万引きをした〇〇君へ
「男」が話しかけている文体となります。
なので、ほぼ口語です。
これはとある町で起こった事件の話。地名、人名は伏せる。
寂れてはいるが、平和な小さな町。そこには大変な悪ガキが住んでいた。
小学校中学年のその男の子は、同級生を虐めたり教師を辞職に追いやったり小動物を弄り殺したりと、陰湿な悪事を働く子供だった。
何故補導されない? 何故罰を受けない?
よくある話だ、親は警察の上の方──詳しくは俺は知らないし、本筋には関係ない。それに、君は知っているはずだしね。
とにかく、その悪ガキ──〇〇君、としておこう。
その子を中心に起こった事件、舞台は寂れた本屋。
その本屋の主人は気の優しい中年で、隣町に建てられた大きな書店に客を取られながらも、その人柄の良さと仕入れの腕、隅でやっていた裾直しやボタン付けでなんとか店を潰さずにいた。
この店主が、二人目の登場人物。〇〇君は〇〇君で──こっちは、まぁ、店主でいいだろう。
君は知っていると思うけど、悪ガキ〇〇君は幾つも悪事を働いていた。犯罪と呼ばれるものだ、司法で裁かれるもの。
イジメだとかイジリだとか呼ばれる暴行、器物破損、窃盗、恐喝……なんだ知らなかったのか、立派な犯罪だぞ。犯罪行為を「立派」と表現するのは、俺は嫌いだけれど。
後は動物愛護法? これも器物破損? 狙うのは野良ばかりで、ペットに手を出していない〇〇君は、それなりの頭があると思える。
さて本題。
〇〇君が犯した、さっき話した本屋で犯した、窃盗罪。そう、万引き。
店主は気が優しくて、鈍臭くて、持病のせいで速くも動けなかった。だから万引きに気付くのは〇〇君が逃げた後で、気付けても〇〇君には追い付けなかった。
ある日、妻と息子と協力し、鞄に本を詰めた〇〇君を捕まえられた。
鞄の中に詰まっていたのは、漫画、参考書、旅行雑誌、小説──ジャンルはバラバラだった。
店主は反省したと泣き出した〇〇君をあっさり解放した、彼の妻は呆れていたが、親が何を言ってくるか分からないから、俺は良い判断だと思った。
そうそう、その後──彼の息子は〇〇君に聞きに行ったんだ。学年は違ったけれど同じ学校だったからね。君は知ってるか、それとも忘れていたかな。
話が逸れた、そう、聞きに行った。
どうして本を盗んでいたのか、と。参考書や小説を読むとは思えなかったんだ、それは口には出さなかったけれど。
君は知ってると思うけど、忘れているかもしれないし一応しっかり説明しよう。
〇〇君はこう答えた。
「バッカ、隣町の古本屋で売るんだよ」
その答えを聞いて、息子は「そう」と言って、教室に戻った。
〇〇君は張り合いがないとか思っていたのかな? 情けない奴だとか、そういう罵倒をする子だ。〇〇君は文明社会で生きているとは思えないほど、力と度胸を重く見ていたんだ。それこそ、野生動物みたいに……同じにしたら、野生動物に失礼かな。よく言えばワイルドさ、この言い方なら気に入ってくれそうだね。
その後も万引きを続けて──
店主の妻は病気で倒れて──
捕まえられなくて、店は傾いて行った。
君は知らないと思うけど、本一冊売って店に入る利益は微かなものなんだ。
君は二百円で売ったら二百円儲かると思っているんだろう? 仕入れ値の存在なんて知らないんだろう?
一冊万引きされたら、十冊以上の損失なんだ。
〇〇君みたいに何回も万引きを繰り返されたら、赤字になるに決まっているだろう?
〇〇君の小遣い稼ぎで店は潰れた。
それから数日、これが俺が言いたかった事件。
店主が首を吊って死んだ。
その前日に空になった店の真ん中で、ゆらゆら揺れて、捻れたロープでくるくる回って、排泄物やら垂れ流して、死んでいた。
店中に紙が散乱していた。遺書の書き損じだ。
君はこれは詳しく知らないだろうから、説明してあげよう。
「もう無理です。(息子の名)ごめんな」
「〇〇のせいだ、〇〇のせいだ、〇〇のせいだ──(以下同文)」
「(妻の名)、今行きます」
「誰か(息子の名)を──(死体の真下にあって排泄物で汚れて読めなかった)」
こんなところか、まだまだあるが、読み上げる時間はない。俺には時間がない、急がなければ。
あの遺書の書き損じには流石に〇〇君も居心地を悪くして、引っ越して行った。どこに行ったのか、あの町の人は誰も知らなかった。
息子は親戚に引き取られて、優秀な成績を納めて、推薦だの学費免除だので大学にも行った。ここだけは美談だな。
で、その息子は大学で〇〇君を見つけた。〇〇君は自分が殺した男の息子だと気が付かなかった。〇〇君はその悪さに磨きをかけて、最近はもっぱら酔わせた女の強姦に勤しんでいたね。
色々と話が逸れたけど、君に聞かせたかったのは一つだけ。自殺した店主が遺した手紙。
読み上げるよ、よく聞いて。
万引きをした〇〇君へ
〇〇君、この手紙が君に読まれることはないと思うけど、君に向けて書きます。
君が悪戯感覚でやった行いで、僕は首を括ることになりました。
何も自殺しなくても、と多くの人は言うでしょう。
けれど、もう、無理なんです。
何故無理なのか、は、きっと多くの人に言い訳と取られてしまいます。だから、言いません。
〇〇君、君が僕の生命の重みで更生してくれることを願います。
聞いた? 真面目に聞いた?
もう時間が無いんだ、聞いたよな? 〇〇君、聞いたよな?
……聞いたな、よし、俺が君に聞かせたかったことはこれで終わり。長々と付き合ってもらって悪かったね。
〇〇君、君が失踪して、両親が捜し始めて、数日経って──そろそろここがバレると思う。だから時間がない、思い出話は「ながら作業」になる、悪いね。
俺のことは思い出したよな。そう、店主の息子だ。〇〇君、君のおかげで苦労したよ。せっかく学費免除でいい大学にも入ったのに、それももう水の泡だ。
殺人の末遺体損壊じゃあ、お先真っ暗だよな。君の親は警察だろう? どんな刑になるか知らないか? 君は知らないか、親の知識は受け継がれないからね。
俺はな、両親のことは忘れたつもりだった、君のことも。でも、今でも平気で悪事を働く君を見ていたら、我慢出来なくなった。
これは仇討ちでも、正義の裁きでもない。
ただ単に「腹が立ったから殺した」だけだ。
……〇〇君? 〇〇君。〇〇君…………君は、あまりしぶとくなかったね、意外だよ、もっと生き汚いと、往生際が悪いと思っていた。
軽くなったね。君を攫ってきた時、気絶させた君を運ぶ時は苦労したのに。
俺の父は首が伸びていたけど、もう少し太っていたら首がちぎれたりしていたのかな。それなら今の君と同じような姿だったね。
驚いたことがあるんだ。俺は、R-15Gの映画やゲームは受け付けなかったんだ。グロテスクなのが苦手でね。
でも、今の君は普通に見ていられるし、話もできる。
現実と虚構の違い、ってやつなのかもね。
さぁどうしようか。父と同じ姿になるか、牢屋で人生を棒に振った後悔でもするか。
あぁ、君を殺したことへの反省はしないよ。それこそ、死んでもね。
どちらにせよ、まだ警察は来ていないし、カップ麺でも食べて来るよ。食べ終わっても警察が来なかったら、話し相手になってくれよ。
じゃあ、さよなら。〇〇君。