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19食目 潰れ兄貴とコロッケと


 真っ赤に染まる太陽の下、走り出す白いコンパクトカーと、若干小振りなトラック。

 次第に遠ざかっていくその2台の車へと、俺は小さく手を振り見送った。

 隣には同じく手を振る妹の姿。だがチラリとその表情を窺うと、どこか表情はサッパリとしている。



「……どことなく嬉しそうに見えるんだが」


「気のせいよ気のせい。別れの寂しさに胸を引き裂かれんばかりなこの心情、兄貴には理解できないようね」



 走る車が見えなくなったところで、ジトリとした視線と共にその様子を指摘してやる。

 すると妹は指摘に対し、大仰な身振りで自身の両肩を抱くと、さも寂しいと言わんばかりの台詞を吐く。

 だが微妙に、妹の言葉からは隠しきれぬ棒読み感が溢れていた。



 俺たちが今こうして家の外で見送ったのは、進学時を除いて生まれた時からほぼずっと一緒に暮らしてきた両親。

 急なことではあるが、親父が突然遠方へと転勤になってしまったため。

 春ももう間近であるため、それ自体は別段不思議ではない。それに一応は栄転と言えるものであることを喜んだ。

 そして母親も、そんな親父へと着いて行ってしまった。


 一方の俺と妹であるが、流石に親の引っ越しへ着いて行くような齢でもなし、当然のようにこの実家へ残ることに。

 それに今の家が、職場からもほど良い距離であるため離れるという選択肢はなかったのだ。

 急な引っ越しに明け暮れて休日を丸々潰し、今はひたすら身体を襲う気怠さに項垂れていた。



「いや、気のせいと言うには無理があるだろ。鏡見てみろ、正直気持ち悪いほど笑ってんぞ」


「……仕方ないじゃん。兄貴と違って、私は大学も家からだったし」



 無理やりに作られた妹の表情は、時間が経つにつれ徐々にニヤニヤと笑みへ変わりつつある。

 こんな表情で寂しいなどと口にしても、いったい誰が信じてくれるというのか。


 ただそうなるのも、若干わからないでもない。

 妹の言から推測する限り、どうやらコイツは一人暮らしというやつに少々憧れを抱いてきたようだ。

 俺が県外へ進学したこともあって、余計にその志向は強まっていたらしい。

 もっとも今回も一人暮らしなどではなく、妹にとっては煩わしいであろう兄貴との同居が継続なのだが。



「ともかく戻るぞ。この2日間、まったくもって書けてないんだ。せめて1行でも……」



 俺はそう呟きながらマンションの正面玄関をくぐり、エレベーターに乗って上階へ。

 本来であれば、この休みを利用してそれなりに書き進めておきたいところだった。

 しかし予想外に急遽飛び込んできた引っ越し作業のせいで、疲労困憊となり書くどころではなかったのだから仕方がない。


 なのでせめて、今日寝るまでの間にほんの僅かでも書き進めておきたい。

 そう考えつつ家の玄関をくぐるのだが、そこでここまで黙っていた妹が、ボソリと妙なことを口にする。



「たぶん、そんな暇は無いけどね」


「どういう意味だそりゃ?」



 ドタバタしていたため、部屋の中はそれなりに汚れている。

 なので多少の掃除は必要となるのだが、まさかコイツはその後でさらに、何かをやらせようというのだろうか。


 俺はそんな嫌な予感を覚えるのだが、それを口にするよりも先に、唐突に玄関のチャイムが鳴る音が。

 もしや忘れ物でもして、両親が引き返してきたのかもしれない。

 そう考え、今まさに閉めたばかりの扉へと振り返り玄関を開ける。

 しかしそこへ立っていたのは、両親でもなければ引っ越し業者でもない、まるで予想だにしていない相手であった。



「な、何故」


「えっと、その……、妹さんのお招きがありまして」



 扉の向こうから現れたのは、見紛うことなき会社の後輩。

 彼女は今日出勤のはずなのだが、いったいどうしてこんな場所にと思うも、時計を見てみれば既に夜間に近い夕刻。

 ちょっとばかり急いで仕事を片付ければ、このくらいの時間に帰宅していてもおかしくはないか。



「いらっしゃーい。待ってたよ」



 彼女の姿を見るなり、背後に居た妹は俺を押しのけ前に出る。

 そして手を握ると、さあさあと口にしながら家に上げようとしていた。

 どうやら事前に妹によって、誘いを受けていたらしい。


 彼女の手にはビン類が何本も入った、非常に重そうなビニール袋が。

 酒の類であろうそれを持つ後輩の腕は、プルプルと震えているのだが、おそらくは妹に頼まれ買ってきたに違いない。

 ということはあの駄妹、両親が引っ越していった早々、人を招き入れ酒盛りに興じる気のようだ。


 とはいえそれ自体は別に不思議ではない。俺も進学先で一人暮らしをした時には、最初の頃に少しばかりハメを外してしまったものだ。

 もっともその相手として、この後輩を呼ぶとは想像だにしていなかった。



「で、オツマミになりそうな物を何か買って来てくれた?」


「はい。……とは言っても、近くのスーパーで仕入れたお惣菜ですけれど」



 ついでに買い物も頼んだというのは、手に下げた酒を見ればわかる。

 加えて彼女には、一緒に口にする肴の類も頼んでいたらしい。

 人使いの荒いことだと思うも、少々助かるというのは確か。今から変に凝った物を作れと言われても、この疲労感ではひたすら面倒であるに違いない。


 その買い物をしてきた後輩は、家に上がってリビングへ移動すると、早速袋を置いて中をあさる。

 妹とは同い年であろうに、元来の性格からかやけに丁寧な口調だが、当人にそれを気にした素振りは無い。

 だが物を取り出そうとした彼女は、袋の中へ視線を落としたままで硬直した。



「あ……」


「ん? ああ、これは……」



 動揺を露わとする後輩と、何事かと覗き込む駄妹。

 彼女らは揃ってビニール袋の中を見るのだが、反応からしてどうにも予期せぬ状況となっていたらしい。


 妹が袋へ手を突っ込み取り出したのは、スーパーでよくあるパック入りのコロッケ。

 大抵5つか6つが入っているそれだが、2人が揃って声を詰まらせるのも当然。そいつは透明なパックの中で、ものの見事に潰れていたため。

 聞くところによると彼女はついさっき、ここへ来る途中に道ですれ違った人とぶつかったらしい。

 なのでその時に、パックごと潰れてしまったのだろう。



「ご、ごめんなさい! あたしもう一度行ってきます!」



 慌てて立ち上がると、再度スーパーへ向かうと口にする後輩。

 だが今から行っても、たぶん碌な物は残っていないと思う。

 彼女が買ってきたスーパーの袋は、この近所に住む人間が大抵利用している中規模の店だが、あそこは夕方ともなれば戦場へと変わる。


 閉店までの数時間、1つも残してなるものかと言わんばかりに乱舞する値引きシール。そして貼られた瞬間を狙う多くの学生や社会人たち。

 まだ陽も沈んだばかりではあるが、たぶん今頃はとっくに棚が空となっているはず。

 急ぎ何かを買いに行ったとしても、乾き物くらいしか手に入らず撤収するハメとなるに違いない。



「ああ、別にいいって。このままでも十分食べられるし、味は変わんないもの」


「ですけど……」


「いいのいいの。早くこいつで乾杯しよ」



 妹もまたそれを理解してか、カラカラと笑いながら潰れたコロッケを手にし、気にしないよう口にする。

 こいつは妹なりに、精一杯の気を使っているに違いない。


 とはいえ呼び出した挙句、折角こうして買い物までして来てくれたのだ。この健気な後輩に、潰れたコロッケを肴とさせるというのも気が引ける。

 それにいくら酒と揚げ物の組み合わせが鉄板とはいえ、こんな疲労困憊の状態で、それだけというのは如何なものか。



「――さん、食事はもう済ませたかな?」



 俺はそう考え、妹が手にしていたコロッケを取り上げ後輩へ問う。

 すると彼女は一瞬だけキョトンとした表情を浮かべると、すぐに顔を横へと振った。



「い、いいえ。今夜はこれで済まそうかと……」


「なら酒の前に少し食べた方がいい。こっちも夕食がまだでさ、良ければ一緒にどうかな?」



 形が崩れたとは言え、味には変わりないためこのまま食っても問題はない。

 けれど侘しい感は捨てきれないし、空腹状態で酒とつまみをというのは胃にも悪い。

 第一クタクタでいい加減腹も減っている。となればまずは食事をして、そこから酒を呑むというのが無難なはず。



「身体に悪いとわかって、放っておくのも気が引けるしさ」



 俺はそういった言い訳をして、夕食の材料とするコロッケを軽く掲げた。

 酒の肴は、食事後にでも何か適当な物を作ってあげればいい。その頃には多少なりと気力も回復しているだろうから。


 するとさっきまではほんの少しだけ、俺と言葉を交わす時に緊張気味だった彼女も、その一言で表情が若干緩む。

 家に来るのが2度目とはいえ、会社の先輩でもある俺の家へと上がり込んでいるのだ。少々気を張るところがあったのかもしれない。

 一方で彼女とうって変わり、ジトリとした視線を向ける我が妹。

 何が気に入らないのかと思うが、こいつの癇癪は毎度の事なので、今更気にしなくてもいいだろう。



 奪い取ったコロッケを手に、俺はひとり台所へ移動する。

 そしていくつか調理器具の減った殺風景なそこを見回すと、一瞬だけ顔を顰め、腰に手を当て深く息をついた。


 考えてもみれば母親が親父に着いて行ったことで、これからは夜食だけでなく、朝夕の食事も自分たちで作る必要がある。

 もっとも"自分たち"とは言うが、実質作るのは俺なのだろうけれど。



「あの、なにかお手伝いを……」



 さてこのコロッケをどうしてやろうかと悩む俺の背へ、おずおずとした声が。

 妹がこんな殊勝な言葉を発するはずもなく、振り返らずとも後輩のものであるのがわかる。

 振り返ってみれば、台所の入り口にはスーツの上着を脱いだ後輩が立っており、袖を捲ろうとしている様からは手伝いをする意志を感じさせた。



「大丈夫だよ、そこまで凝った物を作る気はないし」


「ですが先輩に連絡も無く来て、ご迷惑をおかけしていますし」


「また律儀な。アイツに爪の垢でも煎じて呑ませてやりたい、酒の代わりにでも」



 別にそこまで気にしなくてもいいだろうに、彼女は手伝いを申し出る。

 個人的にはむしろ、出不精な妹にとって顔を突き合わせ趣味の話ができる相手が居てくれて、ちょっとありがたいと思っているくらいだというのに。

 なのでお客様として、丁重なもてなしをしても余りあるくらいだ。


 ただここで固辞しても、逆に気を使わせるだけかもしれない。

 そこで「ならちょっとだけ」と前置きし、彼女にも食事作りを手伝ってもらうことにした。

 なにやら妙に嬉しそうな彼女を尻目にすぐに作る物を考えると、冷蔵庫から材料を出してもらうよう告げる。


 そうして告げた材料、トマトとセロリ、それに卵を数個取り出してくる。

 俺はそいつを受け取ると、今度はセロリの筋を取ってもらうようお願いした。

 その間に俺はフライパンへ少量の油を敷き、温めている間にトマトを適当な大きさの角切りに。



「せ、先輩。終わりましたけれど、コレをどうしますか?」



 セロリの筋取りを頼んでいた後輩は、少しして終えたであろうそれを差し出してくる。

 受け取ってそいつを見れば、随分と綺麗に筋が除かれていた。慎重というか、丁寧さが一目見てわかる。

 これがリビングで今頃酒を呑み始めているであろう妹ならば、端の方などはボロボロになっているに違いない。今回に関しては別にそれでもいいのだが。



「ありがとう。悪いね」


「あたしは構いませんよ。さあ、次は何をしましょう」



 少しは緊張感も解けてきたのか、料理に乗り気となる我が後輩。

 この家事に対する積極性というか、やる気をあの妹にも分けてやって欲しいものだ。

 俺がそういった意図の内容を呟くと、彼女は「ダメですよ、そんな事を言っちゃ」と、ちょっとだけ楽しそうな表情で窘めてくる。


 軽く笑ってそんな話をしつつ、彼女と共に料理を続けていく。

 セロリは繊維に逆らって斜め切りにし、そいつをフライパンに入れて軽く炒める。

 そこに切ったトマトと少量の水、顆粒出汁と塩を入れて煮立たせると、崩れてしまったコロッケを大振りに切ってから入れる。



「先輩、これって……」


「引っ越し作業で疲れているもんでな、適当で悪いが丼物だ」



 女性の来客へ出すには、少々と言わずかなり気が利かないメニューだとは思う。

 たぶんリビングに持っていったら、そのことを妹は不満気に口にするはずだ。

 ただ俺がフライパンに溶き卵を流し入れていく様子を見て、後輩はむしろ目を輝かせるのだった。



「あたしは好きですよ、丼。……お店で一人食べるのは、ちょっと恥ずかしいですけど」


「そいつは良かった。一瞬蕎麦でもと思ったんだが、あれは引っ越しをした側が食べるもんだしな」



 少々育ちの良い、どこぞやのお嬢さんといった雰囲気すらある彼女だが、存外こういった物も好むらしい。

 俺はそのことに安堵しながら、普段の夜食とは異なる、ちょっとばかり食事寄りな内容のそれを、米を盛った人数分の深皿へ移していった。


 これでコロッケとトマト、セロリの卵とじ丼の出来上がりだ。

 まさに余り物の活用といった内容だが、これはこれでかなり良さそう。

 ここ最近妹が気にしているカロリー云々に関しては……、今回は勘弁してもらうとしよう。一応今回は夜食ではなく夕食であることだし。



「ほれ、出来たぞ。早くテーブルの上を片付けやがれ、この酔っ払いが」



 完成した丼3つを、後輩と共に持ちリビングへ。

 するとそこでは既に缶ビールの2本を空け、いい感じに酩酊しつつある妹がソファーに寝転がってテレビを眺めていた。

 こいつ……、いくら仲が良くなったとはいえ、客が来ているという自覚は無いらしい。


 散らかったテーブルの隙間へ皿を置き、転がっていたクッションを顔に押し付け妹を起こす。

 そして人数分、木製のスプーンを持ってくると、揃って手を合わせ食事を始めた。



「悪くないじゃん。野菜が入ったおかげで食べやすい」



 速攻で口を付ける妹の言葉に頷きながら、自身もスプーンで掬い頬張る。

 一口、二口。きっとコロッケだけ作ったなら、疲労困憊の身体には少々重いとすら感じるかもしれない。

 だがトマトの酸味に加え、セロリのシャクリとした軽やかな食感が、心地よく喉へと運ばせていく。


 とはいえただ軽いだけではなく、コロッケの油分によって食べ応えは十分。

 そしてそれらをひっくるめて包む卵のトロリとした口当たりが、コロッケを乗せただけでかっ込む米とは、異なる旨さになっている。

 単純にコロッケを乗せただけの丼も、問題なく美味いのだけれど。


 悪くはないと思う。というよりも不味くなることはないであろう組み合わせ。

 目の前で座り食べる後輩もまた、妹同様に美味そうな表情を浮かべており、俺は安堵に胸を撫で下ろす。

 とは言え……。



「……やっぱり、もう少し凝ったものを作れば良かったか」



 目下気になるのは、やはり家庭で作る適当料理の域を出ないというところか。

 後輩であり、妹にとって気の合う友人となってはいても、彼女が客であることに変わりはないのだ。

 高価な食材をとまでは言わないが、せめてもう少しどうにかならないかと思えてならない。



「そんなことありませんよ。あたしはとても好きです、この味」



 しかし彼女はそんなことを微塵も思っていないのか、小さく首を横へと振る。

 彼女にとって俺が作った物を食べるのは、これで2度目だ。

 前回はあれでも我慢して食べてくれたのではないかとか、多分に社交辞令が含まれているのではと勘繰ってしまった。

 けれど今料理を口へ運ぶ様は、そういった誤魔化しが含まれているようにはとても思えない。



「――さんは何飲む? 私はこのままビール継続だけど」


「えっと……、それじゃあ焼酎を」



 そんなやり取りをする俺たちを余所に、既に酔いが回って出来上がりつつある妹は、食事が進むにつれそれだけでは物足りなくなってきたらしい。

 ガサガサとビニールをあさると、中からさらに1本のビールを取り出し開けた。


 どうやら眼の前に座る後輩も、ここから本格的に呑みへ移行するようだ。

 なので早々に、食器の片づけも兼ねて退散しようかと思うも、一人で部屋に戻ってというのも少々侘しい気がしてならない。

 そこで俺は酒を呑み始めた二人を他所に一旦台所へ戻ると、本格的に腰を落ち着けるべく、耐熱のグラスを持ってきてテーブルに置いた。



「なら俺も、焼酎の湯割りでももらうかな」


「兄貴も参加?」


「目の前でそんな美味そうに呑まれて我慢できるか。明日に響かない程度なら問題ないだろ」



 腹もいい感じに八分目。

 となればここまでの引っ越し作業を無事終わらせたご褒美として、自分に少しばかりの酒を与えても罰は当たるまい。

 しかし参加を表明した俺に対し、妹は肩を竦めて言い放つ。



「兄貴は私たちが食べるツマミを作るんでしょ。お湯は自分で沸かしてきてよ」


「いや、たまには料理もお前が作れ。飯は俺たちが作ったんだ、そのくらいやっても罰は当たらないだろ」


「お断り。私が作っても碌な物にならないし」



 やはり爪の垢でも煎じてやるべきだったか。

 妹へと肴作りを勧めてはみるも、アッサリと拒絶されヤツはソファーへとしがみ付く。

 ……仕方ない。なら台所の片づけも兼ねて、いつも通りなにか適当な物でも作って来るとするか。



「ではお手伝いを……」



 するとそれに反応し、すぐさま立ち上がろうとする後輩。

 やはり良い娘さんだ。またもや手伝おうとしてくれるのだから。

 しかし今回は座っていて貰うとしよう。そもそも彼女がここへ来たのは妹の招きによって。これ以上の手伝いはこっちの気が引ける。


 立ち上がろうとするも、少しばかり酒が入って酩酊状態になりつつあるせいか、後輩はバランスを崩してしまう。

 そこですかさず手を伸ばし肩へと触れ支えると、彼女はほんの少しだけの驚きを顔に浮かべた。

 いかんいかん、こういうのでも下手をすればセクハラとなってしまいかねないご時世だ。



「いやいや、今度はいいよ。こうして遊びに来てくれただけで十分だし、酔っ払いの相手を押し付けるんだからさ」



 そこですぐに手を離し、ゆっくりしているよう告げる。

 満面の、個人的には100点をあげたくなるような笑顔を作れたとは思う。

 彼女は酒に酔ってちょっとばかり赤くなっている顔で、そんな俺に笑顔となって頷いてくれた。



「……イチャコラしてないで、サッサと作って来たら?」



 ただそんな俺と後輩の横から響いてきたのは、どこか不機嫌そうな妹の声。

 見ればジトリとした視線を向け、早く肴を用意しろと訴えてくる。

 それがなにやら普段の無意味に偉そうな態度とは異なるように思え、俺は渋々台所へと移動する。


 冷蔵庫をあさり適当な材料を物色していると、リビングからは俺に対する愚痴めいた妹の声が聞こえてくる。

 たぶんあえて聞こえるように言っているであろうそれに、怒るだけ無駄かと考え料理を始めた。

 しかし反応を示さない俺に対する嫌がらせだろうか、妹は突然彼女らに共通する話題を口にする。


 内容は俺が書いている、"小説家になってもいいんじゃないか"へ投稿している作品について。

 まだ作者の素性は教えていないようだが、妹と後輩が共通で知る内容であるだけに、それについて話すのは不思議ではない。

 もっとも妹が口にしているのはダメ出しであり、加えてそれを聞く後輩までもがそれに同意をしていた。


 彼女は作者が俺であることを知らない。だからこそそいつは忌憚のない評価であり、俺は潰れるように項垂れてしまうのであった。

 そいつはまるで、さっき口にしたコロッケの如く。


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