第三話 力のみなもと
妹にもわずかながら「周囲の目を気にする」という能力はあるようで、妹が主導して俺が差しているハワイ傘はいま、人通りの少ない細い道にいた。蛇神は相変わらず傘と俺を結びつけたまま。
「もういいんじゃないのか」
『油断禁物だ』
蛇神はシろりと目を細めると(蛇って瞼あったっけ?目開けたまま寝るんじゃなかったろうか)、鎌首から針金のような尾まで、ぴったりと俺の腕に絡みなおした。
俺はハアアとため息をついた。心配しなくとも、俺が逃げることはない。なんせ―
パパーッ
一瞬何が起きたか、把握できなかった。
トロピカルオレンジの天井が吹き飛び、腰が固い地面に叩きつけられる。跳ねとんだ水が制服にしみをつけた。さらに、後足ならぬ後タイヤによるトドメのぶっかけは口に入った。苦い。
しばらく俺は呆然と、酸性雨を浴びていた。ある事実に気づくまでは。
「…おまえはなんで濡れてないんだ」
「え?」
傘を取り落とした妹も例外なく、滝のような雨の下。それにも関わらず、妹の制服、髪すら一滴も濡れていない。
『誰かと違って、この子は私を信じているからな』
そういえば蛇は、古くから雨を呼ぶとして祀られて水とも関係が深い。だったら先にこの雨をどうにかしろ。俺は傘を差す必要がない妹からハワイ傘を奪い取った。酸性雨で禿げてしまう。
『人のために雨を降らせるわけではない。それに、』
見上げると、傘の骨に絡まった蛇神は忌々しそうに自らの尾を噛んだ。
『今の私に、そこまでの力はない』
「信じてくれる人が、少なくなった。この雨も自然のものではなくなったし」
妹が無表情のまま呟いた。