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魔術学園寮で同室になったやつがおかしすぎる。  作者: 結城暁


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 新年が明け、冬休みが終わり、始まった二学期も中ほどになった。

 来月の始めには期末テストがあるが、今月はまだのんびりとできそうだった。

 今日は窓の外に晴れ間がのぞいているが、まだまだ気温は低い。日陰には雪が残っていて、完全にとけきるには至っていない。

 しかし寮の中は快適そのものだった。

 朝食を終えて読書をしようと本を手にとったイザングランは動きを止めた。

 アレクが鏡を見ながら前髪をいじっている。首元に巻かれたタオルを発見し、イザングランは読書をやめて急いで廊下に出た。もうそんなにたったか? そういえば、このごろ前髪がうざったかったかもしれない。

 近くの自動人形をつかまえて散髪用のハサミを二種類貸してもらい、素早く部屋に戻る。


「借りてきたぞ」

「おお、サンキュな」


 無事に散髪用のハサミを使って髪を切り始めたアレクを見てイザングランはほう、と息をついた。

 学園にいる人間は自動人形に髪を切ってもらう者が多い。

 学内販売所で理髪店を開いている者もいるが、アレクはそのどちらも利用せずに自分で切っていた。

 鏡を見ながら器用に前髪や後ろ髪を切るその様を見て、イザングランはときに感心しながら、ときにハラハラしながら見守るのが恒例になっていた。

 そうして髪を切り終えたアレクが切った髪の毛を片付けるとちょいちょい、と手招きをされる。

 次はイザングランの番だった。

 初めてアレクの散髪を目撃したときに、自分で髪を切る人間を見たのが初めてで興味深く見入っていたイザングランに「イジーも切るか?」とアレクが声をかけてから、イザングランはアレクに髪を切ってもらっている。

 イザングランはそのとき初めて散髪用のハサミがあることを知った。

 それまで工作用のハサミを使っていたアレクが「さすがにイジーの髪はこれじゃマズイよなあ」と部屋を出て、自動人形に散髪用のハサミを借りにいったからだ。

 最初から自分のときも使え、と言いたかった。実際我慢できずに言った。

 イザングランに説教されて殊勝にうなずいたアレクだったが、めんどくさいと思えば平気で工作用のハサミを使おうとするので、その都度イザングランが自動人形に散髪用のハサミを借りに走っている。

 シャキシャキとイザングランの髪が切られていく。

 実家にいたころは家族の散髪を請け負っていただけあって、アレクの手はよどみなく動いている。

 アレクは二種類のハサミをうまく使い分けているようだった。変わった刃の形をしたほうはすきバサミというらしい。まるで刃がクシのようだった。

 じっとしていなくてはいけないし、前髪を切られているときは目を閉じなくてはいけない。だからか、散髪時は妙に眠くなってしまう。

 自分でも知らないうちに寝てしまうものだから、頭の傾きをアレクに直されて起きるのもしばしばだ。

 そのたびにイザングランは恥じ入り、寝ないように気を張るのだが、しばらくすると頭の傾きを直され、自分が寝ていたことに気付くのだった。実家の屋敷で理容師に散髪されていたときは眠るなんてことなかったのだが。

 そういった失態を幾度かくり返して、イザングランはアレクと話をしていれば寝ないのでは、と気付いた。


「アレク」

「なんだ?」

「話しかけても作業の邪魔にならないか?」

「大丈夫だぞー」


 それならば、とイザングランはさっそく実践してみた。

 しかし、なにを話せばいいのだろう。


「今日はいい天気だな」

「おー」

「でも気温は低いな」

「んー」


 アレクは生返事ばかりよこすが、作業中なのだからしかたない。


「朝食のヨーグルトがすっぱっかった」

「おう」

「鳥が窓の外を飛んでいった」

「うん」


 はたから見ればなんともつまらない会話だろう。

 アレクに大笑いされて手元が狂っても困るのでこれでいい。ということにしておく。

 そもそもおもしろいってなんだ。会話は哲学だったのか。ドツボにはまりそうだ。すでにはまっているのかもしれなかった。

 しかし相手を楽しませる話術などイザングランは学んでいない。

 イザングランが学んできたのはひたすら自分が家を出るために必要だと思われる知識ばかりで、人を楽しませようなどと思ったことすらなかった。

 なるほど、自分はつまらない人間だ。

 こういうときミゲルならばなにを話すのだろう。

 イザングランは自分と違って人懐こいミゲルの普段を思い返す。だが、イザングランにはとてもマネできそうもなかった。

 ミゲルはたいてい笑顔で、その日にあったなんでもないようなこともおもしろおかしくオチをつけて話すし、聞き役に回るのもすこぶる上手い。さすが商家出身だ。

 なんとかおもしろい話をひねり出そうとしたイザングランだが、まったく思い浮かばない。

 けっきょく一行日記のような出来事や感想ばかりになった。

 それでもアレクは律儀にああ、だとか、うん、だとかの返事をくれた。


 すっかり散髪が終わると、満足気なアレクが「うし!」とイザングランの首元に巻いたタオルを取った。そのままパタパタと服をはたかれる。ちょっぴり痛い。

 床に散らばった髪を掃除するのはイザングランの仕事だった。髪を切ってもらったのだから後片付けくらいする、とアレクを説き伏せたのだった。

 最初はやり慣れなかった掃除だったが、今ではずいぶん上達したように思う。ちりとりの使い方も覚えた。

 イザングランが掃除をしている間、アレクはおやつやらお茶やらを用意する。今日もアレク特製のお茶が用意された。

 やけどしないようちびちびとお茶を飲みながら、イザングランはアレクに礼を言った。


「髪を切ってくれて助かった。ありがとう」

「どういたしまして」


 ふいに小さく吹き出すアレクを不思議に思ったイザングランが首をかしげる。


「今日も寝ないようにがんばってたな」

「……」


 寝るまい、としていたイザングランの努力はアレクに筒抜けだったらしい。

 気恥ずかしさに眉根がよる。


「眠ってしまうと髪が切りにくいだろう」


 わずかに頬をふくらませながら言うイザングランにアレクは笑いを深くする。


「そんな気にするなって。じっとして目をつむってたら誰だって眠くなるだろ」


 イザングランの本音に気付いたかどうかは定かではないが、アレクが機嫌よく笑っているのでいいか、とイザングランは茶を飲んだ。


「……あつい」

「ふーふーしてやろうか?」

「………いい」

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[良い点] 素晴らしすぎてなんと形容していいかわからない
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