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第19章 委員長と賭けをする話

ご主人様は今度の目標は委員長の友部透子だという。どういう意味なんだ?


 那加から渡された紙を読んで、俺は、一瞬目を瞠った。思わず、思ったことを口に出す。

「まさか、いくらなんでも、これは俺には……」

「口答えは許さないよ」

「いや、命令には従います。やりますよ。俺なりにがんばります。でも、これは俺のキャラじゃないんで……うまくできるかなあ」

「いつもの、オドオドした調子でやればいいのよ。ラノベの主人公みたいな脳天気になりきる必要なんかないんだから」

「それにしても、こんなことして……どうなるんです? 委員長に激怒されて終わりそうだけど」

「どうなるかなんて、私にわかるわけないでしょ。面白いことにはなりそうだけど」

 それにしても、那加が、委員長に対してこんなことを俺にさせる理由は何なんだ?


 俺のクラスの委員長の友部透子の笑顔は花のように可愛い。何かを真剣にやっている時は、近寄りがたいほど完璧な美人だ。地方の名家の娘だという話も聞いたが、「気品」というものを絵にかいたような姿だ。ところが、それが、微笑んだり笑ったりすると、人懐っこい、あったかい笑顔になる。それが何とも魅力的で、多くの人をひきつけるのだと俺は思う。

 俺は、那加の命令で、話しかけるチャンスを狙った。だが、休み時間はいつも誰かとうれしそうに話していて、話しかけるチャンスがない。トイレに行くのも、いつも誰かと一緒だ。一日中、こっそりと観察していたのだが、結局、一人でいる時間はなかった。放課後も、誰かと一緒に帰るらしい。

 さて、どうするか、と俺は考える。那加の命令を実行したいのだが、できれば、他の人のいる前では避けたかった。帰り道をつけて行っては、さすがにストーカーかなと思いつつ、俺はソフトボール部に急ぐ。今週いっぱいでマネージャーも終わるかと思うと少しさびしい気がする。

 委員長は、部活には、はいっていないらしい。抜群の運動神経を持っているのだが、運動部の誘いはみな断ったと聞いている。6月のクラスマッチで、大活躍したのは印象的だった。うちのクラスがバレーボールとリレーで優勝したのは、彼女のおかげが大きい。リレーでは男子をおさえてアンカーをやったのをよく覚えている。彼女にバトンが渡った瞬間の加速のすごさには、観衆は、思わず息を飲んだ。その直前はたぶん三位か四位だったのに、彼女の見事な走りで他クラスのアンカーの男子さえ抜いて一位になってしまった。陸上部より早いらしい。とにかくすごい人だ……


「かまわないから他の人のいる前で言いなさいよ」と那加にはあっさり言われた。「それとも手紙でも書いて呼び出す? それもどきどきして楽しそうだけど……」

 呼び出すのもためらわれたので、次の日、勇気を奮い起して、友部が友だちと談笑している輪の脇に立つ。

「あの、委員長、すみません。ちょっとお話があるんですが……」

 ちょっとびっくりするように、みんなが振り向く。沈黙が流れる。それだけで嫌な感じだ。

「はい、何ですか? クラスのこと?」

 友部が厳しい目で俺を見つめる。

 正面から対峙すると、その非の打ち所のない美しさに、俺は一瞬、ひるむ。

「えーと、あの、俺と『賭け』をしませんか」

 声が小さくなる。だめだろ、これじゃ……いかにも、口調と内容があってないだろ。

「賭け? 何のこと」

「えーと、あの、この前のテストで、委員長が一番で、俺が二番でした。で、次は勝ちたいなと思って」

「この前のって、先月のテストのこと? ずいぶん前の話ね。私、一番だったのは憶えてるけど、鯨岡君、二番だったのね。あまりちゃんと見てなくて……そうなんだ。勝ちたいのね。どうぞ、どうぞ、次は勝ってくださいな。私、別に一番なんて欲しくないから」

「はい、知ってます。この前は二点差で、もうちょっとだったんですけど、でも、委員長は、試験前日に、ちょちょっと勉強するだけであの点数なんですよね。俺、次は勝ちたいなと思ってるんですけど、でも、どうせ勝つなら、本気の委員長に勝ちたいんです」

「本気のわたし?」

「そうです。本気で勝ちたいなと思っています。つまり、しっかり勉強をした委員長に勝ちたいんです」

「何で?」

「少なくとも勉強面では、この学校で一番になりたいんです」

 聞いていた女の子たちが少しざわめく。

「なんなの、このひと」

「この前がたまたまよかったからって、勘違いしてるんじゃないの?」

「だから、賭けなの?」

「そうです。賭ければ委員長も絶対に負けたくないと思ってくれると思うので」

「ふーん」

 委員長は、指を口元にやって少し考えた。

「何をかけるの」

「俺が負けたら、ケーキをごちそうします。委員長が負けたら、俺とデートしてください」

 友部は少しびっくりしたように、目を見開いた。さすがは那加。この申し出は友部をびっくりさせるに十分だったようだ。俺はといえば、今すぐにでも逃げ出したい気分だ。

「何、それ?」

 周りの女子が騒がしくなる。

「何、新手のナンパ?」

「結局、デートが狙い?」

「ケーキとデートじゃ全然釣り合わないじゃない」

「って、本気で勝てると思ってるの?」

 委員長は、鋭い目で俺を見つめる。怖いくらいに美しいなと思う。

「なんでデートなの? ケーキとケーキじゃいけないの?」

「はい。不釣り合いだとは思いますが、委員長には絶対に負けたくないと思って欲しいんで……絶対にそれは嫌だと思うようなことで、だけど、万が一負けても、我慢できるぎりぎりの選択と言うことで、俺とのデートです。万が一の場合、半日、俺に委員長の時間を下さい」

 友部は、口をぎゅっと結んで俺を見つめた。

 沈黙が流れる。怒っているのか?

 手ひどい言葉で、絶対に断られると俺は思っていた。一流グループは、俺みたいな三流の相手をするだけでもいやがるから……

 可能性があるとすれば……言うしかないか。那加からは、最後の切り札として挑発の言葉を授かっていた。「まさか、俺なんかに負けるとは思ってないでしょう。だったら、逃げる必要はないはずでしょう」と、言おうとした時……

 驚いたことに、あっさり友部は言った。

「いいわよ。乗ってあげる」

 簡単にそう言われて、逆にびっくりして、俺は言葉が出なかった。それから、あわてて言う。

「え? ほんとにいいんですか」

 いかにも真抜けた調子だったと思う。

「いいよ。テストはどのテスト? それと引き分けの時はどうするの?」

「テストはこのあとの三回のテストで、数学の『夢テスト』と、模試と、定期テストのどれかでどうですか。どのテストでも、引き分け以上だったら委員長の勝ちでいいです。ケーキをごちそうします。でも、俺が一回でも勝ったら、デートはしてもらいます。それが嫌なら本気を出してくださいね」

「わかったわ」

 何故か、友部は少しほほえんだ。負けるわけがないという余裕か?

 それでも、その微笑みは、まるで光に包まれたように委員長をかわいく見せた。思わず、胸がときめいて、あわてる。嫌いなはずなのに、それを魅力的に感じずにはいられなかった。

「それじゃ、まずは『夢テスト』で……ケーキはどこの店がいいか考えておいてください」

 俺がその場を去ると、女の子たちが友部を包みこんだ。

「何、あれ、びっくり」

「ちょっとこの前、いい点を取って、いい気になってんじゃない」

「あんなおたくのくせに、本気で透子とデートしようなんて狙ってるわけ?」

「透子にかなうわけないよね」

「でも、テストのたびにケーキをもらうのもいいんじゃない」

「ガチョウ工房のミルフィーユがいいんじゃない」

 黒板をきれいにしながら、女の子たちの話し声が流れているのを聞いていた。

 ベランダへ黒板ふきを持って行って、クリーナーをかける。ふと目を上げると、那加がこっちを見ていた。黒板ふきを軽く持ち上げて挨拶したが、那加はそっぽを向いてしまった。

 まあ、ご主人様は俺の首尾を認めてくれたということなんだろう。


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