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20食目 終の喜びと紅白の香り


「お、終わった……」



 もうそろそろ日付も回ろうかという、多くの人が寝床へ横になり始めたであろう深夜。

 俺は毎夜座るPC前の席で、手の動きを止め静かに呟いた。


 画面には普段の一話分よりも、遥かに多くの文字が躍っている。

 そして最後の部分には、"完"の一文字。

 ハッピーエンド、大団円、めでたしめでたし。そんな言葉を飾るのが相応しい、きっと多くの人にとって好ましい結末。


 俺はこの日、数か月に渡って書き続けていた自作を完結させた。

 おめでとう俺、よくやった俺。そこまで人気は出なかったが、それでも最後まで書ききったのは褒めてやる。



「遂に終わったのね。妙に長引かせまくってどうするのかと思っていたけれど、ようやく」



 拳を握り、深く感慨に耽る。

 そんな俺の背後から、これまた感慨深そうな声を発するのは妹だ。

 コイツはいつの間にやら背後に立ち、記念すべきこの時を共に迎えてくれたらしい。



「これはひとえに俺の努力の賜物。だがお前の力も無かったとは言い難い」


「素直じゃないなぁ。普通に礼を言えばいいじゃないの、"優しくも素敵で美しい妹様のおかげで、完結にこじつけました"って」


「どこまで図々しいんだお前は。……一応感謝はしているが」



 なにやら自分のおかげであると言いたげな我が妹。

 けれどコイツの言い分にも一理ある。たぶん妹の助言によって改善が図られなければ、手応えの無さによって自ら打ち切っていた可能性が高そうだ。

 なので少しばかり、感謝の念を口にするべきなのかもしれない。


 俺はどうやって、妹へ礼を伝えようかと思案する。

 ただ首を捻る間もなく、その妹からは予想外な発言が飛び出した。



「めでたく完結を迎えたわけだし、早速明日から新作に取り掛かるってことで」



 妹が脈絡なく告げた言葉に、俺は言葉を詰まらせる。

 なにせ完結したことによって、俺は少しばかりの充電期間を置こうと考えていたため。

 だが妹はきっとこう言っているのだ。"お前に休みなどない、サッサと次作を書きやがれ"と。



「……折角書き終えたんだから、ちょっとの休暇を摂ってもいいんじゃないか?」



 最近ではかなり慣れてきたが、毎夜執筆に取り掛かるというのは何気に重労働。

 俺の場合は好きでやっているからいいのだが、これが兼業なりで収入を得ている小説家となると、なかなかに大変な日々ではないだろうか。

 俺のような趣味物書きですら、休みたいと思う日が多々あるくらいなのに。


 だが妹からしてみれば、1日の休みは致命傷になりかねないと思えたらしい。



「なに言ってんのよ。明日休んだら、たぶん兄貴はもう書かなくなっちゃうって」


「その根拠は?」


「兄貴だからに決まってるじゃん。もし私が兄貴の立場なら、間違いなくそうなる」



 なるほど、なかなかの説得力だ。

 別に性格的にソックリであると言われたことはないし、俺自身もそう言うつもりはないが、たぶんこの予想は合っている。

 このあたりは流石に兄妹であるためか、稀に行動のパターンが似ていたりするのだ。


 なので1日の休息が2日となり、1週間の休息はいつの間にか1ヶ月へと。

 そうして徐々に書くのが億劫になり、頭の中へネタだけが積もっていき、いずれ形にならず霧散していくに違いない。



「それに、私も次のを読みたいっていうか……」



 とはいえ妹が書くよう促すのは、他にも理由があったようだ。

 口ごもりながら、音が漏れるように呟かれた言葉に、俺は内心で気恥ずかしさを覚える。

 まあ、今のは聞こえなかったことにしておくとしよう。下手に突っ込めば痛い目を見るだろうし。



「わかったって。とりあえずネタはあるから、明日からちょっとずつ書いていくよ」


「それじゃあ……」


「だがその前に、ひとまずの完結祝いだ。何か作って、それを肴に呑むぞ」



 俺が執筆の継続を口にすると、妹は少しばかり表情を明るくする。

 案外こいつも、毎夜のように俺へとダメだしをし創作へ関わることに、なにがしかの楽しみを見出し始めている可能性すらあった。

 なので兄妹間のコミュニケーションという意味でも、これは継続した方が良いのかもしれない。


 しかしそれをする前に、まずは祝いだ。

 椅子から立ち上がり軽く伸びをすると、そのまま台所へ向け移動を始めた。



「完結祝いの料理か~。なにを作るの?」


「それは見てからのお楽しみってことで。だがあえてヒントを言うなら、魚介だな」


「魚介か……。じゃあとりあえず白かな、冷蔵庫でスパークリングが冷やしてあるし」



 短い廊下を歩きながら、俺と妹は夜食だか酒の肴についてを口にし合う。

 ただどうやら妹にとっては、料理とセットで酒を何にするかが重要であるらしい。

 使うのが魚介であると聞くや否や、浮足立った様子で合わせる酒についてを思案し始めた。


 今日は自作完結の目途がついていたため、祝いのためにある食材を買って帰っている。

 俺と妹は共に明日が休日。なのでそいつを使い、休みの前日にしか食べられない物を作るつもりであった。



 台所へ入ると、電気を付けて冷蔵庫を開く。

 背後に立つ妹は、そわそわとし早く早くと口にするのだが、それが少々やかましい気もする。

 とはいえ両親が遠方へ引っ越していったため、こうして夜中に作る夜食も、誰に気兼ねする必要もない。

 これまでは遠慮し避けていた、匂いの強い料理だって作れるのだ。



「さて、本日の主役はコイツだ」


「……海老ね。それも殻付きの」



 冷蔵庫の隅へ隠すように置いていたそれを取り出し、見せつけるように妹の眼前へ。

 すると妹はまじまじと見てから、俺を見上げ困惑したような視線を向ける。



「ていうか結構大きいんだけど。……コレ、高かったんじゃないの?」


「お前はあまりスーパーを覗かないから知らんだろうが、意外に高いもんでもないぞ。いわゆるアルゼンチン赤海老ってヤツだが、1匹100円弱で売ってたりする」



 どうやら妹は、このエビを買うのに俺が相当奮発したと考えたらしい。

 だがここ最近、スーパーなどでよく見かけるようになったこの海老は、大きさや味に反し思いのほか手を出し易い価格帯。

 そのためか、探せばいくらでもレシピが転がっているという代物だ。


 もちろん以前に使ったパンガシウスほどではないが、それでも海老としてはかなり安い部類。

 こういった記念すべき日であれば、ちょっとくらい贅沢をしても罰は当たるまいが、給料日前であるため自重した結果だった。



「そんじゃ、早速作るが……。ちょっとくらい手伝わないか?」


「もしかして、わたしに海老を捌けと」


「内蔵を取るだけだよ。別に包丁を使えってんじゃない、怪我をする心配はまず皆無だ」



 俺はバットに入った海老を取り出すと、竹串を1本取り出し妹へと差し出す。

 調理に入る前に、こいつのワタを除くのを手伝わせようという魂胆だ。


 だが差し出した竹串は受け取るものの、妹は海老の受け取りには慎重で、生の魚介を触るは御免だと言わんばかり。

 元々が料理下手なのに加え、特に生魚を扱うのを善しとしていないだけに、極力そこは回避したいらしい。

 刺身などは平気で食べる癖に変なものだとは思うが、苦手意識というのは案外そんなものなのかもしれない。



「仕方ないな。それじゃ代わりに、ニンニクを頼む。4片ほどを適当に潰してくれ」


「ニンニクって、こんな夜中に」


「お前も明日は休みだろ。こんな時くらいじゃないと、食う機会なんてないっての」



 まだまだ生魚を触らせるまでの道のりは長そうだ。

 俺は妹から竹串を取り上げると、魚の代わりにとニンニクを1株手渡した。

 とはいえこれはこれで抵抗があるらしく、またもや拒絶しようとする我が駄妹。

 しかしこればかりは許す気などなく、俺は無理やりに押し付けた。


 妹もニンニクそのものは嫌いではなく、むしろ好んでいると言っていいくらい。

 それでも基本手を出さないのは、翌日以降の臭いを気にしてのもの。

 だがその心配もない。この程度であれば、明日の食事内容次第で臭いはほとんど残らないはずだ。


 妹が渋々ニンニクを潰している間に、俺は竹串を使って海老の処理を。

 背の部分から殻の間へ差し込み、掬い上げるようにワタを引っ張る。

 その様子を妹が気味悪そうに見るが、これをやるとやらないでは、味だけでなく見た目に大きな違いがあるのだ。



「終わったけど、これをどうするの?」


「そっちのフライパンに放り込んどいてくれ。あとオリーブオイルも、たっぷりとな」


「人使いの荒い」


「俺のためにしてくれる祝いだろうが。手伝うくらいしやがれ」



 不満を漏らしながらも、妹は言われた通りにしていく。

 ついでに火を点けて貰い、極弱火にしてニンニクをじっくりと。


 俺はその間に海老の脚だけを除き、頭と殻はそのままで。そこから塩水でしっかりと洗い、ぬめりや臭いを取る。

 本当はここから油とニンニクにしばらく浸け込めば美味いんだろうが、すっかりそれを忘れていたため省略。

 海老の水分を拭いてから、温まったオリーブオイルの中へ海老を放り込んだ。


 殻はしっかり芳ばしく、だが海老の身は水分が抜けてしまわぬよう火加減を調整しながら、強めに塩味をつけていく。

 そうして頃合いを見計らってバターを一欠け。次いで刻みパセリを多めに入れる。

 たったこれだけで完成なのだが、俺はふと思い立ち、冷蔵庫から取り出した柚子の皮をパラリと。


 完成した物を皿に移し、テーブルへと運ぶと、既に皿からは良い香りが立ち昇っていた。

 グラスと酒も用意し、妹と共に手を合わせいざと手を伸ばす。



「熱っつ!」


「気を付けろよ。ほら、こいつを使えって」



 完成した料理は、ハワイの料理であるというガーリックシュリンプ。

 殻付きであるというのもあって、上品にナイフとフォークでなどというものではなく、食べる方法としては手掴み。

 たださっきまで油の中で跳ねていただけに、妹は触れた途端熱さに手を引っ込めた。


 そこで俺は、水を張りレモンを浮かべたボウルを差し出す。

 油でギトギトになった指を洗うためのそれだが、どうやら最初の用途は手を冷ますためとなったようだ。


 妹はそれに手を浸け一息つくと、意を決して再び海老へ手を伸ばす。

 今度はなんとか持ち、頭から殻ごと齧り付きくとパキリという軽快な音と共に、口から熱を逃がしつつ咀嚼していく。

 俺もまた海老を掴み齧り付くと、焼かれた殻の特徴ある香りが鼻を突いた。



「すっごく芳ばしい」


「むしろ殻の方が美味い気さえしてくるな。しっかり焼いたのが良かったか」


「でも身はプリプリしてる。それにちょっとだけ、サッパリした香りがあって私は好き」



 どうやら妹も、海老の殻が持つ芳香にやられたようだ。

 ただ当人も言うように、それだけであればおそらくニンニクなどの強い風味もあって、少々重くなりがち。

 その強烈な油とニンニクも、多めに加えたパセリや最後の柚子によって、心地よく感じる程度には中和されていた。


 海老の身もほど良く火が通り、柔らかさと瑞々しさを保っている。

 脂を纏った断面も真っ白で食欲を掻き立てる。焼かれた殻の赤い色合いと相まって、紅白という祝いにはうってつけな見た目。

 これでワタを除き忘れていたら、また違った印象を抱いたはずだ。


 さらにそこへ追って流し込む、スパークリングワインの軽く弾ける刺激。

 油分が一気に流されていくような印象さえ覚え、弱めに感じるアルコールの助けも借り、ついついホッと息をつく。

 そのせいか迂闊にも一杯二杯と酒量は増えていき、海老の大半を消化する頃には、同じくワインボトルもほとんど空となっていた。


 軽くなったボトルを振り、気難し気な息を漏らす妹。

 さては酒の量が足りなかっただろうかと思い、ならばせめて普通の白ワインでも出そうかと立ち上がる。

 ただ妹が考えていたのは、また別の事だったようだ。



「折角こんないいお酒なんだから、あの子も呼べば良かったかな」


「……いや、それは止めてくれ」



 少しばかり残念そうな素振りで、もう一人ばかり居ても良かったと呟く妹。

 誰の事であるかなど言うまでもない。これは間違いなく俺の後輩のことだ。

 同好の志ということもあってか、やたら気が合っているらしきその後輩を、折角であればこの場に呼びたかったと考えたらしい。


 俺も彼女の事は、後輩として好ましく思っている。それにただでさえボッチ遊びばかりな妹に、直接会える友人が多いのは好ましいところ。

 だが今回呼ぶのに関しては勘弁してもらいたい。なにせ後輩から何の祝いなのかと問われれば、説明に窮してしまうのが目に見えている。

 彼女には俺が、"小説家になってもいいんじゃないか"へ投稿していることは教えていないからだ。



「そろそろ白状してもいいんじゃないかとは思うんだけど」


「断る。知り合いバレだけは絶対にだ。お前も墓まで持っていけ」


「そいつはまた、先の長い話ね……」



 別に自作を恥じてなどはいないが、流石に見知った相手にというのは気恥ずかしい。

 彼女もそういった趣味を嗜んでいるとはいえ、打ち明けるだけの気構えはまだまだ持てそうになかった。

 仮にもう少しばかり親交を深めていったとすれば、案外話す日も来るかもしれないが。



「その頃には、次の次に書く作品が終わりを迎えるかもね」


「それこそいったいいつになるか知れんぞ。……っていうかだな、本当に明日から書かなきゃならんのか?」



 ほどよく酒も回り、伴って口も滑らかになる妹。

 するとこちらを揶揄してくるのだが、俺はそこでさきほどした約束を思い出す。

 さっきは渋々了承したが、ネタはあれどまだまだ設定が煮詰まっておらず、このまま書き始めるのは正直かなり抵抗がある。



「当たり前。明日をサボると、兄貴は間違いなく止まっちゃう。長年の付き合いなんだから、そのくらい予想出来るっての」


「とは言われてもな……」


「兄貴ってさ、私と同じで夏休みの宿題とか最後まで溜めてたタイプでしょ?」



 そこを言われると返す言葉もない。

 そういえば子供の頃は、夏や冬にある長期の休みが終わりを迎える頃、揃って宿題相手に悲鳴を上げていたのを思い出す。

 なのでこいつが言うように、後で後でと先延ばしにしている内に、徐々に面倒になってしまうタイプであるはずだ。


 流石にその評価を覆すことができず、俺はガクリと肩を落とすと、今度こそ観念をする。



「……わかったって。ある程度書いたら、また感想でも聞かせてくれよ」


「うん、楽しみにしてる」



 もう逃げられぬと、俺は精一杯の虚勢を抱えて口を開く。

 すると空になったグラスをテーブルに置いた妹は、穏やかな笑顔で少しばかり嬉しそうに呟くのであった。


まだ終わりません。

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