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第13章 大事なテストに遅刻する話

那加に命じられてテストのために猛勉強した俺。いよいよテストの日がやってきますが……

 

 教室のドアを開けたら、だれもいない。

 担任がびっくりしたように振り返る。

「どうしたんだ、今ごろ。遅すぎるだろう。テストは終わったぞ」

「わーおー」

 思わず叫び声をあげて俺は飛び起きる。

 自分の部屋のベッドの上。よかった。夢だった。

 時計を見る。まだ朝だ。テストの時間までまだたっぷり時間はある。

 しかし……、嫌な予感に襲われる。これって雨の音じゃないか! あわててカーテンを開ける。見たこともないような、と思うのは俺の心が怖気づいているからか? とにかくひどい雨だ。この雨の中を、いつものように自転車で登校することなんてできるのか? 行けたとしても、とんでもないびしょ濡れだ。まともな状況でテストに解答できるのか? 俺はあわてる。

「母さん」

 俺は階段を駆け下りる。もしかして今のうちなら学校へ送っていってもらえるかもしれない。帰りは歩いて帰ってきてもいいから、行きだけでも車で送っていってもらえないだろうか。

 俺は、なんとか万全の状態でテストが受けたかった。一位がとりたいとも、とれるとも思ってはいない。それにしても、昨日まで毎日、夜遅くまで必死で勉強した以上、やっただけの成果はほしかった。那加は奴隷の俺に無理難題を突きつける勝手なご主人だが、結局は、どの教科も、厳格な家庭教師のように面倒を見てくれたようなものだ。そして、俺のがんばりの本当の理由は知らないとしても、親も俺の勉強を見て応援している。あまり、無様な点数をとるわけにはいかないという気持ちが俺のなかにあった。

 だが、父親も母親も今日は仕事の都合がつかなかった。朝食もそこそこに、俺はレインコートを羽織ると荷物を持って自転車をこぎ出した。万が一にも遅れるわけにはいかない。

 激しい雨が頬を打つ。おまけに強い向かい風だ。なんてついてないんだ。自転車はいっこうに進まない。那加に言われてやっている筋力トレーニングの成果は、少しずつ出てはいる。そうでなかったら、自転車に乗ることさえ考えなかったかもしれない。それにしても、歩いているよりはましという程度のスピードだ。いつもなら、車で送ってもらったりできたはず。それがよりによって今日はだめだなんて、なんてついてないんだ、俺は。

 たぶん、大大地に通い始めて一番のひどい登校だった。

 俺はこれは悪夢の続きに違いないと思いながら、必死にペダルをこぐ。だが不幸はこれだけでは終わらなかった。いつもの道が水びたしで通れないのだ。俺は思わず立ち尽くして濁流の流れる田舎道を見つめた。

 これでは遠回りするしかない。

 いつもより早く出たのに、校門を通ったときチャイムが鳴った。たぶん、試験時間始まりのチャイムだ。まずい、テストを受けさせてもらえるか。

 教室に着くと、テストは始まっている。監督の先生は、「使えるのは,残った時間だけだぞ」と言いながらテストを渡してくれた。

 ついてない。数学は、時間との勝負だ。とにかくやるしかない。俺は必死で解き始めた。

 時間が終わって、俺は昇降口に脱ぎ捨ててあったレインコートを取りに急ぐ。少しでも時間を稼ぐために、乱雑に脱いで下駄箱の上にほおり投げておいたのだ。

 帰ってくると那加とすれ違った。

「できた?」と小声で聞かれる。

「解き終わらなかった」

 ロスは七,八分ほどだが一位を狙うには致命的かもしれない。練習していた問題ばかりで易しかったのに、あと少しというところで解き終わらなかった。

 那加は、何も言わずに行ってしまった。

 俺の災難はそれでは終わらなかった。

 次の日は朝から頭が痛かった。昨日の雨のせいか、と思いつつ、必死でがんばった。


 次の日も頭痛。熱もあったが隠して、あえて測らなかった。くらくらする頭で必死に解いた。自分でもいつ時間が過ぎたのか気づかずに、気づくと俺は部屋のベッドで眠っていた。勉強しなくちゃと思うのだが、動けない。見ると両手両足に無数の蛇が絡んでいた。に、ああ、こいつは夢だなと思っていると目が覚めた。うっかり眠っちまった、勉強しなくちゃ、と一瞬あわてるが、今日でテストが終わったことを思い出してほっとする。やるだけのことはやった。だけど、俺の場合、何をやってもスムーズに行かないんだよな。

「まったくやることなすこと」というあきれる那加の声が聞こえたような気がした。でも、ベストはつくしましたよ、ご主人様、と心の中で答える。まだ足りないっておっしゃるんでしょうね。でも、これが俺の限界です。一番を取れなくてすみませんでした。

 携帯が鳴った。那加からだ。

「はい、俺です。だめでした。すみません」

「もしもし、こんにちは。眞知です。あの、お姉ちゃんというか、那加の妹の……」

「え?」

 俺はベッドの上で座り直す。眞知さんが那加の携帯で俺に電話してきた? だけど、那加の声にそっくりだ。双子だから、そっくりでもびっくりはしないが……俺は一瞬、那加が、俺をからかっているのではないかと疑った。

「すいません。いきなり電話しちゃって……お姉ちゃんがかけていいよって言うものですから」

「いえ、あの、はい……、あの……」

 いきなりのことで、俺は取り乱して、言葉が出ない。

「今日でテストが終わったって聞きました」

「あ、はい。終わりました」

「お疲れ様です。一番を狙っているって聞きました」

「あ……一応、ねらってはいます……無理だとは思いますけど」

「一番になれたら、ジラさんに会わせてくれるってお姉ちゃんに言われました。私、楽しみにしています」

「あ、いえ、今回は無理みたいです。すみません。お姉さんは今、近くにいるんですか」

「あ、すみません。今、ここにはいないんですけど、ジラさんがとてもがんばったから『よく頑張ったね』って言ってあげて、と言われていたので電話したんです」

「ありがとうございます。感激です。話せてうれしいです」

「あの、それじゃ。お会いできる日を楽しみにしてます」

「はい。ありがとうございます……あと」電話を切りかけて、俺は大急ぎで付け加えた。「あの、那加に、ありがとうって伝えてください。あと、ごめんなさいって。それでたぶんわかるんで」

「あ、はい。わかりました。ありがとうとごめんなさいですね。伝えます。それじゃ、また」

 電話を切ったあとも胸のどきどきが止まらず、俺はベッドの上でしばらくぼーっとしていた。なんてかわいい声なんだろうと思った。那加にそっくりな声だった。でも、しゃべり方はずいぶん違っている。あの駅で見た美しい姿にぴったりの声だ。

 俺は、眞知に会える日がいつかほんとうに来るんだろうか?


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