決戦、しようよ?
ゆ、床が冷たくて気持ちいい……。もうこのまま死にそう。
「ようこそ、と言いたいところだが……何をしているんだい、アスナ」
「あっ、シャリさん。ハァイ、元気ぃ? 見ての通りわたしは死にかけよ」
「できればオースティアンが呼ぶように、ディースと呼んでほしいところなんだがね、妃殿下」
「誰が妃殿下よ、誰が」
懐かしい会話に、ふっと笑いがこみ上げる。床の上に起き上がって、ぺたんこ座りで見上げたら、シャリさんも苦笑いを浮かべていた。いつもの格好、いつもの軽口。でも、シャリさんはとても疲れているように見えた。
氷の城のてっぺんは、ほとんど何も置かれていなかった。
異様なのは壁にはまった女のひとの顔。これが部屋の壁一面めいっぱいを占めている。そしてベッドがふたつと丸い水槽。ベッドにはスポーツ選手が使う酸素カプセルそのもののナニカが載っているし、それを繋ぐ二股チューブと一体になった丸い水槽は何かのタンクなのかもしれない。
「それで、何をしに来たんだ」
「シャリさんがジャムを誘拐して、ここに引き籠ってるって噂を聞いてね。ちょっと様子見に」
「……クレイピオか」
「誰? エクレア先生のお祖父ちゃん?」
わたしの知らないひとの話をされても困っちゃうんだよ。
「それで? ジャムの姿が見えないけど、もしかしてそのカプセルの中?」
「……そうだと言ったら?」
「シャリさんの目的が何なのか、わたしにはよくわかんない。でも、今、ぜんぶやめて元に戻れるなら、ジャムと三人でお城へ帰ろう? わたしも一緒に謝ってあげるからさ」
「……ハッ。何を馬鹿なことを! 今さらやめられるか!」
シャリアディースは怖い顔をしながら詰め寄ってきて、わたしの腕を掴んで無理やり立たせた。見開かれた水色の瞳は、瞳孔が縦に裂けてる。わたしはその手から離れようと体をひねった。
「オースティアンを蘇らせることだけが、私の生きる目的なのだ! そのために、どれだけのことを重ねてきたと思っている!? ようやく千年、ようやくここまで来たのだ! あとは、オースティアンの体に、私のオースティアンの魂を入れるだけなんだ! いくらアスナでも、邪魔立ては許さない!」
「そんなことしたら、ジャムはどうなるのよ!」
「黙れ!」
突き飛ばされて、わたしは床に背中を打ちつけた。頭を打たなくて済んだのは、ひとえに体育の授業で受け身の特訓させられてたから。ありがとう、体育の先生!
「痛ったいじゃない、この大馬鹿! 千年前に誘拐したのが、そのオースティアンってわけ? 死んじゃったのは残念かもしれないけど、人間はいつか死ぬのよ! 生き返るはずないんだから!」
「いいや、生き返るさ。私がそうしてみせる……! 同じ体さえ用意すれば、オースティアンの魂は定着するんだ……。そうすれば、私たちはやり直すことができる……今度こそ!」
狂ってる……!
大昔に死んだ人間のために、ジャムを犠牲にしようとしてるんだ。シャリアディースはジャムが生まれた時から、ううん、それよりもっともっと、すごく前のご先祖様のときから側にいた。宰相としてこの国を守ってきたんじゃない、コイツ、友達の体にピッタリ合う人間を探すために、王家の子をずっと見張ってきたんじゃないの!?
この国を結界で覆ったのも、その子を逃がさないため? ジルヴェストの不自然なところはつまり、コイツが長い時間かけて国中の人間を洗脳して、飼いならしてきたからだってワケ!
「最ッ低……!」
わたしの言葉に、シャリアディースは高笑いした。
「どうとでも言いたまえ! 何もできないくせに」
「!」
「目覚めたオースティアンのための花嫁、それが君の役割だよ、妃殿下。ここまで来てくれて、手間が省けた。さぁ、一緒にオースティアンの復活を祝おうじゃないか」
「冗談じゃない……。ジャムは、アンタのこと、あんなに慕ってたじゃない! 生まれた時から側にいたのに、本当に何も感じないの!? ジャムのお父さんだって、結界を破ろうとしてるのわかってて行かせたんでしょ! 結界に触ったら死んじゃうのに! なんで……なんでなのよ!」
「……わかってもらおうとは思わないさ。泣くならいくらでも泣きたまえ。そして、そこで黙って見ているといい」
優しい表情でわたしを見て、シャリアディースはカプセルの方へ歩いて行った。
ああ、このひとにはもう、何を言っても伝わらないんだなぁ。
そう思ったら、涙が出てきちゃった。
わたしは、ゆっくり立ち上がった。
背中に手を回して、それを引き抜く。そう、とりあえず今やりたいことはひとつだけ……。
「この、スカポンターーーン!」
パッシィィン!
と、わたしがシャリアディースの後頭部をハリセンでぶっ叩く、すごくいい音が響き渡った。
「な……」
「アンタの悲願なんて知ったことか! 過去にしがみついて泣きべそかいたまま先に進めない、そんなアンタに、ジャムの未来を壊させたりするもんか!」
「この……!」
「くらえ! 必殺、つま先砕き!」
「っ!?」
わたしはこっちを振り返ったシャリアディースのつま先を、思いっきり踵で踏みつぶした。
「あ~んど、もっかいハリセン!」
「ぶっ!?」
おっと、顔面に当たっちゃったぁ~!
ごめんなさいよっとぉ!
シャリアディースが顔を押さえている隙に、わたしはカプセルに駆け寄った。早くジャムを起こしてあげなくっちゃ!
「ジャム!」
「させるか!」
「痛っ!」
シャリアディースの手が、わたしの髪の毛を引っ張る。でも、わたしはそれに構わずカプセルについているボタンを操作した。髪の毛がなによ、ジャムの命がかかってるんだから!
「やめろ!」
「嫌よ!」
カプセルの中には、まったく同じ顔をした男の子がふたり。どっちがジャム? どっちがオースティアン? もう、どっちだって構わない、カプセルを開けてしまえば……!
「やめろーーーーー!」
プシュッと、何かが漏れ出す音が聞こえた。




