うんざりね」を連発しながら、小学生みたいにきゃあきゃあはしゃいでいる。
クレーンゲームも脇から見たり下から見たり、真剣そのものだ。最初こそ失敗していたが、運動神経がいいだけあってだんだんものになってきて、ついには獲得して飛び上がって喜んでいる。
景品付きのクレーンをやるというのでやらせたら、ビギナーズラックというやつか、なんとゲーム機を当ててしまった。
「やった! すごい。欲しかったんだ、これ」
本当にぴょんぴょんはねて喜んでいるので、これがあの委員長かとちょっとびっくりして見ている俺の方を向く。
「あげる」
と差し出すので、俺は手を振る。
「いいですよ。当てたのは委員長ですから」
「ううん。お金を出したのは鯨岡君だもの。あげるよ。売れば今日のデート代の足しになるでしょう」
確かに、売れば、たぶん二万近いから、ゲーセンで相当に使ったが、それでもおつりが来るだろう。
「欲しかったんでしょう? どうぞ」
「欲しかったけど、私、馬鹿みたいにお金使っちゃったから、少しでも返すよ。受け取って」
いつもの怒った強い調子で言われて、俺は受け取る。
少しは俺の懐を気にしてもらえるのは正直助かる。那加も俺の貯金を使いたい放題なので……それにしても、委員長が俺の懐を心配してくれるとは少し意外だった。俺に対しても少しは優しい気持ちがあるのか? それとも那加が言っていたように、万が一にも好かれないように、わざと冷たくしていたのか?
ゲーセンの隣の喫茶店で委員長はパフェを頼んだ。
「こんなに食べたら健康に悪いよ。うんざり」
といいながらおいしそうに食べている。「うんざり」という言葉にもだいぶ慣れた。うれしそうに食べている委員長を、俺は前ほど嫌いでなくなっているようだ。
「次はどこへ行くの?」
「もう、終わりにしてもいいのですが(と那加の指示書にある)、カラオケ行きませんか?」
「えー? カラオケボックスというのは個室なんでしょう? 飢えた狼と一緒に赤ずきんちゃんが個室に入るようなものじゃない。うんざりどころじゃないでしょ」
「あのー、ご心配なく。個室は個室ですけど、監視カメラがちゃんと付いてますから。でも、嫌だったら無理はしないで……もう十分にうんざりしたでしょうから」
「えーと、絶対安全? 鯨岡君、私のこと、襲ったりしない? 男って狼に変身するって聞いたけど……」
どういう情報なんだ?
そんな男がいないとまでは言わないけど。まあ、とにかく、襲ったって、委員長に俺なんかが勝てるわけないけど。
でも、確かに、一応、俺も男だし、二人ではいるのは抵抗あるかもしれない。那加がカラオケはいけたらでいいよと言ったのはそういう理由もあるのかもしれない。俺もカラオケなんてまず入らないので勝手もわからないし、ここらでデートを終わりに出来るならその方がいい。
「カラオケボックスはそんなとこじゃないです。大丈夫です。でも、心配ならやめましょう」
「最後までうんざりするわ。連れて行って。カラオケってやったことないし、興味はあるのよ」
委員長は、不意に俺の腕をつかんで俺の顔をのぞき込んだ。嫌っているとは言え、女の子にそんなことをされると、どきっとする。
「鯨岡君のこと、信用してるから」




