ルート分岐 3
わたしはひとりで目を覚ました。
クリームくん、結局昨日は戻ってこなかったんだ……。
これからのことを考えると、気が重い。わたしはいったい、どうなっちゃうんだろう。首に手をやると、すっかり慣れてきてしまった重みがあった。
着替え係のひとは相変わらず喋らないし、朝食もひとりだった。それだけじゃなく、時々トゲのある視線を感じたし……せっかくのオムレツも、美味しくなかった。
朝食後はどこに連れて行かれるかと思いきや、庭に案内された。何もかも枯れ果てて寂しい庭園。遠くに、ソーダさんと初めて出会った丘が見えていた。
「アスナ」
クリームくんの声。振り向くと、豪華な刺繍が入った軍服みたいな赤の詰め襟を着たクリームくんがいた。白のズボン、白の革靴、上は毛皮のファーがついた青いマント。サーベルも提げていつになく、正装だ。
風にクリーム色の髪が揺れて、燃えるような炎の瞳がわたしを見ている……。
「へくしゅっ!」
「大丈夫か? ストール一枚持たせないとは気の利かない奴らだ」
クリームくんの言うとおり。今のわたしは「舞踏会にでも出るの?」って感じのペランペランの布でできたドレス姿。しかも、足は長いスカートに隠れてるけど、胸も肩もほぼ丸出しなんだもん。
クリームくんは自分のマントをわたしにかけてくれた。
「ありがとう、クリームくん」
「……べつに」
お互い、黙り込んでしまって会話が続かない。クリームくんの表情は何も読めない仏頂面だし。……顔色があんまり良くない。昨日、あれからちゃんと眠れたのかな。
「アスナ」
「なぁに」
「少し屈め」
……またキスされるんじゃないかって、ちょっと警戒心はあったけど、言われたとおりにする。命令されれば、どうせ首輪の効力で逆らえないもん。
クリームくんはわたしの顎に手を触れて、わたしの、首輪にキスをした。
「!」
「外したぞ。これで、対等、だな……?」
「あ……」
わたしは軽くなった首に手をやった。
外れた……! 首輪が外れたんだ!
「ならばもう、君を縛るものはないな」
「何奴!」
「ソーダさん!?」
誰もいなかったはずの庭園に颯爽と現れたのは、緑の髪の風の精霊、ソーダさんだった。ギターは珍しく背中にかけて、帽子を斜めに深くかぶり直してキメポーズ。う〜ん、叩きたい。
「どういうことだ……?」
「かねてからの約定どおり、乙女のピンチに駆けつけたのさっ」
嘘つけ、嘘を。
ややこしくなるから引っ込んでて!
「アスナ、お前……」
「クリームくん、わたし、行かなくちゃ。帰りたいの」
「どうしても、か……?」
「うん」
「今、なのか……」
「もう、時間がないの。今、行かなくちゃ。ごめんね……クリエムハルト」
「!」
厳しい顔をしてこっちを見つめていたクリームくんが、初めてその表情を崩した。……ダメ、そんな泣きそうな顔されたら、わたし、帰れなくなっちゃう!
わたしはクリームくんに背を向けた。
「アスナ! 頼む、行くな……行かないでくれ……!」
「っ……!」
クリームくんの声が、わたしの心に突き刺さる。涙がこぼれた。甘えることの許されない、あの子の、本心からの言葉……。
わたしは……
▶振り返らない
▷振り返る
わたしは、振り返らなかった。
振り返れなかった。そうしたら、わたし、もう戻れないから。
「お願い、ソーダさん。わたしを運んで」
「心得た」
ソーダさんが伸ばす手に、わたしは走り寄って掴まった。風が強く吹く。あっという間に風景が過ぎ去って、懐かしい景色の中にいた。ここは、マリエ・プティ……寮の花壇だ!
「あ……」
抑え込んでいた涙が、また、ポロポロと流れ出した。
「アスナさん! 良かった、ちゃんと、戻ってきたんだね……」
「アイスくん……アイスくん!」
「わっ!? ア、アスナさ……」
わたしは思わずアイスくんの胸に飛び込んでいた。細くて身長もあんまり変わらないアイスくんは、わたしの体重を支えきれずに尻もちをついちゃった。地面に座り込んで、ドレスも台無しだけど、そんなこともう、どうだっていい!
クリームくんのマントを抱きしめて、わたしは思い切り泣いた。




