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15食目 爆ぜる油と不機嫌と


 PCの画面に表示された数字と、記憶の中にある数字の差を指折り数える。

 違いはざっと300といったところで、数日前と比較しそれだけ数が増加という結果に、俺は密かに胸を躍らせた。



「それにしても増えたな……」



 表示される数字に間違いがないか、俺は何度となく確かめる。

 ここ最近、じわりじわりとアクセス数が増えているような気がし、今まさに確認のために開いてみたところ。

 そして見間違いなどではないと確信をしたところで、こうなった主な理由であろう、妹による助力のおかげだと結論付けた。



「(なんだかんだ言っても、増えたのはあいつのおかげなんだよな……。口惜しいことに)」



 私小説の投稿サイト、"小説家になってもいいんじゃないか"に投稿を始め、早数年。

 これまで限りなく低空飛行を続けていた自作が、多少なりと人目に触れるようになってきたのは、口惜しいが妹がアドバイスをくれるようになってからの話。

 もっともこの300という数字、頂戴したブックマークなどという贅沢な話ではない。比較の対象はアクセス数で、一日に訪れる人数をカウントしただけ。

 上を見ればきりがないとはいえ、俺にとっては十分に大きな進歩。


 もっともそれが自分自身の力ではなく、ほぼ全面的に妹のおかげというのは否定できない。

 助力に感謝するという気持ちはある。だがそれと同時に、兄貴としては口惜しいという想いがないでもなかった。



「……止めよう。でもとりあえずは、祝いでもするかね」



 俺はそんな嫌な考えを振り払い、そう口にしてマウスから手を離し立ち上がる。

 僅かであろうと進歩は進歩、自身に対し祝いの一つをしてやっても罰は当たるまい。……丁度腹も減ってきたことだし。


 そこで早速夜食でも作ろうかと思うも、さていったい何を食べたものやら。

 ただ作る内容を思案する俺の頭に、唐突にとある食べ物が頭をよぎるのだった。



「揚げ物……、食いてぇな」



 誰しもが突然、こういう気分になる時があるのではないだろうか。

 夜も遅く、食べることで必要以上に血肉や脂肪となってしまうと知りつつ、湯気立ち食感強い揚げ物が食べたいと。

 俺はある。油を、脂を摂取したいという欲求が突き抜け、どうしようもない衝動に駆られるのだ。



 そんな心情であった俺は、忍び足で台所へ行き冷蔵庫の扉を開く。

 中から一枚のバットを出し、そこへ収められたキッチンペーパーに包まれている食材を手に取り、まな板の上に。

 水分を吸った紙を剥いで現れたのは、薄いピンク色をした魚の身だ。


 パンガシウス、あるいはバサなどと呼ばれるこの魚。

 どうやらナマズの仲間だそうだが、割と手を出し易い価格であり、ここ最近急激にスーパーなどで見かけるようになった。

 この魚を今から、揚げ物にしてやるのだ。

 もっとも本来こいつは揚げ物にする予定ではなく、休日である明日の昼にでも、何かに使おうとしていた物を流用するだけなのだが。


 そんな悪巧みをしようとしていた俺なのだが、突然硬質な声が台所へと響いてくる。



「美人妹は見た。謎の魚惨殺事件の現場を」



 振り返るまでもなく誰かはわかるが、一応視線を向けてやる。

 当然そこに見えるのは、顔半分を覗かせてくる駄妹の姿。

 どうやら夜食の気配だか雰囲気を感知し、台所へ様子を見に来たに違いない。



「どこぞやのドラマに出てくる家政婦じゃあるまいし。っていうかその短い台詞に、いったいどれだけ突っ込みどころを含ませる気だ」


「突っ込みどころですって? 例えばどんな」


「まず自分を美人と称した点だ、ここを何よりも問題視したい。それに魚を惨殺したのは俺じゃない、店の店員か漁師だ」



 姿を現した妹に対し、俺は挨拶とばかりに不満点を口にしていく。

 別に妹の容姿が悪いとは言わないし、どころかコイツはおそらくモテる部類なのだとは思う。だがそれを自分自身で言ったというのが何よりも癪に障る。

 そういうのを自分で言って許されるのは、たぶんもっと次元の違う美人に違いない。



「まあまあ、そんな細かいことは置いておくとして」


「ご相伴に預からせろってか。ったく、いったいどんな嗅覚をしてんだお前は。絶妙のタイミングで現れやがって」


「何せ付き合いが長いもんで、なんとなく気配を感じるのかも。んで、何作るの?」



 ただ妹は俺の嫌味など物ともしない。

 近づき手元を覗き込み、軽口を叩きながら今夜作る夜食の予想を始めるのだった。



「とりあえずこいつを揚げる。出来ればジャガイモと一緒にして、フィッシュ&チップスにしたい」


「なんでこんな夜中にと思わなくはないけど、案外嫌いじゃないかな。……でもこの魚、風呂上りに冷蔵庫を開けた時にはもうあったような」


「帰ってからすぐに塩振って置いておいたんだよ。ちょっとばかり準備が要るんでな」



 妹はいつの間にやら、仕込みの済んだこいつの存在に気付いていたらしい。

 というのも今回使う食材、淡白で癖が無いという利点があるが、少々扱い辛さがあったりなかったり。


 別にそのまま使ってもいいのだが、個人的はこのパンガシウスという魚、少々身に水分が多いように思えてならないのだ。

 なので前もって塩を振り、紙で包んで水分を少しだけ抜いておいた。

 これまでは極力手抜きをする方向だったが、コイツに関しては事前にひと手間を掛けておきたかった。



「とりあえず作るか……」


「はいはい。で、私は何を出せば?」


「今日はえらく素直だな。手伝う気になってるのは良いことだが」



 袖をまくり、早速料理の開始を口にする。

 意外なことに今日の妹はそれなりに乗り気であるのか、自ら冷蔵庫へ向かおうとしていた。

 案外こいつも、揚げ物に対する欲求が現れているのかもしれない。


 俺はそんな妹に対し、必要となる諸々の材料を告げていく。

 小麦粉にベーキングパウダーに塩。という冷蔵庫には入っていない材料を告げるのだが、最後に肝心要となるそれを口にした。



「あとビール」


「ビール……? もしかして呑みながら作るとか」


「たまにはそれも悪くないな。だが違う、衣に使うんだ」



 妹は怪訝そうな表情を浮かべつつも、言われた通り冷蔵庫からビールを取り出した。

 それを受け取るなりプルタブを起こし、ボウルに入れていた粉の中に流し入れる。

 衣にビールを使うと、軽くサックリとした食感に仕上がるのだ。別に無糖の炭酸水でもいいんだが。


 そいつを混ぜ合わせていき、多少ダマが残る程度で止め、下味をつけておいた魚をくぐらせる。

 衣を纏わせた魚を、今度はフライパンへ。

 本当なら泳ぐほどの油で揚げたいところだが、今日の所は少ない量の油で揚げ焼きにしておくとしよう。


 フライドポテトは……、生のを使うと美味いがとりあえず冷凍のでいいか。

 ということで妹に冷凍庫からポテトを出させると、広げたホイルの上に置き、少量の油を振ってトースターに放り込んだ。

 これで揚げるよりは、多少なりと低カロリーに出来るはず。



「出来たぞ。早く席に座れって」


「わかったわよ。……なにさ、今日はちょっと機嫌悪い?」


「いや、別に……」



 ほどよく色づいた魚を上げ、皿へと移す。

 トースターからもポテトを取り出し同じく皿へ盛ったところで、俺は背後の妹へ席に着くよう口にした。

 けれど無意識のうちに、俺の声には若干の棘が混ざってしまっていたらしく、妹はその事に対し怪訝さを露わとする。


 自分としては自覚が無かったが、さっき部屋で考えていたモノが、今更こういった形で表に出たのかもしれない。

 ……いかんいかん、折角料理まで手伝ってくれているのだ。それに妹もこんな勝手な苛立ちをぶつけられたって困るだろう。



「まぁいいか。ところでタルタルは?」


「美味いよな、タルタルがあると。だが自重してくれ、流石にこの時間に揚げ物とタルタルソースは気が引ける」



 妹はすぐに気を取り直してくれたようで、出来上がった料理を覗き込んでくる。

 ただ望む物がそこに置かれていないことに、憮然とし唇を尖らせていた。

 魚や鶏のフライにタルタルがあれば喜ぶのは俺も同じ。けれどやはり激高なカロリーという現実の前には、膝を折るしかなかったのだ。


 ともあれそこを気にしても食べられる訳ではない。

 なので速攻で諦めると、揃って大人しくテーブルへ着く。

 衣作りに使ったビールの残りと、追加で開けた缶ビールを分け合ってグラスで乾杯する。



「サックリというかフワリというか、衣の感触が良い」


「ビールを使うと衣の食感が良くなるからな。天ぷらとかにも使ったりするらしい」



 速攻で魚に手を伸ばし、そのまま齧り付く。

 妹は軽く入り込んでいく歯の感触に、目を輝かせ咀嚼していった。


 俺も一口フライを口にする。

 すると下味として付けたほのかな塩気に、熱された魚のホロリと崩れる感触、衣の固さと柔らかさの合わさった歯触りが。

 時折店で食べるそれよりとは異なるが、それでも十分にフィッシュ&チップス"らしい"食べごたえだ。


 塩を振っただけのローストポテトをつまみ、ビールを呑みながら今度は魚へと、棚から取り出した少量のモルトビネガーを振る。

 そいつへを口へ入れると、濃くも爽やかな風味が鼻へ抜けていった。



「いやはや、本場ソックリな味ね。行ったことも食べたこともないけど」


「こうなると向こうのビールが欲しくなるな。いや、今のも十分に美味いんだが」



 俺たちは一心不乱に、魚と芋とビールにのめり込む。

 ビネガーの風味が油をサッパリとさせ、少し強めに塩を振ったことでパンチのある味が、より酒を呑む手を速めていく。


 決して健康には良かろうはずがない。むしろ油と炭水化物と高い塩分、それに酒という不健康一直線な組み合わせ。

 それでも事前の下ごしらえの賜物か、噂に聞くほど悪い出来ではないし、ちゃんと魚も質感が良い。

 かなり上手くいったのではないか。俺は想像していた以上の出来栄えに、ちょっとばかりいい気になってしまう。


 気分を良くした俺は、珍しく冷蔵庫から追加のビールを引っ張り出してくる。

 意外そうにする妹とそいつを分け合って呑んでいくと、酒の勢いもあって俺たちはあっという間に料理を平らげてしまった。

 満足感に満ちた息を吐き、ビールの入っていたグラスをテーブルに置く。



「さて……、と。そんじゃサッサと洗い物を片付けて、兄貴の手伝いでもしてあげるとしますかね」



 腹も満たされ、酒も少しばかり入って良い気分。

 ただ食べ終わり食器を片づけ始めた妹は、ノンビリとした調子で手伝いを申し出た。


 何の手伝いかなど言わずともわかる。俺が毎夜のように書いている、小説に対する助言だ。

 普段であれば、喉から手が出るほど欲しい妹の助力。

 しかし今夜の俺は、どうしても妹が進んでしようとしてくれているそれに、頼りたくはないという心境になっていた。



「手伝いか。……いや、今日はいいよ。たまには自分の力だけでやってみる」



 夜食を作る前に考えていた内容が頭をよぎり、俺はついその申し出に拒絶を口にしてしまう。

 すると皿を洗う妹は振り返り、キョトンとした表情を浮かべた。

 当然だ、いつもはこちらから頼んでいるのに、今日に限って不要だなどと言うのだから。



「どうしたのよ。いつもは情けない声で助けを求めて来るのに」


「情けないって……。いいんだよ、今日はそういう気分なんだ」



 妹はそんな俺に対し、肩を竦めて軽口を叩く。

 いつもの俺であれば、適当に思い付いた言葉で妹のそれをいなしているはず。

 しかし今日に限ってはなんとなく……、妹の発する軽口が何故か癪に触ってしまう。



「いいから、手伝ってあげるって。兄貴は私の助けがないと、全然書けなくなっちゃうんだから」



 断りの言葉を発する俺だが、それがちょっとした冗談の類だと思ったのかもしれない。

 どこか得意気な様子で薄い胸を張り、妹は更なる軽口を発するのだった。


 だがこの日の俺は……、いつもと少々異なる心理状態だった。

 妹の自信満々というか、ちょっとの照れ隠しが混ざっているその言葉が、どういう訳か妙に癪に触ってしまったのだ。

 あるいは思いのほか多くなった酒量も、影響として出ているのかもしれない。

 夜食を食べていた時の機嫌の良さなど何処へやら、俺は妹に対し、大人げなくもつい声を荒げてしまうのだった。


たまには喧嘩の一つくらい

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