歩いて海を渡る方法?
シフォンさんが足を一歩踏み出すとそこだけ波がザアッと割れた。海の底が見える!
「すごい!」
「遅れずについてきて。私のいる場所しか波は引かない。前と後ろはそのまま海に戻るんだから」
なるほど、だから大勢は連れて行けないんだ。
真夜中にふたり、海の底を歩いて行くのは不思議な気持ちだった。上は星空、横は波の壁。濡れた砂に足を引っ掛けて転ばないように気をつけながら、わたしとシフォンさんはゆっくり進んでいく。
くぐもった波音を聞きながら、ランタンが照らす細い道をひたすら歩く。時々、ここに水がないことに気づいてない魚が飛び出してきて、ビックリしたり。綺麗な珊瑚や貝殻を見つけて、欲しい気持ちを我慢して諦めたり。
こんな経験、普通に生きてたんじゃできないよね!
シッカリと目に焼き付けておこうっと!
「それにしても、火の精霊ってこんなこともできるんだね〜」
「……違うよ。私の力じゃないんだ」
「え? じゃあ、どういうこと?」
「水の精霊シャーベに、避けられているんだよ。私には触りたくもない、ってとこかな。それはまぁ、仕方がない。私が悪いんだから……」
そういえば、シャーベットさんにとって、シフォンさんはコンちゃんの浮気相手なんだっけ……。
「でも、それにしたってシフォンさんだけが悪者にされるのは納得行かないんだけど! どっちからモーションかけたのかは知らないけど、普通、浮気はふたりの責任じゃない?」
「ん……。優しくされて勘違いしちゃった私が悪いんだよ。それに、シャーベは私だけじゃなく、クォンペントゥスのことも遠ざけてるんだ。生き物にとって水は不可欠だから、最低限のつきあいはあるけどね……。彼は充分に罰を受けていると思うよ」
「そのわりには、精霊になったわたしをお嫁さんにするとか言ってたらしいけど?」
懲りてないじゃん?
コンちゃん、ぜんぜん懲りてないじゃん?
奥さんに冷たくされてるからって、「じゃあ他所に女のひと作ろ〜」ってなる? 普通? そういうとこが許せないんだよね!
「いや〜〜、うん。でも、実際にアスナが精霊になったとしたら、しっかりと安定した場所に家が欲しくなるよ……。安全で居心地のいい家を用意してくれて、美味しい食べ物まで運んできてくれたら、そりゃ、ちょっとは……ねぇ?」
「……わたしは精霊にはならないし、なったとしても、よくしてくれたお礼に体を〜的なのは嫌だなぁ」
「……断りにくくない?」
「ない。別のもので支払う」
「強い……。でも、でも、それに加えてイケメンだったんだもん……」
あのウサギにイケメン要素あるぅ?
なんて、そんな話をしている間に、シャーベットさんが住んでいる氷の国までやってきた。っていうか、島だここ。シフォンさんにもついてきてほしかったけど断られちゃった。
「床に頭をこすりつけて謝る姿を見られたくないから……」
「やっ、わたしもそれは見たくないし!」
なかなかにヘヴィな事情があるんだもん、仕方がないよね。というわけで、わたしは単身、氷の城に乗り込んでいった。
「おっ邪魔しまーーーす!」
月夜にそびえ立つ氷の城は、とてもキラキラして綺麗で、小さい頃に憧れたお姫様のお城そのものだったけど、中に入るとまさかのがらんどうだった。
「うっそぉ……」
ハリボテじゃんコレぇ!
上を見上げると、壁に這うような螺旋階段の先の先にスペースがあるのが見える。階段上って会いに来いってこと?
「何段あんのよ……」
ザッと見ただけで千以上ありそう。二千いくんじゃない?
エレベーターつけといてよ! 酢飯コノヤロー! こっちは砂の上を歩き詰めだったんだからね!
とまぁ、ここまで来たら、上るしかない。
わたしは階段の手すりを掴んだ。
「あとで、絶対、殴る!」
気合を入れたわたしは、階段を上り始めた。
足が熱い。
がらんどうの氷の城を上り始めてしばらくして、わたしはもう愚痴すら思い浮かべられないくらい疲れていた。今はもう、惰性で足を出しているだけ。姿勢は倒れかけの人形みたいな斜め45度。たぶん。
足がつっかからないよう、手すりを掴む手が遅れないよう、すべての動きをスムーズに運ぶよう心がける。そうしないと、建て直しがキツイんだもん。
どんどん上っていくうちに気づいたのが、がらんどうのこの氷の城、壁の一部がどうやら何かの像みたいなんだよね。それも、氷の城のてっぺんまでありそうなほど大きい。……登れる仏像の亜種かなぁ。これはたぶん、女のひとの像だけど。
これって、もしかしてシャーベットさんの像なんだろうか? だとしたら、それってどういうつもりで作ったのかなぁ。自分大好きってことなら、ジャムと話が合いそうだ。
そんなことを考えながら、でも笑う余裕はない。
ここに来て、ようやく、自分の体を使って物事を解決しようとしているけど、これってけっこうキツイなぁ。乙女ゲームの主人公ちゃんたちは、いったいどんだけ体力オバケなのよ。何日もキャンプしたり、死ぬほど戦ったり……わたしには無理ってハッキリわかったわ。
資料の捜索も、過去のデータを読み解くのも、わたしにはできない。何より、他の優秀なひとが取り掛かってることに、後からわたしが手を出したところで、解決するはずないじゃない?
でも今、こうして死ぬほどキツイ思いをしながら階段を上っているのは、これが、わたしにしかできないことだからだよ。わたしだけが、ここまで来られる条件を揃えていたんだ。
ああ、ようやく、てっぺんだ……。
ついた。ついたぞ~~~~~!
わたしは床に倒れこんだ。




