貴女がシャーベットさん?
差し出されたシャリアディースの手。
一緒に来るか? って、そんなこと言われて、わたしが頷くと思ってるんだろうか、コイツは。それは、あんまりにも馬鹿にした話じゃない?
「行かない」
「本当に?」
いや、本当にも何もないんだけど。
シャリアディースの人間のものじゃない瞳がわたしをじっと見る。頬に手を伸ばされて、わたしはそれを避けた。
「……効かないか。今では君の方が魔力が上のようだ」
「わたしに何しようとしてたのよ」
それには答えず、シャリアディースは唯一の出口である階段の方へ歩いていった。止めないよ。さっさと行けば。そういう思いで頷くと、シャリさんは皮肉っぽく笑って去っていった。
「さてと……ジャム、いつ起きるかな」
氷の城の最上階には、朝の光が差し込んできていた。
夜明けだ。ピカピカ真っ白なお日様が、まだ紫色の残る空に顔を出していた。
「どうやって帰ろ〜」
『送っていって差し上げましょうか?』
「へ?」
面白がっている感じの、優しそうな女のひとの声がして、わたしは周りをキョロキョロ見回した。でも、誰もいないよ?
『ここよ、ここ。アスナ』
「え? えええっ!?」
見上げてビックリ、しゃべっていたのは像だとばっかり思っていた、大きい女のひとの形をした氷だったから! まさかまさか、このお城と一体化してるほど大きな女のひとが?
「水の精霊、シャーベットさん!?」
『正確にはシャーベ・スベルベルトね。でもいいわ、シャーベットって美味しそうだし、綺麗だし、妾にピッタリだもの』
あっ、ここにもナルシストが!
「送っていってくれるって言いましたけど、どうやって?」
『海は妾の領域、波に乗せて連れて行くわ。……シャリアディースが申し訳なかったわね。妾が寝ている合間に、色々あったみたいだわ』
「寝てたんですか」
『ええ。海の汚染が酷くって! 海竜に海を守るよう命令して、妾は海の浄化にかかりきりだったの。だから、それ以外に余計な魔力を使ってしまわないよう、体を氷に変えて寝ていたのよ。起きたのは、あんまりにも愉快な出来事が目の前で繰り広げられていたから……!』
あれか、ハリセンでシャリアディースをぶっ叩いたことか!
「そうだったんですね。ギースレイヴンは暴れ海竜のこと、シャリアディースのせいだと思っていたみたい。海の浄化はどんな具合ですか?」
『まだまだね。海も、大地も、空気も汚れているわ。それを妾、クォンペントゥス、ソダール、そしてジフ・オンが浄化している。特に海と大地は汚染が酷くて、それに対抗するために魔力を使い、魔力が枯渇して汚染がさらに深刻になる……悪循環ね』
「それでギースレイヴンの魔力は枯渇してたんだ!」
『でも、今ここに、シャリアディースが集めた魔力の塊があるわ。それを使えば、少しはマシになるかしら』
シャーベットさんは、虹色の珠を指差した。それは直径で三十センチくらいの大きさで、カプセルの置かれていたベッドの下に転がしてあった。扱いが雑!
「これ? じゃあ、使っちゃいましょう!」
『あら、いいの? それだけの魔力があれば、魔法が好きなだけ使えるし大金持ちにもなれるわよ』
「そんなのいらないから」
『そう。貴女なら同じくらいの魔力、持っているしね』
「げっ、精霊になっちゃう!?」
慌ててステータスを確認する。そういえば、向こうで見て以来、一度も覗いてないや!
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【名前】久坂 明日菜
【性別】女
【年齢】17
【所属】日本
【職業】女子高生
【適性】※※※
【技能】お菓子づくり
【属性】ツッコミ
【魔力】98/100(%)
【備考】シャリアディースによって連れてこられた・魔力が満ちると精霊になる
☆ ☆
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「ぎゃ〜〜〜!? ヤバい、ホントにヤバい! どうしよう、今すぐ精霊になりそう!」
『なりたくないの?』
「なりたくない! 帰りたいの! コンちゃんのお嫁さんにはならない〜!」
『あんのエロウサギ、また性懲りもなく!』
「シャーベットさぁん、何とかして〜〜!」
シャーベットさんは「う〜ん?」と腕組みをして首を傾げた。待って待って、そんなことしたら床が崩れちゃう! 落ちちゃうから!?
『あ、ごめんなさいね。ほら、もう大丈夫。アスナ、そのアスナの魔力、元の世界に帰るために使いなさいな。ほら、これで解決』
「友だちにお別れを言いたいの! だから、それまで魔力を満タンにしたくない。時間稼ぎに、この魔力、どこかに捨てられないかなぁ?」
『なるほど、そういうこと。なら、余った魔力が落ちていくようにしてあげる。必要なときは、それを拾って使ったら、体に溜まった魔力と合わせて家に帰れるでしょう?』
「シャーベットさんナイス! ありがとう〜!」
『どういたしまして。じゃあ、海岸まで運ぶわよ。妾の掌にお乗りなさい』
「待って、ジャムがまだ起きないの……」
『魔力切れの仮死状態でしょう? でも、シャリアディースのかけた呪いは解けて、魔力はすでに溜まりつつあるわ。寝てるだけだから安心して。さ、彼は妾がつまんで乗せるから、先にアスナはここに乗って』
「は〜い!」
シャーベットさんの差し出す掌にわたしは飛び乗った。ジャムが入ったカプセルが、シャーベットさんの指につままれて、わたしの隣に置かれた。
『さぁ、行きましょう。ついでに、虹色の珠を空に放ってちょうだい。泡になって飛んでいくわ』
そう言うと、シャーベットさんが動き出した。氷のお城が崩れて、朝陽にダイヤモンドダストが煌めく。綺麗……! 思わずため息がこぼれちゃった。
あんなに苦労して歩いてきた道のりが、シャーベットさんの一歩、二歩で過ぎ去っていく。すごいなぁ。
『アスナ』
「あっ、そうだった!」
わたしはバレーのトスの要領で、虹色の珠を空にえいっと放り投げた。するとそれは弾けて泡になって、シャボン玉みたいになって飛んで行った。
「クリームくん……」
どうか、届きますように。
あの土地の魔力が回復して、浄化がうまく行きますように。そしていつか、また元のように緑が根付く大地になりますように。わたしには、祈ることしかできないけど、どうか幸せに……。




