出航しては見たけれど(2)……
忠男は大型船の所に戻って出航するまでの時間を休憩と乗組員との親睦を深める時間に費やすことにした。町にいれば歓待してもらえるだろうが、気疲れするだろうし、乗組員との連携が船の運命を左右するからだ。決して下心はないが、オクサナに納得してもらえるほどにないと言い切れるかどうかについては忠男は確信を持ち切れなかった。
大型船は小型船に対しては大きいが、忠男の常識からすればとても大型とは思えないようなサイズで、だからこそ精霊の加護があるという世界間の差異があっても5人で動かそうと出来るのである。船底は蒸気機関にも用いている忠男の炎に耐えた亀の甲羅で覆われていて、その上に船としての構造物をミーネが築いたものだった。構造物と言っても機関室と倉庫に5人分の小さな個室、こじんまりとした台所だけという質素なものだ。それでも始まりとしては上等なものを用意できたと忠男は自画自賛した。
忠男が戻ってきたときには既に小型船からの荷物の移し替えは終わっていて、オクサナとリュボフが台所で料理を作り、姿の見えないクレールとミーネは恐らく個室にいるところだった。
オクサナが栗を潰して、リュボフが人魚のクレールがいるのでいくらでも調達できるなにがしかの淡水魚の白身魚を煮込んでいた。これを混ぜ合わせて果物を煮込んで作るソースをかけたものが、忠男がこちらで何度か味わったことのある伝統料理レミューリである。
味付けは現代の甘いお菓子に慣れている忠男にとっても甘すぎるように感じられるが、こちらでの食事の時には必ず大量のワインが用意されているので、それと一緒に食べることで甘さを中和すれば美味しく感じた。ただ、問題はこちらで出てくる料理はどれもこれもこんな風で、ワインを添えてメインが料理というよりも、料理はワインを美味しくするための付け合わせにすぎないと考えているかのように味が極端に強くつけられていることだった。確かにワインと一緒に食べればどれも美味しかったので、それはありがたいのだがそんなにワインを飲めば忠男は間違いなく二日酔いを起こしてしまうのだ。
どうやら森人と人魚は人とアルコールの代謝が違うみたいで、食事の席で子供も含めてみんな浴びるようにワインを飲んでいたが、誰も彼もぴんぴんしていた。それどころか彼らはアルコールで酔うということを一般に経験することがないそうなのである。忠男にとっては羨ましいようなそうでもないような話だが、食事のたびに毎回アルコールが誘惑してくるのは辛い話で、忠男は連戦連敗を繰り返している。
リュボフに向こうの話を聞いてみたところでは、獣人も個体差はあれども酔っぱらいはするけれど強い味を好むので伝統料理を森人と人魚たちと共有していて、人だけが忠男と同じように舌が合わないので独自の食文化を築いているそうだ。
このことが忠男が頑張る理由の1つとなっていて、忠男は是非人の舌に合った保存食を確保したいと思っている。
まだこの伝統料理を食べなければならないが、ワインが出てきたら個室に逃げ込んででも酔っぱらうことを避けようと忠男はひそかに決意しながら2人の作業を見ていると、リュボフは回復していたがオクサナは回復できておらず、見るからに辛そうにしていて栗を潰す作業には手慣れているはずなのに栗を潰し損ねて皮と実が混ざったりしていた。
このようなオクサナの姿を忠男は見たことがなかったので興味深くしげしげと眺めていたら、それに気づいた彼女はじろりとこちらを睨んでからリュボフに一言かけて彼女の個室へと入っていった。しかし彼女の尻尾はしおれていたし、足取りは露骨に重かった
忠男はオクサナの苦しみを興味本位で眺めていたのではなく、彼女とリョボフの回復速度の差を見て何回も船に乗れば獣人も船酔いに慣れることができるのではないかという期待を肯定できる証拠のような風景として喜んでいただけだったのだが。それは彼女からしたら彼女の苦しみを彼が喜んでいるように思われたのだろうと思って忠男は反省した。
彼女が早く立ち直ってくれればいいのだがと考えて、また早く慣れることを期待している。そればかりじゃないとか言って怒られそうだなと思った。それを言われたらこっちも怒って怒鳴り合いだなとどうでもいいことに思いを巡らせて、どうやら気が逸っているのはリュボフだけでなく彼もであることに忠男は気付いた。
地球にいたらこんなことに関わることは出来なかっただろうし、彼女たちとも会えなかったのだ。絶対に成功させて向こうで人の食文化を楽しもうと思い、彼はリョボフに一声かけて栗を潰す作業を代わることにした。
これで無心になって気を落ち着かせて、オクサナと話し合いに行くための気力を養うのだ。台所からすべての個室の扉が見えているので、誰かに会いに行くと思うだけで気疲れする。ハーレムをつくった男が女性の個室に入っていくのを見られたらどう思われるかなんて考えるまでもないし、さりとて何かしようと思ったら必ず言うように言われているのでオクサナと個室で合わないという選択肢もないからだ。
長い間、付き合う女性たちにそういう男を見る目で見られたらつらいだろうなとか考えないように忠男は目の前の栗に集中した。