第20章 夢テストが返されてくる話
クラスの委員長の友部透子と俺は賭けをした。テストの点数で俺が勝ったらデートをしてもらう約束だ。最初の賭けは「夢テスト」が対象だ。
賭けの一番目『夢テスト』は不思議な名前の数学のテストだ。定期テストの間に行われ、数学の成績に直結するらしい。範囲が狭い代わりに、難しい問題が出る。これが出来れば夢が膨らむという意味で夢テストだとか。
ま、実際は、全く解けなくて、優秀な自分が夢にすぎなかったことを思い知るためのテストになっている気もするが。
「もし、勝てる可能性があるとすれば『夢テスト』ね。模試は総合力がいるから、付け焼き刃くんではまず無理。定期テストは範囲があるから勝負になるけど、透子さんが本気を出したら厳しいわね」
「どうしてこの三つを選んだんですか?」
「今からのテストを順番に選んだのよ。夢テストが一番チャンスがあるからね。もし、それがだめでも、あなたが完敗しておけば、透子さんもさすがに油断するかなって作戦よ」
「はあ、それにしても、何のためなんです?」
「もちろん、透子さんとデートするためよ。こうでもしなければ、あなた透子さんとデートできないでしょ」
「は? 俺、委員長とデートするなんて、できたら避けたいんですけど」
「何をとぼけたことをいっているのよ。透子さんとデートできて喜ばない男なんていないよ」
那加も、ここのところだけは、わかってないよな、といつも思うのだが、何も言わない。
「恐れ多くて、申し訳ないという意味ですよ。まさか俺を喜ばせようとデートさせるわけじゃないでしょ」
「デートなんかさせると、透子さんに心を奪われそうで心配なんだけど。透子さんに恋しちゃだめよ。あなたには眞知がいるんだから。でも、まあ、まずは勝たないことにはね。夢テスト対策、今日から始めるわよ」
「はい、何をすれば」
「夢テストは、かなり難しい問題を出すわね。といっても、うちの学校ではまったくのオリジナル問題は出ないと思うわ。大学入試問題のうちのしかも頻出問題を出すに違いないから、山をかけるのは簡単だよ。山のかけ方は、たぶん委員長より私の方がうまいから、ジラにもチャンスはあるよ。先生が難しい問題を出してくれればだけど……」
「難しい問題、俺、解けるかなあ」
「大丈夫。わからないところは教えてあげるから」
那加が教えてくれるならたぶん大丈夫だ。それにしても、これほど頭のいい那加は、なぜトップじゃないんだ? という疑問がまた浮かぶ。
この前のテストも、那加は総合二〇位ぐらいだった。教科ごとの成績でもトップはとっていない。どれも八〇点前後である。平均点に関係なく八〇点ぐらいなので、もしかして、那加は点数を八〇点に決めているのかと疑っている。マスクで顔を隠しているように、成績にもマスクをかけているのかもしれない。
だとしたら何のために?
「それはそうと、ジラ、次は生徒会長を目指すわよ」
唐突に那加が言う。突拍子もなくて唖然とする。
「え?俺が生徒会長ですか?」
「そうよ。うちの学校なら簡単になれるわよ。まあ、いいよ。その話はまた後で……」
那加のご指導の下、夢テストの準備を頑張り、夢テストが行われた。かなり難しかったが、全く驚いたことに、すべて那加の想定の範囲内の問題だった。かなり練習していたので、自分でもびっくりするくらいすらすら解けた。満点もいけるかもしれないと思っていた。
そして、次の日、夢テストが返ってきた。返却前に先生がなぜかうれしそうに言う。
「今回は特に難しかったから、平均は低かったが、それでも満点がいるぞ。それも二人だ。これはたいしたもんだ。満点がいるのは、このクラスだけだ。よく勉強したな」
答案が返される。「がんばったな」と渡された答案を見ると、一〇〇点だった。そして、まるで当然のように友部も一〇〇点だった。賭けのことは、もうクラスのみんなも知っていたので、ちょっとした騒ぎになった。
「どっちも一〇〇点か、すごいな」「同点はどうなるんだ」「同点なら鯨岡の負け。ケーキだな」「さすがは委員長」「でも、危なかったね」「ちょっと焦った」
みんな、委員長の味方らしいので、知っていたとはいえ、俺は少しめげた。
俺を勝たせたいやつはいないのかよ。ま、俺としてはデートがなくなって、ホッとはしてますけど。
那加まで、友部の答案をのぞき込んで「さすが、すばらしいわ」なんてほめている。
もっとも俺は那加に教えてもらいながら、那加の用意した問題を解いておいて、それがずばり的中してこの点数だ。友部は一人で勉強して、俺ほどヤマを当ててもいないだろうに満点だ。那加でさえ感心しても無理はない。実力という点では相手にもならないわけだ。
「ほら、静かにして。答え合わせするぞ」
解答が配られ、先生は簡単な解説を加え始めた。解説が終わると、採点の間違いを訂正してもらおうと、生徒が教卓の周りに集まる。
友部が、つと立って、教卓のところに行った。何か話している。先生が頭をかきながら、答案を直しているようだ。
終わると友部は席に戻らず、わざわざ俺のところに来て、俺の答案をさっと取り上げる。しばらく見ていたが、軽くうなずくと俺の方を見た。あいかわらず冷たい声で言う。
「完璧ね。あなた、すごいわ。この条件、一応確認すべきだってことに、さっき、答案が戻ってきて解説を聞くまで、私、気がつかなかった。どうでもいいようなことなので、賭けをしていなければ、訂正しなかったんだけど……結局、1点減点だって……あなたの勝ちよ」
「あ、はい。すみません」
「デートは今度の日曜一〇時。水都駅の改札で会いましょう。費用はすべてあなたもちよ」
「あ、はい、わかりました」
それだけ言うと友部はさっさと自分の席に戻った。
「良くも悪くも、プライドの高い人よね」
次の日の朝の書斎で那加が言う。
「私だったら、知らんぷりして、ケーキもらっておくけどね。ジラ、あなただったらどうする?」
「俺は……、わからないです」
「知らんぷりして勝つのは、負けるよりも悔しかったんだと思うよ。ジラもきっと知らんぷりはしないわね。バカ正直だから。そこがいいとこだけどね。奴隷としては」
「はい」
「それにしても、さすが透子さんね。ジラがやっと覚えて解いた問題を、初見でその場でさらさら解いてしまうんだもの。テスト問題を見た時には、ヤマも当たったし、この難しさならジラの勝ちかと思ってたもの。全体の平均は三〇点いかなかったものね。本気の透子さんの頭の良さはすごいわ。今回の勝利も『たなぼた』ってやつね」
「じゃあ、実質的には委員長の勝ちですからって言って、デートはなしにしましょうか」
「なるほど、そういう手もあるか」
那加は少し目を閉じて考えた。
「ジラなんかに塩を送られるのは、絶対に承知しないと思うけど、でも、どっちにしても、今回はデートするわよ。下手をすると、というより下手をしなくても、二度と勝てないから。どうしても、一度はデートしたいから、このチャンスを逃したくないでしょ、ジラも」
「いや、俺は、とても委員長とデートする器じゃないんで」
正直、いやいやデートする機嫌の悪い委員長と何時間か一緒にいると考えるだけで、今から憂鬱なんですが……
「たぶん、委員長、デートしたことないんじゃないかなあ。あそこまで完璧だと、同年代の男の子は恐れ多くて手を出せないよね。由緒正しい家柄のお嬢様だしね」
「お嬢様なんですか」
「そうらしいね。私の祖母もよく知ってるらしいよ。すごい立派なおうちに住んでるんだって。噂では、水都一高に行きたかったんだけど、地元を大切にという家の方針で地元の大大地高校に来たんだって。まあ、彼女のおかげで大大地高の名前が上がれば、うちの高校にとってはありがたいことかもしれないけど……陸上部に入ってくれれば、全国レベルみたいよ。他のスポーツでも相当いけるんじゃない? でも、彼女はそんな気はないみたい。勉強する気があれば、東大でも医学部でも行けると思うけど、そんな気があるのかどうか。まあ、今度のデートでいろいろ聞いてみてよ。あんな人の初めてのデートに相手に選ばれたんだから、名誉なことよ」
「選ばれてないですよ。那加の陰謀じゃないですか」
「奴隷のくせに陰謀とは何よ」
「俺は奴隷ですから、何でも言うことは聞きますけど、委員長は俺とデートする羽目になっちゃったわけですから、気の毒だと思います」
「確かに、気の毒よね。せめてあなたが楽しくさせて。ほら、これがデートのコースよ」
差し出された紙を読む。映画を見てお昼を食べてゲーセン、最後はカラオケ。こんなんでいいのか。映画は俺の好きなアニメ指定だ。絶対、いやがられそうだが、那加は、委員長をうんざりさせたいのか。
「もうすぐ眞知と本物デートするんだから、いい練習になるんじゃない? ジラ、ゲーセンだのカラオケはよく行くの?」
「よくは行かないですよ。どっちかというと、苦手ですから」
「何回かは行ったことあるのね。じゃあ、土地勘はあるのね。土曜日によく予習しておくこと。そして、日曜日は透子さんをうんざりさせなさい」
は? どういうことだ。うんざりさせてまでデートさせたい理由は何なんだ。ご主人様の考えることはよくわからない。




