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23食目 炭と炎と酒の前


 ポカポカとした午後の暖かな陽射し。それに身体に伝わる軽い振動と、蓄積していた日頃の疲労。

 そんな瞼を閉じるに十分な要因を振り払うべく、俺は軽く眠気を覚え始めた頭を振るう。


 大きな欠伸をしつつ目を見開き、右手はスイッチへと伸ばす。

 そいつを押すと小さな駆動音と共に、青い香りを纏う風が右の頬を強く撫でた。



「ああ……。もうすっかり春だな」



 そんな新緑の香りが漂う空気を吸い込み、ハンドルを切りながら呟く。

 曲がりくねった片側一車線の道路。数日振りに得た休日、一級河川の側を沿うように続くそこを、俺は車でのんびりと走っていた。



 この日俺は珍しく、休日に少しばかり遠出をすることに。

 とはいえ行き先は家から車で40分かそこらという近場。今回はそこで、1泊のキャンプを行うつもり。

 前々からやってみたいとは思っていたのだが、最近見たアニメの影響もあって遂に我慢が出来なくなり、意を決してレンタカーを借り行動に移したのだ。


 もっとも小説の進みが悪ければ、この突発的に思い立った遊びも実行には移さなかったはず。

 昨夜は妙に手が進み、予定よりもずっと多くの分量を書けたため、心置きなくこうして外へ遊びに行けるのだ。



「本当に、晴れて良かった。初心者が雨の中でキャンプなんて、悲惨な目に遭うのがわかりきってる」



 ようやく実行に移せたキャンプへの高揚感からか、風を受ける俺は窓の外へと呟く。

 もっとも鼻先へ感じる花粉だか黄砂だかによって、速攻で窓を閉めるのであったが。


 キャンプに必要な道具一式は、そういった事を趣味にしている友人から借りた。

 流石に寝袋くらいは自分で用意したし、焚火台を兼ねたグリルも買ったが、テントや椅子その他は全て借り物。

 今後も機を窺ってやるつもりではあるけれど、初心者でもあるしひとまずは借り物で十分か。


 とりあえず到着するなり炭を起こし、それを使って食事を作り、あとは寝るまで焚火に興じるつもり。

 徐々に近づきつつあるその予定に、俺は浮足立つ気持ちを抑えきれない。

 しかしそんな上機嫌の俺へと、ダラリとした風情もへったくれもない声が後部座席から響く。



「でもさ、こんな遅い時間に出て良かったの? ほとんど遊べないじゃん」



 声に反応し、ルームミラー越しに後ろを窺う。

 するとそこには細い棒状のチョコレート菓子を咥え、背もたれに身体を預ける妹の姿が。

 運転のためすぐ前へ視線を戻すのだが、その直後にもう一度ヤツの姿を見て、ゲンナリと肩を落とした。


 本当であれば今回のキャンプ、俺一人で実行に移す予定だった。

 この日は妹が出勤であるのは事前に知っていたため、誰に憚ることなくやれると思っていた。

 しかしどういう訳か妹は急遽休みとなったらしく、コッソリ出発しようとした俺の服を掴み、嫌な笑顔を浮かべ同行を告げたのだ。



「今回行くのは川辺のキャンプ場だ。流石に今の時季、まだ水に入るのは早いだろう?」


「それはそうなんだろうけど」


「それに主な目的は、泊まることとそこで飯を食う事、それに焚火だ。場所さえ確保できればこの時間でも十分だよ」



 妹はキャンプと言えば、早い時間から言って色々と遊ぶのが前提と考えていたようだ。

 けれど今回はそれをする気などさらさらなく、むしろやりたい事は日が落ちてからが本番。


 キャンプ客の増えてくるシーズン。ただ向かうキャンプ場はこと場所取りに関しては、道具一式を貸してくれた友人曰くそこまで心配しなくてもいいらしい。

 どうやらあまり人でごった返す類のキャンプ場ではないらしく、基本的にいつ行っても閑散としているとのこと。

 市街地からそこまで遠くないと言うのに、あまり人が多くないと言うのは、管理の人が常駐しておらず利便性が悪いためであるようだった。

 もっとも俺が求めている物を満たすためであれば、それでも十分だ。



「ったく。本来なら独り静かな時間を過ごそうと思っていたってのに」


「いいじゃん、別に。初春のまだ肌寒いキャンプ場、うら若き美人に囲まれてするキャンプなんて、寒さを補って余りある価値でしょうに。それこそ羨望の的よ」



 この駄妹によると、キャンプ場で女を侍らすことによって、ちょっと良い気分になれるだろうと言う主張。

 けれど別に、当人とてそんなことを本当に思ってなどいまい。あくまで方便、冗談の類だ。

 もっともしなだれかかってくる女というのが妹では、想像してみてもイマイチ盛り上がりに欠けるというもの。



「そもそも見せつける相手が居るかどうか。っていうか、しれっと彼女まで巻き込むんじゃねぇよ」



 妹だけであれば、いつもの気まぐれや我儘の類と考えてもいい。

 たまの独りを楽しむのは既に叶うべくもないが、一緒に遊んでやる事で妹の機嫌が良くなるのであれば、まあ悪くはないと言えなくも。


 しかし残念ながら、少しくらい窘めてやる必要はあるのかもしれない。

 なにせ妹の横には、恐縮した様子で座る影が一人。

 俺はそのもう一人の同行者、俺を囲んでくれる内の片割れとされる人物と、ルームミラー越しに目を合わせた。



「すみません、突然お邪魔をして……」


「いや、気にしないでくれ。それよりもこのバカの我儘で付き合わせて悪いな、折角の休みだってのに」


「あたしとしては、むしろありがたいですよ。丁度暇を持て余していましたので」



 後部座席で妹と並んで座るのは、ここ最近随分と接点の増えた後輩。

 近頃は相当妹に引っ張り回されているようで、今回もいつの間にやら妹から連絡を受けたらしく、荷物を車に乗せたタイミングで姿を現したのだ。

 もっとも彼女自身、そこを嫌がっているどころか、むしろ言葉通り楽しんでいるフシがあるのは救いか。


 それにしても妹と遊ぶことによって、俺と会社外でも接点があるのは平気なのだろうか?

 俺が教育係であると言うこともあって、別段苛烈とは言わないまでも、彼女へはそれなりに小言も発しているのだが。



「なら暇つぶしがてら、存分にこの駄妹を恨んでやってくれ」


「そんな。……むしろご一緒できて、あたしは嬉しいですから」



 やはり後輩の言葉や表情からは、嘘が含まれているようには思えない。

 ならば下手な勘繰りをせず、大人しく彼女の言葉を信用すればいいか。


 俺はそう考え、ひとまず運転へ集中することにし、緩やかなカーブへ向けハンドルを切る。

 一応借りたテントは比較的大きく、3人程度であれば使える広さはある。

 しかし急遽の参加である妹と後輩の分までは、寝袋が用意出来なかった。それに第一、後輩と同じテントでは流石に色々とマズかろう。


 そこでこの彼女らに関しては、あちらで食事を摂ってから少しばかり焚火を囲み、眠る前に送り返してから、再び俺はキャンプ場へ向かうという手はずになっている。

 片道40分程度という、比較的近隣のキャンプ場であるため可能な手段だ。

 夕方からの日帰りキャンプというのは少々勿体ない気もするが、こればかりは仕方あるまい。



 そこから道中で用を足すべく、一度コンビニへと立ち寄ってから辿り着いたのは、川沿いに設けられた市営のキャンプ場。

 既に夕刻が近づきつつあるせいか、それともまだ水が冷たいせいだろうか、子供たちが川で遊んでいる姿はない。

 代わりに家族と一緒に、置かれたテーブルや炊事場の前で、和気藹々と料理に興じていた。

 けれどその数もあまり多くはない。聞いていた通り、利用者の少ないキャンプ場なのだろう。



「まずは料理ね。火を熾さないと」


「……いや、テント立てるのが先だろ。飯だけ食って帰るお前はそれでいいかもしれんが」



 到着し車から荷物を下ろす俺の横で、妹はグッと大きく伸びをする。

 そうしてそそくさと手を伸ばしたのは、BBQの出来るグリルと炭。どうやら早速火熾しをし、夕食の準備を進めようと考えていたようだ。

 ……いや、準備を"進めさせようと"の間違いか。


 もしやこいつの頭には、食い物か娯楽に関するモノしか詰まっていないのだろうか。

 そんなことを考えてしまい、俺はゲンナリと肩を落とす。

 しかしおそらく言っても聞くまい。そこで俺は火熾し妹に任せ、テントを張るべく借り物のそれを地面へ置いた。



「あ、手伝いますね。たぶんお一人だと大変だと思いますし」


「もしかして、キャンプの経験が?」


「はい、父に連れられて何度か。説明書を読みながらであれば、上手くやれると思います」



 どうやらキャンプの経験がそこそこあるらしき後輩は、テント張りを手伝うと申し出る。

 丁寧にも捨てられていなかった説明書を広げ、彼女は必要な道具を1つずつ確認していく。


 これは心強い。実のところズブの素人である俺では、何をするにしても苦戦すると言うのが目に見えていた。

 困ったらその都度ネットを使い検索すればいいかと思っていたのだが、この様子だとスマホに手を伸ばす必要すらないかも。

 ただそれではあまりにも情けなく、俺は後輩に対し少しばかりの虚勢を張ってしまう。



「ならアイツを手伝ってやってくれないか。ただでさえ家で料理の一つもしないんだ、火を使うなんて危なっかしくて」



 そう言い、俺は親指で背後を指す。

 そこでは今頃妹が炭とグリルを相手に格闘しているはずで、難しいと聞いている炭での火熾しなだけに、悪戦苦闘している様が目に浮かぶようだ。

 なので後輩にそちらを任せようと考えたのだが、彼女は小首を傾げると、同じく妹の方を指さす。



「たぶん、加勢の必要はないと思いますよ?」



 そう告げる彼女の指先を追って振り返る。

 するとそこには色々と器具を使い、早々に炭へ火を点け満足気な表情を浮かべる妹の姿が。

 前もって調べていた限りでは、初心者であればなかなか手こずると書いてあったというのに。


 あまりに意外な光景に、つい呆気にとられる。

 ただ古い記憶を掘り起こしてみれば、ヤツは小中学生時の夏休み時季、毎年自治体が主催するキャンプ教室などへいそいそと参加していたのだったか。

 今の極端なインドア志向を思えば考えられぬが、当時はなかなかに活発な少女であったのだ。

 なので子供の頃に得た知識を元に、こうして火熾しを成功させたのかもしれない。



「や、やるじゃないか。……だがたまには食事の準備の手伝いをしてくれないとな」


「先輩、顔が引きつっています」


「気のせいだ。それよりもこっちは早くテントを立てるぞ」



 油断というか過小評価というか、俺は少々妹を見誤っていたのかもしれない。

 だがそこを認めるのも少々癪で、ついつい強がりめいた発言をするのだが、そいつはすぐさま後輩に看破されてしまう。

 なのでこれ以上変に誤魔化しをするのではなく、サッサと思考の矛先を余所へ向けることにした。


 後輩もそれ以上突っ込んでくる気はないようで、可笑しそうに小さな笑みを溢しつつ、テントの設営を手伝ってくれる。

 案の定彼女もかつての知識が活きているらしく、俺よりも若干手慣れた動作でテントを組み立てていく。

 なんだか立場が無いように思えて、少しだけ意気消沈してしまう。



 ともあれ諸々の準備は完了。

 なんとか寝床の用意も済み、あとは食事を作るだけという頃には、既に陽射しも赤く染まりつつあった。



「兄貴、後は任せた!」


「折角熾した火を、自分で使おうとは思わないのな……」


「我々、料理ハ門外漢。兄貴作ル人、私タチ食ベル人」


「……わかったわかった。とりあえず隅にポットを置いとくから、湯が沸いたらそれで適当に茶でも淹れて飲んでろ」



 何故だかカタコトとなり、妹は断固として料理を担うのを拒絶する。

 ただ一応手伝うよう口にはしてみたものの、ここに関しては想定内。どうせ嫌がるだろうとは思っていた。

 だがその料理門外漢一味の中に、後輩を引きずり込むのは止めてやって欲しい。たぶん彼女は、この妹と違い多少料理が出来る子であろうから。


 今回は調理を行えるスペースが狭いため、手伝いを申し出る後輩へ礼と共に断りを入れた俺は、クーラーボックスを開く。

 今日作る物はあらかた決めており、既に食材の準備は済んでいる。

 急遽妹と後輩が参加したことによって、急ぎ食材を追加したのだが。


 速攻で取り出したのは、密閉のできる丈夫で透明なビニール製の袋。中には鶏肉が薄茶色の濃度ある液体に浸かっている。

 こいつはキャンプのド定番と聞いたタンドリーチキンだ。

 それを取り出しヨーグルトの液をある程度落としてから、炭の上にセットした網へと置く。



「いいね鶏肉。やっぱBBQと言えば肉よ肉」


「相変わらず、食うだけだってのになんて偉そうな」


「いいじゃん、炭の準備はしてあげたんだから」



 じわりと焼かれていく肉を眺め、妹はソワソワとし始める。

 ただ気持ちはわからないでもない。外で食べる食事は数割増しで美味そうに思えるし、炭の香りも相まってなお食欲をそそられる。

 それに野菜も問題なく美味いが、やはり妹が言うようにBBQには肉が欲しい。


 ただ肉を焼くだけでは味気ないため、とりあえず野菜も追加する。

 とはいえただ切って焼くのではなく、今回は俺自身が野外初心者ということもあって、簡単にいくとしよう。


 肉が焼かれていくのを待つ間、そこで次いでクーラーボックスから取り出したのは、卵数個とミックスベジタブルに米粉、それに前もって炒めておいた玉ねぎ。

 小さなボウルへ卵を割り入れ、溶いたところに米粉を加えて馴染ませていく。

 ミックスベジタブルと玉ねぎを加えて塩コショウをし、網の上に置いたスキレットに流し入れた。

 卵を使った事でタンパク質が被ってしまうが、これで多少は野菜も摂れるだろう。



「兄貴ーまだー? わたしお腹空いたんだけど……」


「もうちょっと待ちやがれ。火力の調整が難しいんだよ」



 沸かした湯で紅茶を淹れ、後輩と共に飲む妹は空腹を露骨に訴えてくる。

 とはいうものの、普段慣れ親しんだガス火とは異なり、炭による火力調整は困難を極める。

 減らせば落ち、増やせば強まるというのは言うまでもないが、この小さなグリルではなかなかに難しい。


 ただそんな状態でも次第に、ジワリジワリと焼けていく肉とスパイスの香りが漂い始める。

 舞う炭の香りを纏った肉は遠赤外線の効果によるものか、見るからに美味そうな焼き色が付き始めており、無意識に喉が鳴る。

 肉の方はそろそろ良さそうだ。あとはオムレツが焼けるのを待つばかりと、火加減を調整するべくスキレットを動かし、取り出したバケットを温めるべく隅の方へ置いた。



「食器を持って来てくれ。BBQらしくコイツを囲んで立食だ」


「物は言いようよね。単純にテーブルが無いんでしょうに」


「仕方ないだろうが。俺だけで来るつもりだったから借りてないんだよ」



 置いているプラスチック製の皿とフォークを持ち、妹と後輩はグリルの近くへと寄ってくる。

 これだけの人数が居るのであれば、テーブルと椅子のセットが有った方が良いのかもしれない。

 しかし俺だけの予定だったため、適当に腰を下ろして食えばいいと考えていたのだ。

 そもそもグッズ一式を貸してくれた友人は、ソロでの志向が強い人間であるため、借りたくとも持っていない可能性が高いが。


 2人の持つ皿へと、キッチン鋏でざっくりと切り分けたタンドリーチキンを乗せる。

 次いでスプーンで掬ったオムレツと、軽く焼き目の付いたバゲットも。

 そうして立ったまま軽く手を合わせると、俺も取り分けた料理へフォークを刺し口へと運ぶ。


 まず口に入れたのはオムレツ。

 一応スパニッシュオムレツ風を意識して作ったそれは、屋外ということもあって半熟ではなく、しっかりと火が通されている。

 ただ米粉を使った事により、少しばかりサックリと軽い食感に仕上がっているように思えた。



「なにこれ、……お肉がふっくらしてる」



 そしてもう一方、チキンの方はオムレツ以上に妹の琴線に触れたようだ。

 大振りにカットされたタンドリーチキンを凝視する妹は、咀嚼しながら大きく目を見開いていた。


 屋外ということもあって、スキレットで焼いたオムレツが美味いのはある意味で普通。

 ただそれに加え、チキンの方は直接炭火で焼かれているため、よりその効果が強く出ているようだ。

 俺も一口齧ってみると、香辛料のスパイシーな香りが漂う。だがそれ以上にパンチがあるのは、鼻を抜けていく炭の香り。

 それに遠赤外線の効果か、妹が言うように肉は水分を逃さずふっくらと焼き上がっており、ただフライパンで焼くのとは格段に違うなにかがあった。



「やっぱり炭で焼くと美味しいですね」


「今まで食べてきたのは、もっとアウトドアに慣れた人が作った料理なんだろう? 俺のじゃ物足りないんじゃないか」


「そんなことはありませんよ。あたしのお父さんは、もっと料理にアバウトな人なので」



 一番気になるのは、アウトドアに慣れているであろう後輩が、そこで両親と共に作った料理のこと。

 彼女の父親が作ったそれと比べれば、野外での料理に関して俺など素人同然なはず。……実際素人なのだが。

 ただそんな心配をするも、彼女は首を横へ振る。

 どうやらこちらも、今日作った物を気に入ってくれたらしい。


 その事に安堵し、俺は温かなバゲットをかじる。

 アッサリ気味なオムレツにも、香辛料と炭の香りが漂うチキンにも、このプレーンなバゲットが良く合う。

 しかし惜しむらくは、これが酒であったならどれだけ良いことか。ビールでもワインでも合ってくれるだろうに。



「って、お前はなにを呑んでんだよ!」



 この後で少しばかり焚火を堪能してから、妹と後輩を送り届けなくてはいけないため、俺は酒が呑めないのだ。

 しかしそれを知っているであろうに、いつの間にか紙のカップへワインを注いでいた我が駄妹。

 ヤツは悠々と、俺に見せつけるかのように酒を煽っていた。おそらく道中に寄ったコンビニで調達したのだろう。



「まぁまぁ気にしない。それよりもうちょっと何かないの? まだ入るんだけど」



 しかし俺の上げた声は半ば無視され、この駄妹はさらにカップへ酒を注いでいく。

 あまつさえ食事が足らなかったようで、今度は酒の肴を寄越せと言わんばかりだ。



「……これだけだよ。本当ならこの後で焚火をしながら酒を呑んで、腹が減ったらカップ麺でも食うつもりだったからな」


「いいねカップ麺。それちょーだい」


「断る! 後で家まで送り届けてやるから、その時に好きなだけ食って思う存分脂肪を溜め込め」



 虎の子であるカップ麺までも妹に奪われてなるものかと、俺は断固として拒絶の言葉を吐く。

 妹はそれに対し不満気に口をとがらせるのだが、一方でそれを眺める後輩は、可笑しそうにくすくすと笑みを漏らしていた。



 ともあれ終えた夕食の片づけをし、そこからは暫しくつろぎの時間。

 グリルであったそれに薪を放り込んで焚火台にすると、もう一度お茶を淹れ、レジャーシートに腰を下ろしてのんびりと眺める。

 妹もさっきまでの不満がどこへやら、リラックスした様子で揺れる炎を眺め、次第にうつらうつらと舟を漕ぎ始めていた。



「妹さん、寝てしまいましたね」


「ああなったらなかなか起きないんだよな……。連れて帰るのが大変だ」



 そんな妹の姿を見て、焚火の前で俺と後輩は囁き合う。

 普段が夜遅くまで起きているせいか、こいつを起こすのは毎度一苦労。たぶん車に乗せるのも、家に送った後で降ろすのも大変に違いない。

 なのでここはいっそ連れ帰るのを諦め、明日の早朝にでもキャンプ場を早く切り上げて、送り届ける方がまだマシに思えてきた。


 一応後輩にもその案を相談してみると、彼女はそれでも構わないと返す。

 なら決定だ。少しばかり肌寒いが車には毛布が置いてあるので、2人には車で眠って貰うとしよう。


 そうと決まれば遠慮は要らないと、俺はバーボンの小瓶を取り出す。

 夕食後に焚火を眺めつつ飲むべく、楽しみに持って来ていたそれを、カップに移すことなく直接口を付け一口。



「あ、いいですねそれ」



 そんな荒々しい酒の飲み方を見た後輩は、ちょっとばかり明るい表情となる。

 焚火の醸し出す雰囲気もあってか、こういった呑み方が好ましく思えたのかもしれない。



「要るか? って、もう俺が口を付けてしまってるか」


「構いませんよ。流石にそういうので恥ずかしがる齢でもありませんし」



 こういった強い酒も案外平気なのか、俺が差し出した小瓶を受け取る。

 彼女は手にしたそれを少しだけ眺めると、軽く口を付け少しだけ煽った。

 ……なるほど、焚火の赤い光に照らされてだと、こういう光景は特に絵になる気がする。



「ところで先輩、その……」


「ん、なんだ?」


「えっと、この前書いた物のことなんですけれど……」


「ああ、読ませてもらったよ。でも予想はしていなかったな、恋愛物でくるとは」



 焚火と強い酒を味わい、しばし無言の時間が流れる。

 なかなかに悪くないそんな時間を堪能していると、突然彼女は口を開く。

 内容は少し前に、"小説家になってもいいんじゃないか"へ彼女が投降したものについて。



「どうにも他のジャンルを書ける気がしなかったので……。ですが結構恥ずかしいものですね、自分が書いた物が人に読まれるというのは」


「けれどそろそろ慣れてきたんじゃないか? あれからちょくちょく更新しているみたいだし」


「まだまだです。更新をクリックする度に、緊張で深呼吸なんてしていますよ」



 彼女は少しばかりテレた様子で、軽く笑いながら話す。

 既にメールでは、彼女に作品の感想を伝えてある。

 なので俺は焚火に照らされる彼女の横顔を眺めつつ、気恥ずかしそうに、けれど楽しそうに創作をする話を聞き続けた。


 ただこのまま延々相槌を打ち続ける訳にはいくまい。俺には打ち明けねばならぬ話がある。

 なにせ俺自身も同じく書いている事を、いまだ彼女には告げていない。

 始まりは妹の謀によるものかもしれないが、今まで言いそびれてきたのは俺自身。これ以上隠すのはあまりにも不義理だ。


 場の空気も悪くない今がチャンスとばかりに、俺は意を決して口を開く。

 とはいえ少しばかり弱気が顔を出し、妹が面白がって言い出したのだということは、言い訳がましいと思いつつも補足しておく。



「すまない。なかなか言い出せなくて」


「えっと、それじゃあもしかしてあたし、本人を前にあんな失礼なことを……」


「いやいや、そこは別にいんだ。むしろ忌憚のない意見が聞けてありがたかったくらいで」



 俺は頭を下げ、これまで黙っていたそれを打ち明けた。

 すると彼女はこれまで黙っていた事に対してよりも、俺の目の前で辛辣な意見を口にしていたことに愕然とする。

 知らなかったのだから、そこまで気にしなくてもいいであろうに。


 次いで訪れる、しばしの沈黙。

 もしかしてここで怒りが沸き起こって来たのだろうかと、恐る恐る頭を上げ後輩の顔を窺う。

 しかし意外にも、彼女は俺に向けて微笑んでいた。それは決して、怒りが過ぎたことによるものとは違うように見える。



「つまりこれって、先輩と同じ趣味を持っているという事ですよね」


「まぁ、そうなる。かな?」


「なら喜んでおきます。今度からは先輩と、同じ書き手側として会話が出来ますし」



 むしろ嬉しそうに語る後輩。それはもう、彼女自身の言葉通りに。

 黙っていたという事はまったく意に介していないかのような反応に、俺はとんでもない肩透かしを食らった気になる。

 ただそんな俺に対し、彼女は「先輩もそう思ってくれます?」と、どこか試すような問いを投げかける。



「そうだな。けれど書き手仲間というより、あえてこの関係を表すなら……」


「あえて表すなら?」


「……同好の志(ライバル)、かな」



 答えを待ちわびる彼女へ、俺はこの場で思い付く精一杯の語彙で、作者同士となった後輩との関係を形容する。

 なにせ彼女は徐々に読者を増やしつつあり、ブックマークの数も日に日に伸びている。ちょっとした対抗心を持ってしまったのは否定できない。


 俺がそんな言葉を口にすると、彼女は一瞬キョトンとするのだが、少しして再びくすくすと笑い声を漏らした。



「ステキです、それ」



 彼女はそう告げると、もう一度バーボンの瓶へ口を付ける。

 そして立ち上がり俺を見下ろしながら微笑むと、眠りこける妹の所へ行き、車へ行って眠るよう促した。

 寝惚け眼の妹へ肩を貸し、車へ戻っていく後輩は、扉の前で「おやすみなさい」と言わんばかりに軽く頭を下げ車内へ。


 そんな彼女の姿を見送り、独り焚火の前に残される。

 無言のまま薪を1本火の中にくべつつ、さきほど後輩が発した言葉を反芻。

 なにやら不思議な心情とアルコールによる酩酊感、それに焚火の熱を感じつつ、俺は残されたバーボンの小瓶を一気に飲み干すのであった。


最初は10話ちょっとで終わるつもりだったのが、気付けば20話超え。

まだ続きます。

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