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12食目 風邪引き妹の花スープ


 書く、書く、書く。ひたすらに書いていく。

 毎夜の日課となっている、"小説家になってもいいんじゃないか"へ投稿するための創作活動。

 普段は頭を抱えながらやっているそれだが、この日は久しぶりに筆が乗っているせいか、ノルマとして指定した文量を易々と消化。

 そこからさらに書き溜める分を増やすべく、俺は軽快にキーボードを叩き続けていた。


 しかし進みの良さに反し、深夜という時間に差し掛かった頃、俺は少しばかりの不安を覚える。

 ソッと後ろを振り返ってみるも、ベッドの上はもぬけの殻で、畳まれた毛布が置かれているばかり。

 普段であれば人のベッドの上で雑誌を読み、カラカラと笑い声を上げる妹という存在が居ないためだ。



「あいつ、ちゃんと寝てるんだろうな……」



 既に0時を周ろうかというのに、いつもは背後でやかましく喋る妹が居ないのには理由がある。

 別に残業が長引いてまだ帰宅していないとか、夜遅くに外出しているとかではない。

 とっくの昔に帰宅しているし、今頃は自室にこもって居るはず。

 その妹がどうして今夜に限って来ないかと言えば、なんのことはない。発熱によって帰宅後にダウンしてしまったせいだ。


 帰宅するなり玄関にへたり込んでいたところを、母親によって発見。

 そのままベッドに放り込まれ、現在は氷枕の世話になりながら夢の中。

 俺はその少し後に帰ってきたのだが、確かヤツは夕食すら碌に摂っていないはず。


 ……なのだが、俺は少しだけ嫌な予感がし、調子の出始めた執筆を中断。

 深夜であるため大きな足音を立てぬよう、ソッと妹の部屋へ向け廊下を歩いた。



「おい、調子はどう――」



 ノックもせず扉を開き、ベッドで横になっているはずの妹へ状態を問う。

 しかし俺の言葉は、最後まで言い終えることなく中断された。

 なにせ熱にうなされ眠っているはずの妹が、仰向けでゲームに興じていたのだから。



「ちょ、勝手に入ってこないでよ」


「……お前ってヤツは。こんな時にも」



 俺は深く深く、脱力の息を漏らす。

 基本的に自室では、マンガを読んでいるかゲームをしている我が駄妹。

 だが熱を出してぶっ倒れた直後まで、同じ習慣を続けているとは思わなかった。いい大人だというのに。


 見れば顔は少々赤い。しかしこれが悪さを見つかったことへの恥ずかしさからなどではないのは明らかだ。

 流石にこの短時間で治ったなんてことはありえず、自重しない妹に対し向ける声は、どうしても呆れ混じりとなっていた。



「こいつは没収する。お前は大人しく寝ていろ」



 ズカズカと部屋へ踏み込むと、ふんだくるようにゲーム機を没収。

 間違いなくセーブもしていないであろうそれの電源を強制的に切り、サッサと休むよう告げた。

 第一こんな状態でやっても、碌な成果など残せないだろうに。


 ただ奪い取られた妹も、平然とそれを受け入れはしない。

 寝転がったままで腕を伸ばし、恨みがましい表情でどこか演技がかった要求を口にした。



「ゲームは私のオアシスであり生命の泉。それを取り上げるなど殺生な!」


「そこはかとなく言葉から余裕を感じるな……。お前実は熱下がってんのか?」



 なんだか風邪引きであるにしては、普段通りに近い反応と思える。

 まさかこの短時間で、もう熱が引いたと言うのだろうか。


 念の為に俺は妹に再度近寄ると、ヤツの額へ手を当てる。

 熱いことは熱い。ただ帰宅後に様子を見た時と比較すれば、少々熱は下がっただろうか。

 俺はそのことに少しだけ安堵する。大抵夜中というのは、何故か熱がぶり返す傾向があるだけに、妹が苦しんでいるのではと思ったのだ。



「どうよ?」


「思ったよりは下がってるな。だがゲームは許さん」


「ケチな兄貴ね。ならさ、その代わりに……」



 熱が下がっていそうだと告げるや否や、ゲームを奪い返そうとする妹。

 俺はその手が届かぬよう、自身のポケットへしまう。

 その対応に妹は憮然とし、再度不満を露わとするのだが、ゲームの代わりにと一つ要求を口にする。


 何を言うかと思えば、妹が口にしたのは「なにかゴハンを作って」というもの。

 帰宅直後は食欲すらなかったが、多少なりと熱が下がったことで、食欲も戻りつつあるようだ。



「遊びと食い気しかないのか、お前は」


「仕方ないじゃん、お腹空いたんだから。帰ってすぐは食欲なかったし」



 そうだった。こいつは体調不良の中で一日の仕事を終え、満員の交通機関に揺られなんとか帰宅したのだ。

 そこからすぐベッドに放り込まれ、食事も摂らずに数時間。いい加減腹の一つも空いてて当然か。



「わかったよ、ただしあまり食い応えのある物は作らないぞ。曲がりなりにも病人なんだからな」


「了解了解。今は食べられるなら何でもいい、揚げ物以外なら」



 俺が食事を作るのを了承すると、やたら調子の良いことをぬかす妹は、機嫌良さ気にベッドから降りる。

 ただ若干足元が覚束ないのか、壁や家具に触れ身体のバランスを取っているようだった。

 この様子だと、やはり普通の食事と言うのは難しいかもしれない。



 そう考えた俺は、妹をすぐ背後にゆっくり廊下を歩くと台所へ。

 移動の最中にメニューを考え、妹を半ば強引に椅子へ座らせた後、すぐさま目的とする食材を手に取った。



「冬瓜?」


「久しく食ってないだろ。風邪引いた時の食事といったら、ウチはやっぱこれだ」



 取り出したのは、しばらく前に買ったきり放置していた冬瓜。

 俺はそいつをまな板の上に乗せ使う分だけを切ると、深い緑色をした表皮をピーラーで剥いていった。


 名前に反し夏野菜であるこいつは、保管さえちゃんとしていれば冬まで食べられることからその名が付いたとかなんとか。

 ただこの冬瓜という食材、食卓に上る家とそうでない家、極端に分かれる類の物だとは思う。

 一方我が家においては、大抵年に一度くらいは買ってきたりはするのだが、淡白な味のこいつは風邪を引いた時の定番食材となっていた。



「なんか懐かしい。前に食べたのっていつだっけ……」



 一口サイズにした冬瓜を耐熱のビニール袋へ放り込み、レンジへ入れて加熱。

 その間に冷蔵庫の中身を物色していると、妹は冬瓜の残りを眺めながら、どこか懐かしそうに呟く。


 我が家においてこの冬瓜を、風邪時の定番食材としたのは祖母だ。

 その祖母は俺たちが子供の頃、度々風邪を引いて寝込んでいる時に必ず、冬瓜を使ったスープを作ってくれたものだった。

 今はもう他界して居ないが、その優しい味は幼心に想い出と共に強く残っている。



「ね、冬瓜のスープと言ったら"アレ"が要るよね。むしろ無いなんて許さない」



 件の冬瓜スープを作ると知るなり、妹は体調すら忘れ立ち上がる。

 そして"アレ"という具体性のない言葉を口に知るのだが、俺には何を指しているのかがすぐに理解できた。



「わかったわかった。母さんに感謝しろよ、コレを見越して買ってきてくれたんだから」



 俺は冷蔵庫の中から一つの食材を手にしつつ、期待感溢れさせた妹へと返す。

 取り出したのは一本のソーセージ。しかしただのソーセージではなく、断面が桜の花を模した形をした代物。


 我が家で冬瓜のスープと言えば、必ずこいつが入る。

 見た目の派手さもあって子供が喜び易いこいつは、大抵行楽や運動会などの弁当に入れられることが多い。

 逆に言えばそういった用途であるため、普段から冷蔵庫に常備しているような代物じゃない。

 なのでおそらく妹が帰ってきた後、母親がスーパーにでも走ったのだと思う。


 祖母はおそらく、風邪を相手に頑張っているご褒美として入れてくれていたのだと思う。

 当人も望んでいることだし、ある以上使ってやらない理由もない。

 そこで俺はソーセージを厚めに数枚分切ると、フライパンを使い焼き目を付けていった。


 その間に鍋へ湯を沸かし、中華出汁のもとを適量入れる。

 軽く塩と醤油を入れ味を調整し、レンジで蒸し上がった冬瓜を入れ、最後に片栗粉を使ってトロみを付ければ完成。

 というなんとも簡単な料理だ。



「出来たぞ。ばあちゃん直伝、冬瓜の中華スープ」



 皿にスープを注ぎ、焼いたソーセージを乗せ黒胡椒を振って妹の前へ置く。

 そのスープを前にし、膝上にかけていたブランケットから手を出す妹は、ゆっくり木製のスプーンを手に取った。


 しかしどういう訳か、なかなか手を出そうとはしなかった。

 腹が減ったとは言っていたが、もしや熱のせいで食欲が無いのだろうかと思うも、そういうことではないらしい。

 表情を見れば、どこか緩み気味な顔で目の前のスープを眺めている。

 たぶん子供の頃に祖母に作って貰ったそれと同じ物を、懐かしく思っているのかもしれない。



「早く食えっての。冷めない内に」


「わ、わかったわよ!」



 俺は手を止め眺める妹を急かすように、目の前に茶を置いてやる。

 実際にはスープに付いた濃度のおかげもあって、比較的冷めにくくはなっている。

 しかし体調だってまだまだ悪い状態、あまり長い時間を寒い台所に置いておくのもどうなのだろうか。


 妹はそんな俺の言葉を受け、ハッとしたようにスプーンを伸ばす。

 ゆっくりと掬い、息を吹きかけ口へ運ぶ。

 熱を持ったスープと冬瓜を含み、火傷しそうと言わんばかりの表情で、口から空気を逃がしていく。



「……温かい」


「やっぱトロみがあると、冷めにくくていいな。胃に熱が直接放り込まれるようだ」


「なんかもう汗ばんできた。流石に暑い」



 市販の中華出汁の味に、僅かに効かせた醤油がハッキリと舌の上で主張する。

 とろけるような冬瓜と、表面を焼いて食感を増したソーセージ。最後に振りかけた黒胡椒の風味が、スープだけでは物足りぬ満足感を与えてくれる。


 見れば温かなスープと冬瓜を口に含む妹は、ホッとしながらも額に汗をかいていく。

 俺もまたじわじわと身体が熱を持っていき、同じく汗が滲み出ていくのを感じた。

 身体の中に潜んだ風邪の菌を追い出していくような、芯から温まっていく感覚に、自然と着ていたシャツを一枚脱いでしまう。


 火を使ったことで少しだけ室温を上げるも、なお冷たい台所の空気が肌に心地よい。

 妹も暑さから一枚服を脱ぎ、風邪を引いているというのにそれを感じさせぬ、軽快な調子でスプーンを運んでいた。


 しかし唐突に思い出したように手を止めると、妹はジッとこちらの様子を窺う。

 何か言いたい事でもあるのだろうかと思い、俺は催促するべく無言のままで視線を向ける。

 すると妹はチラリと近くの棚を見て、おずおずと尋ねるのだった。



「今日は……、お酒呑まないの?」



 なるほど、そういうことか。

 妹が向ける視線の先に在る棚には、焼酎やウイスキーなど、いくつかの酒が置かれている。

 たぶんこいつは自身が呑みたいというのではなく、風邪を引いている自分に遠慮し、俺が呑みたいのを我慢していると思ったようだ。



「別にいいよ。たまには呑まない日があったっていい」


「私に遠慮しなくてもいいのに。こんな夜中にわざわざ食事作ってくれたんだから、今日くらいは1人で呑んでも文句言わないし」



 風邪引きであるせいもあってか、珍しく殊勝な態度だ。

 しかし俺だって不調の妹を前に、見せつけるように酒を嗜む趣味などない。

 それに少々、この料理に関しては思う所がないでもなかった。



「婆ちゃんがこいつを作ってくれた時、誰か一人でも酒を呑んでたか?」


「呑むはずないじゃん。お婆ちゃんは下戸だったし、私たちは子供だったんだから」


「だろう? だからこの料理に酒は要らない、子供の頃と同じだよ」



 汁気のものではあるが、別に酒が合わないと云うことはないはず。

 けれどこいつは俺たち兄妹にとって、幼い頃から慣れ親しんだ想い出の味。

 折角の懐かしい空気へ浸っている時に、酒を呑むというのは逆に無粋な気がしてならなかった。


 そんな心情を気恥ずかしさから隠すも、俺の簡潔な言葉でおおよそ言わんとする事は伝わったらしい。



「……そっか、同じなんだ」



 目の前の妹はそう呟くと、どこか懐かしそうにスプーンを運ぶ。

 そして妙に嬉しそうな様子で、残りのスープを胃に納めていった。



「さあ、食ったんだから早く寝ろ。また風邪が悪化するぞ」


「えー。いいじゃんか、少しくらい。スープも食べたことだし、たぶんもう治っちゃうはず」



 そうして食べ終えたところで、俺は食器を奪い取り立ち上がる。

 普段は最後の片づけを任せているが、今日くらいは俺がやっていいし、なによりも早く眠らせてしまいたい。

 しかし妹は腹が膨れて気分が良くなったのか、テーブルに突っ伏し我儘を口にするのだった。


 気持ちはわからないでもない。だがまだ本調子でない以上、ここで希望を叶えてやる事は出来ず、俺はとっておきの手を使う事にする。



「いい度胸だ。もしも俺の忠告を聞かずまた熱が上がったら、その時は覚悟しておけ」


「覚悟って、……いったい何をする気よ?」



 ニタリと、我ながら嫌な笑みを浮かべる。

 その笑みに不穏な気配を感じたか、顔を上げた妹は、椅子に座ったままで少しばかり身体を仰け反らした。



「決まってるだろ。こいつを使う」



 俺はその妹へ、棚の一角から取り出した物を見せつける。

 そいつを目にした妹は、ハッとし逃げるように立ち上がった。



「ちょ、それは……!」


「一人では使うのが難しかろう。だが安心しろ、優しい優しいお兄様がしっかり手伝ってやるからな」



 取り出したのは、座薬という名の伝家の宝刀。

 コイツを使えば効果覿面、瞬く間に熱などふっ飛んでしまうという強力な薬だ。

 以前処方された物を取っておいたのだが、まさかここで役に立つとは思わなかった。


 ただこの妹、コイツを使うのはどうしても抵抗があるようだ。

 帰宅後に使わせようとしていた母親から、脱兎のごとく逃げ出したのだと聞く。

 しかし俺はそう甘くはない。いざ本当に必要なほどに熱が上がれば、組み伏せてでも使ってやるのに躊躇いはなかった。


 とはいえ兄貴にそのような真似をさせるなど、死んでも御免被りたいようだ。

 妹は「この変態!」という活力ある声を残し、逃げるように自身の部屋へ戻っていく。

 俺はそんな妹の背を見送った後、軽く肩を竦め食器を片づけ始めるのだった。


食べ物ネタの最後としては最低な部類のオチだと思う。

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