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8食目 安く易く

大晦日ですが内容は一切関係ありません。


 ジッと、俺は暗い部屋でPCの画面を凝視する。

 そこにズラリと並んでいるのは、"小説家になってもいいんじゃないか"へ投稿された、無数とも思える小説のタイトル。


 その大量に並ぶタイトルは、一連の規則性を持って並んでいる。つまりはランキングだ。

 短い期間にどれだけの評価を受けたかで決まるその順番に、俺は視線をやりながら頭を抱える。

 最初の投稿から僅か数時間で、1位という頂に昇ったそれを、自分には無縁の出来事であると認識しながら。



「すげーよな……。やっぱタイトルで目を惹くのは大切か」



 などと感想を口にしつつも、俺は現実から逃れるべく視線を逸らす。

 これ以上見続けては危険だ。モチベーションが上がる可能性と下がる可能性、その両方に襲われかねない。


 とはいえ俺もタイトルの見直しをしてみるというのは、案外悪くないかも。

 しかし自分だけで考えるには限界があり、たぶん同じようなものばかりが延々沸くハメになる。なので誰かの意見を聞く必要はありそうだ。

 となれば相談先は妹しかない。俺はそう考え、背後に蠢く物体へ声を掛けるのだった。



「タイトル変えようと思うんだが、どうしたら良いと思うよ」


「タイトルー? 変えてどうすんのよ」



 その相談相手、妹は俺の問いへ不機嫌そうに返す。

 ヤツは俺のベッドで毛布にくるまり寝転がったまま、勝手に引っ張り出してきた古い雑誌を読んでいた。

 成人を迎えた妹が、兄貴の部屋へ平気で出入りし居座るというのは、いったい如何なものだろうかとは思う。

 だが思いのほか創作面では頼りになるため、俺は下手に追い出すことも出来ないでいたのだ。



「っていうかタイトル変える前に、展開の方を変えるべきだと思うんだけど」


「ならそこも助言を頼む」


「……兄貴の作品でしょうが。意地はどこいった」


「今の俺はブックマークの亡者。妹様のありがたい助言を受け、生まれ変わったのだ」



 呆れた様子の妹へと、俺は祈るようなジェスチャーをしながら返すのだった。


 もっとも実際には、本当に何から何まで妹のアドバイス通りにする気はない。

 ある程度譲れない一線はあるし、第一そうなってしまえば自分の作品ではなくなってしまう。

 それでも妹の意見を聞きたいのは、単純に別の視点が欲しいというのに加え、自分では矛盾などに気付けない例が多々あるため。



「じゃあ思ってる事を全部言わせてもらうけど。……覚悟してよ」


「お、おう。お手柔らかにな」


「まず――」



 ただ求めた助言に対し、妹は予想以上に張り切ってしまったらしい。

 なにやら嫌な予感がする前置きに、俺はつい椅子に座ったまま腰が引けてしまう。


 覚悟を決めて頷くと、妹のアドバイスへと耳を傾ける。

 だがこれはアドバイスと言っていいのだろうか。どちらかと言えば容赦ないダメ出し、あるいは罵詈雑言とでも言うべきものか。

 俺は延々口を開く妹の声に、徐々に気分が沈んでいくのを抑えられなかった。


 とりあえず言いたい事は最後まで言ったのか、妹はしばらくして満足そうに息を吐く。

 一方の俺は息も絶え絶え。心には深くダメージを受け、再び書き始められるだろうかと不安にすらなる。

 内容そのものは、反論の余地がないため言い返せもしないのだが。



「題材に関して言うなら、たぶん世間的にはウケないんじゃない?」


「や、やっぱりそうか。でも好きで書いてるんだし仕方ないな、何人かが好んでくれればそれで十分さ」


「……多くの人にウケるためにアドバイス聞いてるんじゃなかったの?」



 妹の指摘に、少々強がりを口にしてみる。

 しかし再びされた突っ込みに、俺は再び返す言葉もなく沈黙してしまう。


 とはいえ妹もこれ以上言うのは気が引けたのか、軽く咳払いをしこちらを励まそうとしているであろう言葉を発した。



「まぁ……、私は兄貴の書く話嫌いじゃないけど」


「そいつは喜ばしいな。読者一名獲得だ」


「あくまでも嫌いじゃないって範疇だからね。別に好きだとは言ってないし」



 なんだか素直ではないが、ちょっとだけ懐かしい気もする。

 まるでコイツが小さい頃、俺の後ろをくっついて歩いていた時期を思い出してしまう。

 ただ俺の感傷に気付いた訳でもないだろうが、妹にジロリと鋭い一瞥を寄越されてしまった。



 妹の視線から逃れるべく、この世には短い時間で頂に昇り詰める人も居るのだなと、そんな言葉を吐きながら立ち上がる。

 とりあえずその世間から目を逸らすべく、今は我が家の夜に目を向けるとしよう。

 俺はそう世迷言を口にしながら、フラリと自室出て廊下に出る。向かう場所は言うまでも無く台所だ。



「そろそろ頃合いだと思った。腹の虫が教えてくれたのよ、兄貴が私のために夜食を作ってくれる時間だよって」


「別にお前のためだけじゃないっての」



 寒い廊下へ出るなり、自然とついてきた我が駄妹。

 ヤツは腕を組み不敵な笑みを浮かべながら、自身のための夜食作りであると断言するのだった。


 自身の分だけでなく、妹のも作ってやる事に文句がある訳じゃない。

 ……しかし少々、最近この件で気になっているものがあった。



「一つだけ言っていいか?」


「仕方ないわね、夜食作りの報酬としてちょっとくらいなら聞いてあげる」


「お前最近腹出て来たぞ。夜中に飲み食いしてるせいで」


「ウソ!?」



 俺は堂々と胸を張る駄妹に嘆息すると、スウェット下にあるヤツの腹を指さし、渾身の一撃を口にしてやる。

 定期的に筋トレへ勤しんでいる俺はともかく、一切運動の類をしないコイツでは、さぞや潤沢に脂肪を溜め込んでいくに違いない。


 当然その指摘を受け、ハッとし自身の腹を抑える駄妹。

 視線が泳ぐところからして、こいつもまた見たくも対象から目を逸らしていたらしい。

 気持ちはだけはよく理解できる。



「ねえ、嘘でしょ!?」


「さてな。ところで俺は普通に夜食を食うんだが、豚ちゃんはどうする?」


「豚言うな! ……食べるわよ、そのために待ってたんだから」



 いったいこいつは、どれだけ俺の夜食に執着しているのだろうか。

 暖房も無く寒い部屋の中、それを楽しみに待っていたらしく、自身を豚と称されても短い癇癪を起すだけで、台所へ向かう俺の後ろをついて歩く。


 寒々しい廊下を抜け台所へ立ち、身体を震わせながら冷蔵庫を開く。

 それほど変わらない温度の空気を顔に浴び中を漁っていると、背後に立っていて駄妹はどこか切実な様子で、グッと力のこもった声を発する。



「ローカロリーなやつで! 出来るだけね!」


「必死すぎだろ……」


「仕方ないじゃん、兄貴があんなこと言うから。いや別に太ってなんかないけど」



 焦燥感すら感じさせる声で、夜食のカロリーを低くするよう懇願する妹。

 そこまで気にするのであれば、食べるのを止めればいいだろうにとは思うも、そこは自重する気が無いらしい。


 ヤツは以前と比べれば、若干肉付きの良くなったように思える腹を隠す。

 そして断固として気のせいであると主張しながら、椅子へ腰を下ろし温かい飲み物を用意していた。

 しかもココアやカフェオレの類ではなくルイボスティー。やはり相当に気にしていると見える。



「はいはい、出来るだけ太らないやつな。……つっても何にするか」



 俺は妹の我儘に多少なりと応えるべく、冷蔵庫内を順に漁っていく。

 ソーセージに冷凍の魚。野菜だって根菜に葉野菜、今は果物もそれなりに入っていた。

 まとめ買い直後であるため、食材に関して今は潤沢であると言っていい。


 食材が多いだけに、逆に迷ってしまう。

 今であればひたすら健康面を追求した、ローカロリーながら栄養バランスのとれた料理だって作れるはず。

 だがここ最近続いている夜食の習慣を考えると、少々思う所がないでもないのだ。



「ちょっと節約もしたいところなんだよな」


「なによ兄貴、もしかして金欠?」


「そうじゃないんだが、3食とは別で食う夜食に、あんま金を掛けるのはどうかと思ってな」



 唸るように呟いた内容へ、後ろから冷蔵庫を覗き込みながら妹が返す。

 普段食べている夜食だって大抵は余り物。なので別段金を掛けているとは言い難い。

 たまには贅沢も悪くはないが、それでも安く済むに越したことはなかった。


 この大量にある食材だって、母親がある程度計画を持って買っているかもしれない。そうなると手を出すのが憚られる。

 なので使うとすれば、安価であったり足が速い食材を優先して使いたいところ。

 ただ都合良くそんなのがあるだろうかと考えていると、おあつらえ向きなソレが丁度視界へ飛び込んでくる。



「もやしか」


「……もやしね」


「悪くないかもしれん。なにせ安い」



 目についたそれを手に取り呟くと、背後の妹も何故か同じように呟く。

 そこにあったのは、現代においては多くの人がお世話になっているであろう食材、もやし。

 基本安価で流通し、生産も安定しているため値動きが起きにくいという、庶民の味方と言える食材。


 節約料理の代名詞にすらなりかねないそれは、反面すぐ傷んでしまうという欠点がある。

 買ってからついうっかり忘れてしまい、ダメにしてしまった経験くらい誰にだってあるはず。

 それに背後の駄妹が求めるように、カロリーだって低い。まさに今の状態にうってつけの食材だ。



「やっぱ温かいのが欲しい。兄貴の部屋寒かったし」


「なら大人しく自分の部屋に居ればいいだろうに……。お前の部屋は暖房あるんだから」



 いくら毛布にくるまっていたとはいえ、結局それなりに冷えてしまったようで、身体を少しだけ震わせる妹は、椅子に戻ると両の手を擦り合わせていた。

 もっともこいつが夜食目当てに来ていたからこそ、俺は助かっているのだが。


 ともあれ俺は夜食作りを始めるべく、取り出した二つの鍋に水を張り火にかける。

 片方は多めに、もう片方はほんの少しだけ。

 湯が沸いた少ない方の鍋に顆粒出汁に酒とみりん、塩と僅かな醤油を入れ、一方多い方の鍋に少量の塩と袋のもやしを投入。


 冷蔵庫の隅へ転がっていたカニカマを取り出すと、細かく裂いて少ない方の鍋に放り込む。

 その頃に温まったであろうもやしをザルに上げ、カニカマ入りの出汁へ水溶き片栗粉を混ぜ強めにとろみを付け、軽く山椒を振ってやる。

 非常に簡単ではあるが、これで完成だ。



「てっきりスープでも作るのかと」


「中華出汁で作るもやしのスープは美味いな。だがそれだと酒の肴にはならんだろ」



 妹は想像していた物と違ったせいか、キョトンとした表情を浮かべる。

 ただ俺の主張そのものには異論がないようで、小皿と箸を取り出すと、軽く手を合わせ出来上がったそれに早速箸を伸ばすのだった。


 片栗粉のおかげで強い濃度を持つため、もやしを挟むと共に餡も纏ってくる。

 それを口に入れると、柔らかな味が舌の上でとろけ、僅かに食感の残ったもやしがシャキリと歯に触る。

 火を通しすぎず、生すぎず。手早く済ましたためか、思いのほか丁度良いもやしの食感。

 カニカマのどこか懐かしい風味と山椒の爽やかな香りもあって、俺は自然ともう一口箸を伸ばしていた。


 もやしは茹でてポン酢と合わせるだけでも美味いし、ラー油やごま油などで和えれば十分酒の肴になる。

 温かい物をという要望なら、さっき妹が言ったようにスープでも悪くはない。

 安価でローカロリー。それに取り扱いが簡易なもやしは、夜食作りには案外うってつけなのかもしれなかった。



「これはアレね。ビールが欲しくなる」


「こいつ、遂に聞く前から酒のリクエストを……」


「仕方ないじゃん。お酒に合う料理を作る兄貴が悪い」


「作れといったのはお前だろうに。なんてヤツだ」



 料理だけでは物足りないとばかりに、ジョッキを煽るようなジェスチャーをする駄妹。

 なんだか仕草がおっさん臭い気もするそれに悪態つきつつも、呑みたい欲求に襲われていたのは俺も同じ。

 もっぱら夜食用に冷やしておいた缶ビール、……とは言え今日は発泡酒だが、それを二つ取り出してそれぞれの前に。

 グラスすら使わず、プルタブを開け小さな乾杯をすると、一気に三割ほどを煽るのだった。


 僅かに温まった身体へと、よく冷やされた酒がジワリと沁みる。

 少々一気に入れすぎたか酩酊感に襲われるも、なんだかそれすら心地よく、俺は更に箸を伸ばしもやしとカニカマを掴む。



「ところでさ兄貴」


「なんだ夜食を奪い取る愚妹よ。言いたい事があるなら聞いてやろう」


「うっざ! ……いやちょっとさ、試しに兄貴のアレを最初から読み直してみたんだけど」



 我儘への報復として軽口を叩いてみる。

 しかし妹はジト目で俺を見ると、易々と打ち返してくる言葉を吐くのだった。

 俺はその言葉を聞くなり、身体をビクリと反応させ硬直する。

 ついさっき鋭いダメ出しをされたばかりだというのに、今度はいったい何を言うつもりなのか。


 そんな緊張している俺にされたのは、やはり壮絶なダメ出し。

 たださっきよりは幾分口調は柔らかいし、なんとか捻り出しているだろう良い点を口にしてくれた。

 夜食を食べて酒を呑んだおかげで、気が大きくなっているのかもしれない。

 あとはそう、たぶん毎夜の礼をしているつもりなのだろう。



「気が向いたらまた感想を教えてあげる。感謝していいわよ」


「そうだな……。気が向いた時に頼むよ」



 あまり豊かではない胸を張り、妙に偉そうな態度を取る妹。

 俺は酒のせいで、僅かに機嫌よさ気な顔を向けてくる妹の申し出を素直に受け入れながら、冷蔵庫からもう一本ずつ発泡酒の缶を取り出すのだった。



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