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「好みのタイプ? ……アレクみたいな人かしら」


 マデレイネの答えにミゲルはよろよろとイザングランの近くまで歩いてきて、膝から崩れ落ちた。勇気を出して聞いたのにこのザマである。

 アレクは落ち込むミゲルを慰めてやっていたが、マデレイネに呼ばれて行ってしまう。イザングランはといえばそんなミゲルを見下ろし……もとい、見守るだけだった。


「こんなに近くにいるんだからイザングラン君もなぐさめてよ……」

「断る」

「即答! ひどい……」

「まあまあ。イザングランはなぐさめ方がわかんねーだけだろ。次からはなぐさめてくれるって。たぶん」

「うう……、そうかな……」


 遠距離からアレクがイザングランを擁護しつつ、ミゲルを元気づけた。

 それを台無しにするイザングランは胸を張って断言した。


「慰めない」

「ホラァ!」


 ついには鼻水まで垂らし始めたので、イザングランはミゲルからわずか距離を取った。


「いじめてやるなよ、イジー。反応がよくてからかいたくなるのはわかるけど」

「なにそれひどい」

「わかった」

「否定しない!」


 薄情なイザングランの傍を離れ、ミゲルはマデレイネの隣――ではなくアレクの近くに腰を下ろした。


「ねえねえ、イザングラン君ひどくない? おれにばかり辛らつじゃない?」

「うーん。ほら、イザングランは人見知りなところが……」

「アレクの周りをうろちょろするな」


 イザングラン怒りの鉄拳制裁(チョップ)がミゲルの脳天に直撃した。

 ミゲルは頭を押さえて(うずくま)り、イザングランは赤くなった右手をさする。


「うぅぅぅ……。ひどくない?! やっぱりイザングラン君はちょっとおれの扱いがひどくない?!」

「ちょっとじゃない。かなりだ」

「ひどい! 辛らつすぎる!」


 よよよ、と涙を拭うミゲルは近くにいた猫達に同意を求めた。


「おまえらもそう思うよなー? なー?」

「ニャー」

「にゃあ」


 ミゲルの問いかけに答えるよう猫達は鳴き声を上げ、じゃれつく。

 ミゲルは動物にかなり好かれる性質(たち)だった。


「ぐっ………」


 イザングランは猫達にまとわりつかれるミゲルに恨みのこもった視線を刺す勢いで向ける。それが猫達を遠ざける理由のひとつになっているとも知らずに。


「もふもふ……」


 マデレイネもミゲルほどではないが、動物に好かれる性質であった。撫でられている猫達はゴロゴロと機嫌よく喉を鳴らしている。


「おまえら今日もいい毛艶だなー」


 もちろんアレクも動物に以下同文。

 そんな動物(ねこ)に好かれ易い人間が三人もいれば中庭にいる猫達は根こそぎ三人の周りでのほほんとくつろぎ、イザングランには目もくれない。

 ただひとり動物に好かれ難いイザングランはぽつねんと猫用玩具を振るのであった。


「……ミゲルが寝坊して、朝食を食べ損ねて、寝ぐせを笑われ、授業で当てられても答えられずに恥をかき、食堂で好物は品切れ、歩けば柱にぶつかり蹴躓き、足の小指を強かに打ち付け捻転すればいい」

「なんの脈絡もなくすごくひどい! おれそんなひどい呪われかたするようなことしたかなあ?!」


 おおげさに叫び、身振り手振り抗議するミゲルから猫達が離れたのにほくそ笑んだのもつかの間、次の瞬間には涙ぐむミゲルを慰めるようにさらに多くの猫たちが集まった。


「おまえら、なぐさめてくれるのか~! ありがとな~!」 

「………」


 イザングランが目を合わせただけで逃げられ、姿を見られただけで逃げられ、玩具を取り出している隙に逃げられ、おやつを取り出しているうちに逃げられ、と今まで見てきた様々な猫達の見事な逃げっぷりが脳裏に鮮やかによみがえる。

 やはり猫はどのような姿でもかわいい。

 イザングランが思い出せたのは後ろ姿が主だったが。

 アレクにたくさんのアドバイスを受けて、ようやく最近は玩具で遊んでもらえるようになってきたところだというのに、なぜポッと出のミゲルに猫達を残らず奪われなければならないのか。

 苛立つイザングランと、猫まみれのミゲルとを見比べながら、アレクは困ったように頬を掻く。


「えーと、ほら。竜のじいちゃんの匂いを怖がってるのかもしれないぞ……?」


 それなら一緒に竜籠掃除をしている自分にも猫が群がるはずはないとわかっているアレクの語気は段々と尻すぼみになっていく。


「……人徳でしょう」


 マデレイネがぽつりと独り言ちた。しっかりとイザングランの耳に届くようにだが。

 お前は研究と食っちゃ寝以外してないだろうが。僕以上に猫達に好かれる努力をしているとでも言うつもりか。

 怒りで震え始めたイザングランにミゲルも状況を察したのか、眉を下げる。


「本命に振り向いてもらえないのは辛いよな……」


 マデレイネに聞こえないよう小さな声で呟き、手近にいた猫を抱き上げイザングランに近付ける。

 持ち上げられた猫はイザングランにこれ以上近付くものか! と意思表示をしているかのように、空中で四つ足を踏ん張っていた。


「……僕はお前ほど絶望的じゃない」

「ええー……」


 猫を触ろうと近付けたイザングランの手は、尽く猫パンチの餌食になっている。


「絶望的じゃない」

「ウン……」

「お前が消えれば猫達はまた僕に寄って来る」

「落ち着いて?!

 ……ハッ! その理論でいくとアレクさんがいなくなればマデレイネさんがおれを見てくれる可能性が?!」

「ない」

「即答!」

「ない、が……やれるものならやってみろ」

「ガチギレ! この人本気だ!」


 お助けぇー~~! というミゲルの鳴き声が中庭に響き渡った。驚いた猫達の瞳孔が真ん丸になる。

 友達同士、仲良くじゃれるイザングランとミゲルの二人を見ながら、アレクは柔らかに微笑んでいた。

 マデレイネは猫の肉球を堪能しながら、横目で二人をながめ、呆れ顔で息を吐いた。


「男ってみんなああいうものなの?」

「そうかもなあ」

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