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第17章 酒出の彼と対決する話

「そんなことないよ。ジラは……鯨岡君は、部活というか、私たちのために頑張ってくれてるんだよ」

「おまえさ、もう手伝うのやめろよ」

「それは……できません。私も部活のために頑張るって決めたんです」

「あいつと一緒にか?」

「そういう意味じゃありません。みんなと一緒にです」

 俺は胸がどきどきしてくる。これって、那加の第二の指示の場面そのものじゃないのか?

 こういう場面が来たらチャンスを逃さないで、と言われている。指示通り動かなくては……

 俺はドアを開けると、酒出の横に立って大宮先輩を見つめた。

「なんだよ」と彼が言う。「文句でもあるのか」

 切れ長の目のイケメンのスポーツマン、背が高くがっしりした体つきで、あらためて見ると、本当にかっこいい。女の子が夢中になるのは当然だ。こんな人に俺みたいなモブキャラが、本当にそんなこと言うのか。

「大宮先輩、俺は、人間として、酒出さんが好きです。大好きです。大宮先輩はどうですか?」

 おい、こんなこと言われたら、普通、引くでしょ。ご主人様。命令だから言いますけどね。でも、考えてみると、これは俺の本心かもしれなかった。

「な、なんだよ。急に、何、言い出すんだよ。おまえに関係ないだろ」

「関係ありますよ。酒出さんは、俺にとって大切な人ですから、幸せになって欲しいんです。先輩はかっこいいし、頭もいいし、スポーツもできてすごい人です。だから、酒出さんを幸せにできるという意味では、俺なんか比べものになりません。でも、俺は、俺で酒出さんの役に立てることがあったらやりたいんで」

「なんだよ。何が言いたいんだよ。やりたきゃ、勝手にやれよ」

「やってもいいですね。じゃあ、言わせてもらいます」

 俺は、さっきからどきどきしっぱなしだ。顔が熱くなるのがわかる。でも、言わなくちゃならない。俺は奴隷で、ご主人さまからの命令だからだ。

「酒出さんは、俺を手伝ってるわけじゃありません。それが部活のために一番いいとわかってるから、部活のために、部活が楽しい部活になるために、がんばってるんです。おかげで遅くなったとしても、先輩を待たせることになったとしても、先輩は酒出さんに言ってあげてほしいんです。『がんばってるね。応援してるよ』って。酒出さんを幸せにするという意味では、先輩と俺とは同士だと思ってます。先輩は恋人として酒出さんを幸せにしてください。先輩みたいな、すてきな恋人がいる酒出さんは幸せ者だと思います。でも、それだけで幸せになれるわけじゃありません。俺は、三流キャラですけど、先輩の力が及ばない部分で、俺に出来ることががあったら、別の面で酒出さんの力になります。そのことを先輩には、是非、わかっていて欲しいんです。信じてください。俺は、酒出さんの幸せのことしか考えてません。もし万が一、俺の存在が酒出さんを不幸にすることがあったら、いつでも消えます。でも、役に立つ間は、何と言われようと近くにいます。俺、何一つ先輩には遠く及ばないですけど、酒出さんの幸せを願う気持ちだけは先輩と同じです。だから、万が一、先輩が酒出さんを不幸にするようなときがあったら、俺、先輩とは味方同士でなく、敵同士になりますから……」

 俺が一気に言うと、先輩は少しひるんだように俺を見たまま、沈黙する。

 気を取り直したように、一瞬、酒出の肩に手をまわして引き寄せると言った。

「よくしゃべるやつだなあ。あきれたよ」

 それから酒出に言う。心なしか前より声がやさしくなった気がする。

「とりあえず着替えて来いよ。もう帰ろう」


「それだけ?」

 那加は彼女の『書斎』で何か書きものをしながら言った。

 朝のミーティングである。奴隷の俺は、ここで指示を受けることになっている。

「それだけです。それ以上は何も言わず、俺は、仕事に戻ったんで」

「上出来だと思うわ。ジラって、なかなか、賢いわね。それだけのことがとっさに言えるなんて」

「那加が練習させたんでしょうが」

 「『酒出を幸せにする同士』だとか、『幸せにしてくれないなら敵になる』というのは、那加が用意した台詞なのだ。

「練習したって、言えるものじゃないわ。心がこもってないとね。ジラは、ほんとうに、みなみんが大好きなのね」

「人間として大好きです。知れば知るほど……でも、恋愛感情じゃないですよ」

「嘘つきね。じゃあ、あれほど美人じゃなくても好きだって言える?」

 一瞬、俺はためらう。

「言えると……思います」

 那加はかすかに笑う。

「あは、正直だね、ジラ。そこがあなたのいいところよ。だけど、みなみんには素敵な彼氏がいるからね。あきらめなさい」

「俺、あんなこと言っちゃって、酒出さんに悪かったかなって、思ってるんですけど。那加に命令されていなければ、絶対、言わなかったのに。あんなこと言っちゃっていいんですか?」

 めずらしくメガネの中の眼が閉じた。少し考えているようだった。

「大宮先輩というのはね。私の知る限り、なかなかいい人みたいよ。ああいうスペックの高い人にしてはね。みなみんが好きになるくらいだから、悪い人であるはずがないわよ。でもね、たぶん、ちょっと勘違いしてるんだなあ」

「勘違いですか?」

「そう、勘違い。あくまで私の想像だけど、たぶん、小学校のころから何でもできて、女の子にもモテモテで来ているわけでしょ。当然、俺は偉い、特別だって思ってるのよ。まあ、そう思う資格はあるけどね。女の子にもてるから、えり好みもできるわけ。中学の頃も彼女はいたかもしれないけど、たぶん、お気に召さなくて来たんだと思う。高校へ来てもモテモテだったけど、彼女は作らなかった。要求が高かったからね。で、みなみんにであって、初めて、『ああ、この子なら』と思えたわけだ。まあ、みなみんならね、無理もないけど。で、みなみんに交際を申し込んで彼女にした」

「うまくいきすぎて、自分と比べると、自分が惨めになりますね」

「どうして比べるの? ジラも案外、心が黒いわね」

「おっしゃるとおりです」

「みなみんは本当にかわいいよね。性格もかわいくて、男の子から見ると理想的。今は先輩が大好きみたい。でも、大好きな理由、ジラにわかる?」

「かっこいいから?」

「もちろん、それもある。ほんとにイケメンだし、スポーツ万能、明るくて、愉快で言うことなし。でも、最大の理由は、彼女のことを本気で好きって言ってくれたからだと思うよ。みなみんって優しいよね。だから、自分のことを好きって言ってもらうと、その人が好きになるのよ。先輩と反対で、自分が美人だからって、威張ったり、特別な存在だって思ってないから」

「じゃあ、俺が好きだって言えば、好きになってくれるんですか?」

「ジラのことは嫌いじゃないと思うよ。恋愛でなく、人間としてだけどね」

「先輩に対しては恋愛なんでしょう?」

「そうだよ。みなみんも普通に女の子だから、先輩に恋してるよ。でも、先輩の方は、みなみんのそんなすてきさが、たぶん、少しわかってないんだなあ。男の子ってほんとうに馬鹿ね。みなみんを悲しませるなんて」

「どういうことですか?」

「今にわかるよ。次は、この紙に書いてある指示をよく読んで、実行よ」

「あ、はい」


「ねえ、南さん」

 次の日の部活の休憩の時、ボールを磨きながら、俺は、隣のベンチで飲み物を飲んでいる酒出に声をかける。

「土曜の午後、時間ないかな」

「部活のあと? 少しくらいならあるよ。どうしたの?」

「手伝って欲しいことがあるんだけど、ちょっとつきあってくれない?」


「何をするの?」

 土曜の午後、部活動が終わった後、酒出と校門で待ち合わせる。一緒に校舎の脇の道を歩きながら、俺は答える。

「差し入れの買い出しだよ。近くの商店を回るんだ」

「私、ユニフォームのままでいいの?」

「うん、その方がいい。地域に愛される部活を目指すんだから」

「どういうこと?」

「ついてくればわかるよ。南さんは脇にいてくれればいい。それより、大宮先輩には話しておいてくれた?」

 俺は、フェンス越しにグラウンドを見ながら言う。テニスコートでは、まだ部活をやっている。大会が近いらしい。大宮先輩もまだボールを打っている。こっちを見ているように思えたので、俺は頭を下げる。

「ジラが言うから話したけど、なんか変じゃない。ジラと一緒にいたって、後ろめたいことは何もないのに、わざわざ、二人で行動することに許可を取るなんて」

「ごめんね。万が一にも、誤解されて、南さんがいやな思いするといやだなって思って……先輩は何か言ってた?」

「ううん。好きにすれば、って……ちょっと不機嫌だったかも……でも、気にしなくていいと思う……最近、なんか不機嫌なこと多いから……」

「南さんのようなすてきな恋人がいて、不機嫌だなんて罰が当たるよ」

「あは、そんなこといってくれるの、ジラだけだよ。私、女子力、低いし、何もとりえないから、見捨てられそう……」

「何、言ってるんですか。とりえだらけですよ」

「ありがとう。ジラは優しいね。私、見捨てられたら、ジラ、拾ってくれる?……なんてね、冗談だよ。ジラは彼女、いるもんね」

「ええーっ?」

 俺は全力で首を振る。

「いないよ。俺は、三流もいいところなんで……」

「ほんとに? もしかして、那加は彼女じゃないの?」

 俺はもう少しで吹き出すところだった。

「ち、違うよ。まさか」

「だって、時々、一緒にいるよね」

「たまたまだよ」

 俺は焦った。俺と那加の関係はなんと説明すればいいんだ? 。


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